魔王とおもちゃ
――――。
――。
……今までと比べ物にならないくらい大きな光が、目の前に現れた。
白い空間が、光に照らされ白銀色に輝いている。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
惰眠を貪っていた私の目では、その強い光を直視できなかった。
しばらくすると、光が消えて一人の人間が後ろ向きに現れた。
私は少し混乱しながらも、実体かどうかを確かめるために火の魔法をそいつに放った。
久々に魔法が実体に当たった爆発音を耳にした。
人間は綺麗な弧を描きながら吹っ飛んだ後、そのまま床にぶつかり倒れこんだ。
「――あ"っ……ぐあ”……! 」
呻き声がする。本物みたいだ。
芋虫みたいにクネクネしながら苦しんでいる姿を見て、不覚ながら笑ってしまった。
「カッカッカ!」
久々に笑った。何百年ぶりに笑ったのだろうか。自分でも分からないくらいに無意識で笑った。
自己回復能力がないのだろうか、苦しんでいる人間の傷は一向に治りそうもない。
そしてどんどん元気がなくなっていくように見える。
それは困る! 数百年ぶりに生命体とあったんだ! 死んでしまっては困る!
「カッカッカ! やぁ人間、初めまして!」
精一杯に友好的なオーラを出しながら、挨拶をした。
倒れていた男の人間が、こちらを向いた。
目が生きていたので、命に別状はなさそうだ。
ぽかーんと口を開けながら私の顔を凝視している。
魔王を見るのは初めてなのだろうか。たぶんそうなのだろう。
見るのはかまわないんだが「初めまして」と言われたら返事をするのが礼儀ではないのか?
……いやまてよ、ひょっとしたら言葉が通じてないのかもしれない。
ここに来て数百年、一人ぼっちだったんだぞ? ここで会話ができませんでした! なんてのは、あまりに酷じゃないか?
「聞こえているんだろう? そうなんだろう? だったら返事くらいはしてもいいんじゃないか?」
表情が怖かったのかもしれない。私はとびっきりの笑顔で彼に話しかけた。
「は……はじめまして……?」
っしゃああああ! 喋った! しかも言葉が通じる!
生まれて初めて私は神に感謝したのかもしれない。
「やぁやぁ! ようこそ! この退屈な世界へ! 何もないけどゆっくりしていきたまえ! 本当に何もないんだけどね! 君はどうしてここに居るのかな? 何歳? 一人で立てるかな? 君は一体なにしにきたのかな? 何か目的があるのかな? やっぱりこの私を倒しに来たのかな?」
こんなに話かけているのに、彼は一向に応えてくれない。
何故だ。何故なんだ。
……はっ! そういえばまだ名前を名乗っていなかった。
数百年の長い年月は、私から礼儀を奪っていたようだ。
「そういえばまだ名前を教えてもらってなかったね。私の名前はミクトラント・カールソル。君の名前は?」
「……小倉影秋といいます」
っしゃああああ! また喋った! しかも礼儀正しいではないか!
感情が昂るのを止められない。笑いが止まらない。
コクラ・カゲアキ、私は彼の名前を一生忘れないだろう。
◇◇◇◇◇
体を治したあと、どうやってここに来たかを聞いた。
自殺して気が付いたらココにいたらしい。
脱出の糸口なんてこれっぽっちも無かったのは残念でならなかった。
興味があったので互いの世界について教えあった。
食べ物はどのような物があるのか、どんな所に住んでいるのか、世界はどんな風になっているか。
アキは1つ1つの答えを悪魔もビックリの喜怒哀楽で表現してくれた。
「……でもトランさん、この場所は真っ白で何もないようですけど、ここは何処なんですか?」
アキは楽しそうに、確かにそう聞いた。
監獄だと、私は答えた。
本当は監獄なんかではない。生かさず殺さず、勇者への信仰心を集めるだけに生かされた、家畜部屋だ。
……思い出した。
……そして再認識した。私は勇者の家畜だった事を。
数百年、家畜として生きてきた。
心の奥底で死んでいた復讐心が数百年ぶりに鼓動する音が聞こえた。
「……監獄って事は、トランさん何か悪い事でもしたんですか?」
人間はヘラヘラと、確かにそう聞いた。
別に悪い事をしたとは思っていない。
魔王とは人類の敵そのものであり、滅ぼす存在。
農家だから作物を育てる。
商人だから商品を売る。
魔王だから人を殺す。
たいしてかわらない。私には同じように見える。
「してないしてない! ただちょっと人類を滅ぼそうとしただけだよね!」
目の前のコイツは勇者になる為に引き寄せられた人間。
忘れていた殺意が全身から溢れだした。
抑えていた感情を爆発させた。
「父は灰すら残らなくなるまで炎で焼かれ続け、殺された。」
お前らに、だまし討ちされて殺された!
「母は光魔法で頭を射抜かれ、殺された。」
お前らに、袋叩きにされて殺された!!
「妹は晒し台で槍や石を投げられ、最後にギロチンで殺された。」
お前らに、嬲り遊ばれ殺された!!!
「すべてが壊された! すべてが壊された! お前ら人間に!
カッカッカ! 私の家族は全部、お前ら人類に殺された! 」
感情が溢れ出す。
光でできたこの空間を、全力で闇に染め上げる。
この空間はたった今、私の空間になった。
空間が闇を光で照らそうとしているが、力ずくで押さえつける。
私はもう、忘れない。
私はもう、諦めない。
私はもう、騙されない。
「私はね、魔族の王、つまり魔王なんだよ」
馬鹿でもわかるように、空間からも殺意を放ってやった。
お前の命は今誰が握っているのかを教えてやった。
「もう1度聞く。貴様は何故ここにいる」
楽しませろ、人間。
数百年の苦しみを少しでも和らげてみせろ。
つまらなければ腕を燃やそう。足を凍らせよう。体は切り刻もう。眼を潰して光を奪おう。
どうやって殺そうか考えていると、不意打ちのように人間は小さく笑った。
存在しないはずの影をゆっくり動かしながら、腕を広げながら堂々とこう言った。
「――僕はきっと、あなたに殺される為にここに来たんだと思います」
我が眼を疑った。
彼の眼には、鏡に映したかのようなそれが、確かに存在した。
絶望と復讐心。
まるで闇が結晶化したようなその瞳は、確かに私と同じ眼をしていた。
私はこの時、初めて人間に興味を持った。




