ハンターvsハンター
心地よい筋肉痛が二度寝の勧誘をしてきたが、僕は全力で抵抗してベッドからなんとか脱出することに成功した。
三日目の朝、今日も聖都はいい天気みたいだ。
昨日殺した勇者から奪ったお金で、買い物をすることにした。
一歩露店通りを踏み出すと、そこはもう商人達の戦争の場だった。
人混みが嫌いな僕は普段ならこんな人混みの所なんか絶対に来ないが、あちらこちらに見えるファンタジックなアイテムとか、ピカピカな魔法具とか、赤く光る剣が並んでいたらそれはもうこの人の波に飛び込むしか選択肢は無かった。
僕は童心に戻ったかのようにあちらこちらを見つめている。ウィンドウショッピングが好きな女の子の気持ちが男の僕だっていまなら理解できる。
すぐに目に入ったのが、ポーション。ファンタジーと言えば? の質問に上位に食い込むアイテムと言えばポーションだ。
体力が回復する赤色のポーションと、魔力が回復する青色のポーションが売っていた。
試しに買って飲んでみると、なんともまあ、なんと表現したらいいかわからない。
良薬 口に苦し という言葉をご存じだろうか。きっとこの言葉を作った偉い人も相当ひどい目にあったに違いない。
「グエエエー……」
結論から言えばめちゃくちゃまずい。
その辺の土を食べたほうが幾分かマシなレベルで苦い、まずい、そして何故か後味がパサパサする。
すぐさま商人がフルーツジュースを相場の三倍で吹っかけてくる。なんとも悔しい思いをしながら僕は2つほど購入するはめになった。
こんなまずいポーションをがばがば飲みながら魔法を連発してたモルガナさんとセーショさんの味覚はおかしい。
やっぱあの人たち絶対おかしいよ、アルコールの摂取しすぎで舌が馬鹿になってるとしか思えない。
今日は絶対に断酒しようと固く決意した。
手持ちのお金も潤沢という訳ではないので、コスパのよさそうな物をいくつか購入することにした。
見た目より少し容量のある収納袋、ダンジョンから脱出できる帰還の鈴、保存食とポーションをいくつか。
魔法が発動できる魔法具もあったけど、桁が違うんじゃないかってくらい高かったので諦めた。
聖都から支給された鎧と剣はどれも準一級品だったみたいで、装備を買いなおす必要は無かった。
ひのきの棒と布の服じゃなくて本当に助かった。
よく考えればゲームの世界って相当ベリーハードだよ、城の兵士どころか下手すれば子供のおもちゃ以下の装備を渡されるんだもん。
僕だったらその場で叩きつけて中指を立ててゲームオーバーにしてしまいそうだよ。
それでも人々から惨い仕打ちを受けても尚、折れないまっすぐな心を持ってる人が本当の勇者なんだろうなと思う。
そんな非生産的な事を考えながら、スキル練習の為に都市の外へとくり出した。
◇◇◇◇◇
僕は昨日因縁をつけられた場所からもう少し離れた所でスキルの練習をすることにした。
もうしばらくはトラブルに遭遇したくない。なるべく目立たない場所で静かに練習を繰り返した。
練習の成果か、それとも昨日殺した勇者の力のおかげなのか、さほど集中しなくてもトラップを安定して置けるようになった。
こうやって上手くなっている事を実感すると、なんだかとても楽しくなってくる。
苦いポーション飲まされたり三倍でジュース買ったりと朝から散々だったけど、今日という日は充実した楽しい一日になりそうだ。
そんな楽観的な事を考えながら練習していると、【狩人の罠】の察知範囲に1つの気配を感知した。
距離にして約50メートル、まっすぐこちらに向かって歩いてくる。
わざわざ見つからない場所を選んだのにこちらにまっすぐ向かってくるという事は、こちらの存在を把握しているんだろうか?
目の前にトラップを3つ仕掛け、相手の出方を待つことにした。
気配の元は堂々と森の中から現れた。
口元にピアスを付けた、僕の一番嫌いなチャラチャラした不良タイプのテンプレ男が、右肩にカラスのような鳥を乗せて現れた。
「お前がアキか?」
グレーのサングラスをクイっと上げながら、挑発するかのように顎を上に傾けた。
「噂が流れててな。将来有望な、ハンター系のスキルを持つ勇者様が現れたってね」
「……それが何か」
一歩二歩と後ずさりする。
僕は知っている、相手が放っているコレは、ガレンさん達がゴブリンに向けて放っていたものだ。
つまり明確な殺意、殺そうとする意志を僕の方へ向けられていた。
「困るんだよなぁ。お前みたいなヒョロ男が将来有望だのと言われてたらさぁ。ムカつくんだよね」
黒い魔力を帯びた霧を纏いだした男は、勇者の紋章をつけた右手を銃のように僕に向けた。
「やっぱ同じハンター系希少スキル所有者としてはさー! やっぱ上下関係ハッキリさせたいじゃん!」
男の肩に乗っていたカラスが赤く光った瞬間、姿を消した。
同時にトラップが背後に何かを察知した。
まずいと思いとっさに全身を右に回避させる。
ヒュンッと空を切る音が左から聞こえた。
ついさっき僕のいた場所には黒い稲妻のようなものが走っていた。
「へぇー! やるじゃん!」
男の元で黒い槍がカラスに変身した。
……いや、元に戻ったという表現が正しいのかもしれない。
カラスが槍に変身していたのだ。何を言っているかは僕も良く分からない。
「さすがは将来有望サマじゃないッスか」
休む暇もないまま、カラスは再び槍に変化し、矢のようにこちらを射抜いてきた。
今度は完全に避けきることができず、左腕に軽い切り傷を負った。
やられてばかりでいられるかと思い、僕は集中して奴の足元にトラップを描く。
まるで見えているかのように、男はトラップを仕掛けた場所から楽しそうにステップしながら回避する。
「馬鹿だねー。ハンターがハンターのトラップを見破れないと思った?」
……そんな馬鹿な話は聞いたことが無い。
つーか聖女でもモルガナさんでもいいから言っとけよ! 教えてくれよ!
相性があるなんてそんなの最初に教えくもんだろう!?
「俺って運動嫌いなんだよねー」
男の背後から、カラスがもう一羽、姿を現した。
二羽のカラスは、同時に禍々しい黒い槍へと変貌する。
「だからー、お前にトラップを作らせる隙はもう与えねーから!」
一羽目の槍が飛んでくる とっさに避けることができたが、その先には2羽目の槍が放たれていた。
右手で防ごうとしたが、そのまま体ごと吹っ飛ばされた。
小指が一本、切り取られ…… 否、食いちぎられていた。
「オラァ! シャキっと踊れや!」
後ろから続けて禍々しい槍い槍が放たれる。
今度は左手の親指を食いちぎられた。
トラップを仕掛けようにも避けられる。
剣を振りかざすものなら槍が飛んでくる。
男は決して僕には近づかず、笑いながら遠距離攻撃で僕を嬲り遊んでいた。
放たれては食いちぎられ、放たれては吹っ飛ばされ
何回同じ事を繰り返したのだろうか。
両手の指は、とうに全て食べ尽くされてしまった。
血だらけになっているにも関わらず、痛みは感じない。
麻痺しているのか、自分がおかしくなっているのか、もはや判別はつかなかった。
普段の運動不足がたたってか、呼吸すら満足にさせてもらえない。
こんな事になるなら、もっと普段から運動をしておくべきだった。
外出なんて食べ物を買うときくらいしか最近してなかったから。
15分のウォーキングだけでも結構な効果はあるそうだ。帰ったら絶対に続けようと僕は心に決めた。
……そんなくだらない事を考えながら、僕はいつのまにか2羽の黒い槍からの攻撃をかわし続けていた。
指が無くなって体の体積が小さくなったからなのだろうか。
出血しすぎて体の総重量が軽くなったからなのだろうか。
そういえば僕はドッジボールで避けるのだけは才能があったな、なんて更におかしな事を思考しながら笑ってしまう。
あぁ、才能と言えば僕自身の才能とやらを持っていたんだっけ、と今更ながら思い出した。
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スキル:【復讐者の進化】
戦闘時、対象への憎悪が大きいほど、スキル所有者の能力が強化される
スキル所有者によって対象を殺害した場合、対象の能力の一部を奪う
対象への憎悪が大きいほど、奪う力が強化される
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つまり、あの男への憎悪は結構な大きさになっているから身体能力が向上しているみたいだ。
初めての感覚なので、なんというか不思議な力だなと自分の事ながら感じていた。
いつのまにか槍が3羽になっていたが、それでも致命傷だけは避け続けた。
――避けて、避けて、避け続けた。
足元に設置したトラップが、半径50メートルの世界を支配していた。
飛んでくる場所さえ分かればたいしたことなんてない。
鳥のように軽くなった血だらけの体は、辺り一帯の草原を緑から赤く染めながら舞い続けた。
――いつのまにか男から憎たらしい高笑いと笑顔が消えていた。
「なめてんじゃねーぞ糞がッ! この世界にきて2年の俺様がッ! なんで三日坊主の雑魚相手に手こずってんだよッ!!」
瞬間、青い空が黒く染まる。その蠢く黒の一羽一羽は漆黒の槍で構成されていた。
「逃げる場所を与えるな! 啄め啄め啄め! 全てを己の血肉と化せ! ――黒きカラスによる捕食!」
太陽の光が遮られる程の闇が空を覆う。
雨の様に降り注ぐ槍の前では、確かに一切の逃げ場がなかった。
「死ねや!」
男は勇者とは思えないくらい、邪悪な笑みを浮かべて勝利を確信していた。
『アキの復讐は私がしよう。私の復讐はアキ、君がやってくれないか』
こんな大変な時に、僕はトランさんの事を思い出していた。
お菓子を頬張りながら、確かに彼女はそう言っていた。
そうだ。
この体は、既に僕だけのものではない。
そうだ。
この体は、貴様ら如きが触れていいものではない。
――死ぬのはてめーだ馬鹿野郎
――進化した狩人の罠
魔王の紋章が輝くボロボロの左手をトラップに突き立てる。
足元に設置したトラップは、半径50メートル全ての存在を束縛した。
木の葉も、男も、槍の姿をしているカラスも例外ではない。
思い出させてくれてありがとう。
復讐心を燃やさせてくれてありがとう。
てめえが憎くて憎くてしょうがなくさせてくれてありがとう。
動けなくなった男の右足につま先を、トラップで爆発させる。
男は悲鳴をあげる事すらできない。
否、させなかった。
呼吸すら満足にさせないくらいに体を締め上げ続けた。
「見えるんだろ? トラップが。見てみろよ、自分の足元を」
男の顔が面白いくらいに真っ青に染まった。
そこには巨大となったトラップが決してジャンプでは飛び越えられない程の大きさとなって奴を束縛し続けている。
「66羽分…… いや、66人分の痛みを味わってから死んでくれ」
左足を吹っ飛ばしても悲鳴一つ上げられない男を見下しながら、この世界に来て一番大きい笑い声を空に向けて吐き出した。




