酒は飲んでも絡まるな
ギルドに戻った僕達は、今日一日頑張った身体を労わるように、美味しいご飯とお酒を楽しむ事にした。
もちろん、僕の奢りである。
彼らへの感謝の気持ちと、これ以上ツケを増やしたくないギルドのお姉さんへの配慮でもある。
元々コミュニケーション障害を半分かじった様な性格だった僕をここまで導いてくれたんだ。
ご飯代だけではお釣りが山のように帰ってくる経験をさせてもらった。
「で、あんた達、勇者さんのコレはどうだったの?」
受付のお姉さんは、右腕の二の腕を叩きながら、僕達にそう聞いた。
「戦闘の才能があるっすわー! さすが姉さん! 見る目が違いますね! ツケチャラにしてくれません?」
めちゃくちゃ図々しくツケをチャラにしようとしたガレンさんを、既にお姉さんは無視を決め込んでいた。
「初めは軟弱な勇者かと思いましたが、精神が強いですね。スキル持ちとはいえ、初日であそこまで意地の悪い罠を作れるのはなかなか見どころがあります」
意地の悪い筆頭のモルガナさんは、むふふっと笑いながら褒めてくれたようだ。
「勇者様、あぁ勇者様! 私は多くの勇者を目にしてきましたが、これほどまでに迷いなく悪を切り捨てる方はいまだかつていませんでした! 私は感じました! あぁこの人こそが真の勇者だと! 多くの英雄達の魂がきっと彼を神のもとへ導いたのかもしれません! 否! 導いたのです! でなければ私の心身を気遣う気持ちと、残虐なゴブリン共に振るう剣に込められていた無常の殺意の説明がつきません! 神は決して悪には屈さない! その同じ姿勢を、勇者様は持っておられたのです!」
こいついつもより三割増しくらいにウザイな、と思っている表情がお姉さんの顔には浮かんでいた。
「それに比べてよー! 辛気臭ぇツラしたそこの勇者さん達は一体今日は何をしたんですかねぇ!?」
お酒が入ったガレンさんは、少し離れたカップルに因縁をつけ始めた。
「俺達の汗水流して、酒を我慢して働いて収めた税金でぇ? 飲んでる酒は美味いのかって聞いてんだよ!」
カップルのテーブルに右足を大きい音を立てるように叩きつけるガレンさん。
僕はいままでこんな恐ろしい不良とつるんでいたのかと思うと、せっかくモルガナさんが強いと言ってくれた僕の精神がキュっと締め付けられるように感じてしまった。
ガレンさんとカップルは大きな声で言い争いをしていたが、周りの客は特に気に留めずに酒を飲んでいる光景を目にして、この非日常の寸劇は僕以外には日常風景に見えるんだなと理解するのにはたいして時間はかからなかった。
勇者と呼ばれていたカップルは、飲みかけの酒に吸い殻をぶちまけて、不機嫌そうに僕を睨みつけながらギルドを後にした。
……そりゃ不機嫌にもなるし、睨めつけるのもしょうがないと思うが、僕はほとんど関係ないし、とんだとばっちりでしかない。
触るもの全て傷つける称号を持つガレンさんは、席に戻り僕に向けてこう言った。
「お前は、ああなるなよ!」
お前のようにもならねーよ! とは口が裂けても言えなかった。
◇◇◇◇◇
ギルドの隣は宿屋になっていた。
たらふく食べて、飲んで、すぐそこには寝る場所がある。
これ以上ない立地条件に宿屋がある事を、セーショさん並に神へ感謝しなければならない。
お酒の飲み過ぎで気持ち悪い身体に水を流し込み、木製の椅子に腰かける。
今日は疲れていたから本当はもっと早く宿に行きたかったんだけど、ガレンさんの勇者因縁事件の後にはモルガナさんとセーショさんの「理想の勇者とはこうあるべきだ!」論争が始まったのである。
……これが長かった。
モルガナさんは黒いローブとは対象に赤くなっている顔を僕に向けながら、僕にこう話した。
「アキ、勇者とは何だと思う?"人々の願いによって神の祝福を受けて異世界から召喚される者"。私達はこの救世主を勇者と呼んでいるのよ。つまり、大変申し訳ないけど、この世界に勇者として召喚されてしまったからには否応が無しにこの世界を救わないと困るのよ。そんな事は知った事か、勝手にしろ俺は知らんと言われればそれまでだけど、はてはて、どうしてだろうか。底知れない力を持ち、圧倒的なスキルを所持し、成長の限界は我々より遥かに上回っている勇者は、否、勇者でなくとも己の限界を知りたいとはどうして思わないのだろうか? ソレを試すのに最適な、とてもわかりやすい"魔王を殺す"というゴールがあるのよ? こんなにわかりやすい目標は世界のどこを探してもないんじゃない? 故に、君たち勇者が羨ましい。私たちはどう頑張ってもどう足掻いても魔王には勝てない。絶対に勝てない存在だからね!」
酒臭い息を吐いてさえいなければ心打つ演説になったかもしれない。
今日の戦いを見れば、氷魔法を自在に操るモルガナさんは凄い人だと胸を張って答えられるのだが、どうやら勇者はそれ以上の存在らしい。
マシンガントークを続けるモルガナさんにフォローを入れようとすると、空気を読まない事に定評があるセーショさんが、話に横槍をぶち込みクリティカルヒットさせた。
「勇者様、あぁ勇者様! 私は多くの勇者を目にしてきましたが、貴方のような秘めたる強さをもった存在とは会える事はありませんでした! 神よ、今日という日を感謝いたします! この世を脅かす闇を、心を蝕む闇を照らす光の勇者に巡り合わせていただける事に、感謝いたします! この身に余る幸せでございます! 勇者様、分かりますか? 神とは存在するのです! 神とは、信じるものを救うのです! 信じぬ者は救われないのです! 故に私は勇者様を信じています! 神の導きがたとえ地獄の中を指示しても、私は身を投じる思いで突き進みましょう! 勇者の皮を被った悪魔に心惑わされてはいけません! 我らは一致団結して光り輝く栄光の階段を上り続ければ救われるのです!」
言ってる事がますますよくわからなくなったセーショさんは、汗か涙か鼻水かよくわからない液体を流しながら僕に詰め寄ってきた。
慣れてる様子でグラスをテーブルから逃がしたガレンさんとモルガナさん。
僕のグラスだけが、その液体の犠牲者となった。
「ガッハッハ! 要するに、こいつら2人は"目的をほったらかして勇者同士で子作り"なんていうのは非生産的だと言いたい訳だ!」
「違うわよ!」
「違いますぞ!」
……ナイスガイでちょっと下品なガレンさんのツッコミで、小さなお祭りはおひらきとなった。
今日一日の短い時間だったが、小規模な性格不一致博覧会を開催できそうな3人が組んでいるのは、根底にある目的が一致していて、それぞれの夢もおそらく同じ方向を向いていて…… それに、非常にめんどくさいから一ヵ所にまとめてしまえという周りからの圧力によるものだと理解できた。
ふかふかのベッドに身を委ねながら、大きく深呼吸をした。
思い描いていたファンタジー世界、まさにそのまま瓜二つ、双子のように存在していた。
……総勢約300人の勇者が存在している点を除けば手放しで褒め称える世界。
僕にはまだ力がない。
今ある力でどうやって勇者を殺せるのかを考えながら、僕は眠りにつくことにした。




