白い拷問
気が付くと、私は白い空間に立っていた。
どこまでも続く先の見えない空間。
どこを向いても白、白、白。
広いはずなのに妙な閉塞感のあるこの白は、私を監視しているように感じた。
試しに風と火の混合魔法を水平に放つ。
どこまでも飛んでいき、最後には小さく自然消滅した。
上に魔法を放つ。
同じようにどこまでも飛んでいった。
下に魔法を叩きつける。
踏み場のあった場所を通り抜け、どこまでも飛んで行った。
火、水、雷、風属性。全て同じ結果に終わったが、闇魔法だけは違った。
闇魔法が触れた場所は、しばらく黒色に変化した後、すぐに純白へと戻った。
闇に反応するという事は光でできた空間、という性質だけは理解した。
だから何かできるかと言われると、何もできない訳なのだが。
私は全身に魔力を込め、走り飛んだ。
どれだけ速く加速しても、何時間移動しようとも、壁は存在しなかった。
永遠に続く切れ目のない空間、ひょっとすると同じ場所をぐるぐるまわっていたのかもしれない。
ただそれを確かめるすべはない。適当な魔法具を置いてある程度距離をとると、魔法具は白い空間に吸い込まれて消えていった。
何もない、無限の空間に封印されたことをここで認識した。
……腹が減った。喉が渇いた。
辺りには何もない。
あるのは、私という存在だけ。
私は生きるために、痛みを忘れない為に、あいつらを殺す為に、己の右腕を食べた。
血をすすった。
死神の錬金術が、私の右腕を再生する。
……無限ともいえる魔力が、今日から私の食料となった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――――。
――。
……封印されて、どれくらい時が流れたのだろうか。
100年? 200年? もう私にもわからない。
相も変わらず私の前には白しかなかった。
死ぬのは怖くなかった。
ただ、復讐心が消える事が怖かった。
体を燃やし尽くした復讐の怒りが、時の流れで鎮火していく事が怖かった。
家族で過ごした記憶が、感情が、全てが白く染まる事が怖かった。
――魔王という存在は、魔王を崇める者、人類を憎む者の信仰心によって強くなる
――故に魔王は、人類の敵そのものであり、滅ぼす存在である
人類への復讐心が消えたら、私はどうなるのだろうか。
私は、魔王では無くなるのだろうか。
だとしたら、この永遠と続く苦しみから解放されるのだろうか。
……わからない。
もう何も、分からない。
空腹は感じなくなったが、私は右腕を食べた。
せめて、この痛みだけは忘れないように。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――――。
――。
封印されて、どれくらい時が流れたのだろうか。
……私にはわからない。
時間を意識をすると心が壊れそうだから、もう考えないようにした。
気が付くと、遠くに小さな光が流れていくのが見えた。
数百年ぶりの、白以外の存在。
私は近づいて確認しようとしたが、小さな光にはいつまでたっても近づけなかった。
その少し後、先ほどより大きな光が流れた。
魔力を目に集中し、視覚を最大限まで高めて確認すると、光の中心には人間がいた。
それからは、10日に2個くらいの周期で光を見かけるようになった。
光の中にいる人間の正体にはおそらくは勇者だろう。
いや、正確には勇者になる前の人間なのだと思う。
――勇者から生まれる子供は、勇者ではない
――勇者の子供であって、勇者ではない
――人々の願いによって、神の祝福を受けて異世界から召喚される者
――それが、勇者という存在
多くの勇者を召喚すると、勇者1人あたりの人々の願い、神の祝福が小さくなる。
つまり、個々の勇者が弱くなることを意味する。
力の象徴である勇者が弱いとなると、信仰の対象にならない。ただの烏合の衆に成り下がる。
にもかかわらず、多数の勇者が世界に召喚されている合理的な理由はたった1つだけ。
――それは、この私を殺す事。
体に触れるだけで勇者を殺す能力 勇者殺し相手では、少数精鋭では分が悪いと判断したのかもしれない。
勇者殺しで一人や二人殺されたとしても、体と魔力が弱まっている魔王であれば数の暴力で簡単に殺せると判断したのだろうか。
誰が考えたか知らないが、もしそうならその判断は合理的だと称賛をおくりたい。
……魔王は血筋さえあれば誰でも魔王にはなれる。
強さは血の濃さと、存在する魔王の数で決まる。
私の代で魔王の血筋が無くなる事は、ご先祖様には申し訳ないが、これも運命なのだろうと諦めていただこう。
私は最後の魔王 ミクトラント・カールソル。
気が付けば右腕を食べることもなくなった、痛みを忘れた魔王である。
勇者に殺されるまで、しばし安眠するとしよう。




