大切なランチタイム
――――。
「マスター、おはようございます」
「……おはよう、リリー」
……いつから寝てしまっていたのかは分からない。
肉体的にボロボロで、ガタガタになった体をゆっくりと持ち上げた。
「……おちつかない」
今までの人生の中でとびきり豪華な部屋で目覚めた僕の精神は絶好調……と呼べるものではなく。
トランさんのお父さんの部屋、つまりは代々使われている魔王の部屋で眠っていた僕の心境は、些かなんともいえない居心地の悪さは手に入れていた。
「マスター、丸一日眠っていましたよ。目が覚めないから死んだんじゃないかって少し騒ぎになってました」
「僕を酷使しすぎている自覚を少しでも芽生えることができたならバンザイだね」
大きなアクビをしながらゆっくりと体を下ろし、リリーに連れていかれるがままに誘導されていく。
なんともまぁ、此度の戦闘でリリーはだいぶ大人になったような気がしないでもない。
魔王の影響か、僕の影響か、環境の影響かは知らないけど、あれだけ子供だったリリーがここまで成長できたのはとてもよい傾向だと確信できる。
連れてこられたのは大きな食卓。
そこには肉と野菜、バランスが取れた美味しい朝食が、大きくて長いテーブルに1人分の食事がポツンとおいてあった。
そういえば昨日から殆ど何も食べてない事に気づき、なのにあれだけ頑張れた自分に驚愕、称賛を浴びせながら食事を楽しもうとすると……
「起きたと連絡があったが、いやいや、なかなか元気そうで良かったな」
右にはリリー、空いていた左の席にはトランさんが座る。
その状況で1人だけ食事をするとなると、だいぶ居心地が悪いのだが、2人は気にも留めようとしてくれない。
「……昨日はあれからどうなったんですか? 僕はだいぶ眠っちゃったみたいですけど」
「別に大したことは無かったぞ」
くるりと髪を巻き上げながら、トランさんは言った。
「アキが眠りについた後、少し休憩をしてから敵地に出向いてやって『神は殺した。貴様等は魔王である私と戦い続ける意思はあるか?』と聞きに行ってやったのさ。まぁ私も眠かったし? 静かにしてもらいたかったから慈悲を与えてやろうと思ってな」
大した事がある雰囲気を醸し出している文字が、トランさんの口から止めどなく吐かれ続ける。
「そしたらあいつらは『嘘だ、信じられない』などと喚き出してな、面倒だから攻撃魔法を一発プレゼントしてやったのさ。1割死ねばこいつらも冷静になるだろうと考えてな」
……冷静になるというか、血の気が引くと思うのですけど。
「ようやく状況を理解できた人間共は『信じられないが、受け入れよう。私達では魔王には到底敵いそうにないようだ』と冷静に敗北宣言をしてくれた。物分かりの良い指揮官で大変助かった。魔物であれば部下にしてやる所だった」
凄い。やっぱり人は賢い。なんて自分で言うのもなんだけど、圧倒的な戦力の差を見せつけられたら、これはもう降伏しかない。
自滅するまで戦うなんて馬鹿げている。それは僕の世界の歴史から散々学んだ事だ。
こちらの世界にも通用されていて、僕が相手をしていたのはちゃんとした相手だったんだなと認識できれば、絶望的に少ない自己評価が高まるってものだ。
「これで静かに眠れると思ったら、横から攻撃が飛んできた。『俺達は魔王になんて絶対に屈しないぞ。正々堂々と戦いやがれ』と叫びながらな」
……と思ったら、死亡フラグを3ダースくらい回収できそうなセリフを人間側は吐き捨ててしまったらしい。
やっぱりどこか、頭がおかしいんだろうか。
僕が上手く立ち回れたくらいなのだから、ひょっとしたらそうなのかもしれない。
「まずセバストがそれに怒った。次に一秒でも早くアキの元に帰りたかったリリーが更に怒った。つられてバンシー、マンティス、オークがついでに怒った」
「……静止したんですか?」
「いや、最初はそうしようとしたんだが、ソレで眠気も飛んだし、なんかみんな楽しそうだからな。流れで参戦した。合計で陣取っていた奴等の7割くらいは殺して回ったよ」
流れで数万人を殺すなよ。恐ろしいよ。やっぱ恐ろしいなこの魔王様は。
今更だけど僕はとんでもない人を開放させてしまったんじゃないか……?
「流石に私もちょっとやりすぎたと思ってな、残りの人間はちゃんと許してあげたんだ。……でもな、よくよく考えたら魔王としての自己紹介がまだだと思ったんだよ。自称神は世界に向けて声明を出しただろ?だから私もそれっぽい事をやろうと思いついた訳だよ」
「……なるほど」
「だからな、ここから近い城塞都市に飛んで行って何発か打ち込みながら言ってやったよ。『次はお前らの番だ。オムツの装備を怠るなよ雑魚共が』ってね」
「……最初に大したこと無かったぞって言いましたけど、大したことが山積みですよ。僕が寝ている最中に敵本拠地に攻めたんですか? 誰か止めなかったんですか? セバストさんは?」
「大丈夫だ、邪魔者は五月蠅いからアリディラばぁさんの元へ向かわせておいた」
アリディラさんの事をさらっと婆さんとよんだトランさん。
頼みますから本人の前では絶対に言わないでほしい。
「……ところで、この朝食誰が作ったんです?」
嫌な話題を振り払うように、僕はポジティブな話題を投げかけた。
「オークだが」
「オークヒーローさんが!? これを!? めっちゃ器用ですね!?」
「そのサラダはマンティスが作っていたぞ」
「マンティロードさんが!? あの鎌めっちゃ細かい切り方しますね!?」
ほえー、と感心しながら目の前のランチを見つめる。
サラダ、スープ、ハンバーグ、ご飯。それにりんごっぽい果物。
この世界に来てから一番、いや、この世界に来る前から換算しても相当の期間で1位を独占しそうな味付けだ。
完璧、完璧すぎる。
あえて問題を提起するのであれば、このハンバーグは一体なにからできているのかという事だけだ。
……いや、それはもう考えないようにしよう。
大きな扉が鈍い音を立てながらゆっくりと開き、バンシーさんがお茶のセットを持ってきながらこちらに歩いてきた。
「……バンシーさんはこの中の何かを作ってくれたんですか?」
「今から紅茶をいれるけど? ……いや、いれさせていただきますけど何か? 私は料理ができない……いや、料理ができないものでして」
なんか言葉使いがメチャクチャになっているけど、魔王を前にすると僕相手ですらこんな感じになってしまうのか。
なんだか不憫というか、別に不憫でもないけれど、後で二人っきりになった時に色々と文句を言われそうだ。
「……今後、どうするんですか? 」
「とりあえずはここで体を休める。徐々に力を取り戻してから先を考えるよ」
昨日に続いて今日も戦争状態になるのは勘弁してほしい。
だからこそ、今の言葉は僕の気持ちを穏やかにするのに十分だった。
「外に出たら真っ先に人間を滅ぼそうと考えていたんだがな。今の気持ちをなんと表現したらいいかわからないが……」
「……まぁ300年閉じ込められていた訳ですからね。まずは落ち着いてから考えればいいと僕も思います」
300年も身動き取れなかったんだ。
だからまず、この世界を堪能してもらいたいと思う。
この世界は美しい、そして綺麗だ。
そう考えると、わざわざ僕が起きるまで、そして食事まで付き合ってくれているトランさんの気遣いは魔王レベルだなと思う。
この魔王には、ついて行こう。
カリスマ性かどうかは分からないけど、僕はハンバーグの欠片を口に含みながら、強くそう思った。




