ただいまからいってらっしゃい
「ただいまです」
本日何回めかもわからない挨拶をトランさんにした。
「カッカッカ! おかえり!」
何度も見たこの光景は、おおよそ歪な状況で生まれているが最高に心地よい空間だった。
復讐する為に貰ったはずのノートには、いまや僕の名前がビッシリ書かれている。
つまり、物凄いペースで生死をさまよい続けている事になる。
何故こんな事をしているかと言うと、食べ物を持ってくる度に全てを飲み込んでいくトランさんは、悪気もなくおかわりを要求してくるのだ。
何百年と自分の腕と血だけで生き延びてきたのだから、しょうがないといえばしょうがない。
トランさんが美味しく食べる姿が素敵なので、大変な食料調達はたいして苦では無かった。
「ではこれより、第一回勇者絶対殺してやるんだから会議を開始する」
「先生よろしくおねがいします」
菓子の山を背後に、トランさんはむっふんと胸を張った。
「まず、当然ながら私はここからは出られない。だからアキには1人で私の世界に行ってもらう」
「めっちゃ不安ですね。記憶の共有化でも世界の詳細は伝わってないみたいで、未知の領域ですよ」
「カッカッカ! まあ、そこらへんは向こうにいる聖女か勇者に聞けばいい」
トランさんはお気に入りのコンソメパンチ味のポテチをポリポリとつまみだした。
「つまり、もともとアキは勇者として召喚される予定だった訳なんだから、そのまま召喚されてしまえばいい。そこで勇者のスキルも与えられるだろうし、必要な情報や物資も貰える」
「なんかちょっと複雑な気分ですね。望まれてない来訪者って感じで」
「まあ利用できるものは利用していくべきだよ。さて、ここからが本題だな」
ビスケットの上に何個もマシュマロの乗せ、それを一口でペロリと平らげたトランさんは僕に向けてピースをした。
「目標は2つ! 私の封印を解除する事! そして勇者の数を減らすことだ!」
背景にドーン! という文字が並びそうな雰囲気で何故かドヤ顔をしていた。
「お菓子を平らげるみたいに簡単にいいますけど、僕には【復讐者の進化】があってもなかなか簡単にはいきませんよ」
「そこでだ。魔王であるこの私のスキルを分け与えることにする!」
手についた砂糖をペロペロと舐めるその仕草は魔王のソレではなかったが、そう言えば確かに彼女は魔王だった。
「魔王のスキルを受け渡す? そんなことができるんですか?」
「魔王の紋章を持ち、記憶を共有化し、お互いを信じていなければ無理だ! しかーし! このアホみたいな超上級な難易度の条件は、既に我らはクリアーしている!」
コーラを飲んでいるはずなのだが、まるで酔っぱらったかのようなテンションの彼女はまるでヒーローのようなポーズを決めた。
「確かに人間が魔王と記憶を共有するなんて行為は、普通に考えたらありえませんね」
「仮に私がもう1度誰かと記憶を共有した場合、アキの記憶も共有されることになる。それは絶対に嫌だし、まぁこんな辱めはこれっきりだな!」
お互い酔っぱらってはないはずだが、顔が少し赤くなった気がした。
「まあ分け与えると言っても、魔王固有の勇者殺しをそのまま与えると人間の身体が耐えられない。それほど強力な、我が家族が命を賭して生まれたスキルなのだからな。だからこれを小さく"魔王の宣告"としてアキに与える」
トランさんはメロンパンを頬張りながら僕の額に指をあてた。
「これは魔王の宣告。勇者の頭に手を触れ、死を宣告することで魂を破壊する能力だ」
小さいどころか、めちゃくちゃ強いスキルが心の準備無く与えられた事に対して、特に驚かずに受け入れる自分に軽く驚いてしまう。
「手を触れるだけで殺せるなら、なんとかなりそうですね」
受け取ったスキルの説明を見て興奮しながら、この厳しい戦いに光が差したような気がして、自然と笑みがこぼれた。
しかしながら、トランさんはやれやれと不景気そうな顔をして僕に言った。
「それが簡単ではなくてね、このスキルのように対象を死に至らしめたり、記憶を読み取り破壊したり、思考を書き換え洗脳するような凶悪なスキルの発動条件がだいたい頭に手を当てるなんだよ。そっちの世界は知らないけど、気安く頭に手を置こうとするものなら殺されても文句は言えない。だからまぁ、殺すだけなら剣と魔法のほうがよっぽど合理的で簡単だよ」
合理的かはともかく、頭に触れようとする隙があるなら、確かに切りつけるか遠距離から殺したほうが楽ではありそうだ。
「まずは勇者として生き、体を鍛える。ある程度強くなったらどんな手段を使ってでも勇者を殺し続け、復讐者の進化で強化する。魔王の宣告は切り札として使うか、まあ不意打ちで殺せれば理想だね」
剣すら持ったことが無い僕は、まずは剣術を習得する必要があるのかもしれない。
ノートで間接的に殺したとはいえ、直接的に人間を殺す覚悟をしなければならない。
覚悟はとっくにできてはいるが、実際に殺したことが無いのだ。
この覚悟は本物の覚悟なのかどうかは、殺してみないと分からなかった。
「理解していると思うが、アキが死んだらそこでお終い。私もお終い。私たちは記憶どころか運命すら共有しているのを忘れてはならない」
真剣な顔つきで、重みのある言葉発したと思ったら、笛ラムネでピュ~っと音を鳴らしはじめた。
こちらの世界では食べ物を頬張りながら喋る事はマナー違反だという事を教えたほうがいいのだろうか。
まあ、郷に入れば郷に従えという言葉がある。僕は気にしない事にした。
「何か聞きたいことはあるか?」
「封印場所について心当たりは?」
「具体的な場所は分からないが、光の力が強い所であるのはまちがいない。この私を何百年と封印しているんだ。生半可な力では不可能だ。私を封印した勇者一族と聖女の末裔、または王族から聞き出すしかない」
……なるほど、想像以上に厳しい旅にはなりそうだ。
いや、厳しいってレベルじゃない。一発のミスも許されない、綱渡りのような冒険になるに違いない。
「……じゃあ、僕はそろそろ行きますよ」
僕は芸術的なチョコレートクッキーを頬張りながら、心身に気合いをいれた。
「アキ、口に食べ物を入れながら喋るとかっこ悪いからやめたほうがいいぞ」
真面目なのかふざけてるのか良くわからない表情で彼女を言った。
「なるほど、魔王様はテーブルマナーがなってますね」
あちらの世界に行ったら、剣術の前にテーブルマナーを確認しようと心に決めた。
「カッカッカ! そうじゃな!」
自然とお互い、頭の上においた。
トランさんから熱い力がなだれ込んでくる来るのを感じた。
初めて誰かの力になりたいと思った人間と、初めて人間を信じた魔王の歪な関係。
心地よい空間だったが、そろそろお別れをしなければならない。
「トランさん、ありがとうございます」
「カッカッカ!それは私のセリフだ」
「では、行ってきますね」
「帰りに菓子をわすれるでないぞ」
「ハハハ! 封印を解除するんですから今度はトランさんがご馳走してくださいよ」
「カッカッカ! それもそうだな」
「では、行ってきます、トランさん」
「いってらっしゃい、アキ」
こんな軽い感じで、僕のトランさんの復讐劇はスタートした。
僕と魔王の復讐協定。
ただ、お互いを想い、お互いの為に生きる事に決めた2人の物語。
僕の長い旅は今、ここから始まった。




