終戦
――――。
どのくらい戦い続けていたのかは分からない。
太陽も月も、雲も大地も、機械仕掛けの時計も、この空間…… いや、世界には存在しない。
景色が変わらないし、時計も無いからどれくらいの時間が経過しているのか分からないが、目の前の羽がへし折られた姿をした聖女を見ていると、それなりに時間が経過したんだろうなと察する事はできた。
右手と両足を失い、それでも尚抗い続けた聖女。
仲間であればその戦意に敬意を表したい彼女の前に、ようやくトランさんが姿を現した。
「なかなか素晴らしい姿になったじゃないか。安心しろ、この世界にはドレスコードは設定されていない」
「……ほざけ」
体内から流れ出る赤い星を眺めながら、彼女はそう言った。
「他の勇者は生きているのか?」
「……生きているんじゃないか? 私がこうして蘇っているくらいなのだから」
「生きているのか。なら良かったではないか。ひょっとしたらお仲間が助けに来てくれるかもしれないぞ?」
「……フフ、ふふふ。そうだな、そうかもしれないな」
「そんな不貞腐れた反応をされても困るな。もうちょっと悔しがってくれないと。敗者には勝者を楽しませる義務があると思うのだが」
全てを諦め、疲れ切った表情だった彼女。
「――お前らは何も分かっていない。これっぽっちも理解できていない。ここに永遠と閉じ込める気か? なら素晴らしいじゃないか、こんなに綺麗で居心地が良さそうな世界、私なんかにはもったいない」
この世の終わりを見て来たかのような、酷く深い目をこちらに向けながら彼女は言った。
「お前が諦めれば、私は人間を滅ぼすぞ」
「お前が手を下さなくとも滅びるさ」
初めて見る聖女の涙、それは一体何に対しての嘆きなのか。
念のため、聖女から残り1つの羽を引き千切りながら「行くぞアキ、コイツにもう用は無い」と、まるで壊れた玩具を放り投げるように彼女は言った。
「……そうですね」
僕はこれしか、言葉が思い浮かばなかった。
◇◇◇◇◇
これは朝焼けなのか、それとも夕焼けなのか。
太陽の位置が東なのか西なのかで分かる所なのだろうが、あいにく僕は極度の方向音痴だし、こんな大平原でなんの目印もない場所で把握しろというのは酷すぎる話だ。
ただまぁ、少し肌寒い空気によればきっと今は早朝なんだろうなと判断する事くらいは僕にだってできる。
深夜から明け方までかかったという事は、数十分だと思っていた時間がなんと数時間に及ぶ長期決戦だという事になる。
いや、ひょっとしたら一日以上かかっているのかもしれない。
体の中央部から空腹を訴える鈍い音が聞こえてくる状況を察するに、その線も薄くは無いようだ。
何にせよ、魔王と人間による300年ぶりの戦いは、無事に魔王の勝利で終わる事ができた。
このファンタジー異世界にきてからたぶん33日目にして、ようやくひと段落出来たといった感じだ。
「ハァ~ッ! 疲れたー! 久々に体を動かしたからか、あちこちからギシギシと軋む音が聞こえるぞ」
全身をボキボキと鳴らしながら、深紫色を基調とした華やかなドレスを身に纏った魔王が近づいてきた。
「僕はもう一歩も動けませんよ。はやく寝たい。眠い。もう今すぐベッドで寝たい」
「ハッハッハ! 勇者殺しで少し目が覚めてしまうかもしれないけど肩を貸そうか?」
「僕に止めを刺す気ですか? ここまできて死因が身内とか勘弁してくださいよ……」
いくら堅牢な鎧を身に纏っていようと、少なくとも、そして残念な事に彼女には触れようとも思わないし、思えない。
僕が勇者でなくなればそれもアリだろうが……
……そもそも勇者を退職する事はできるのだろうか。
「少し後味が悪いというか、なんだかスッキリしませんけど、勝利って事でいいですかね」
「一ヵ月で私を開放して親玉を封じ込めたんだ。優勝トロフィーに加えてスピード部門があるならさらに区間賞が貰えるぞ」
「トロフィーより平和な時間が欲しいですよ。……はぁ、僕はもう精神が限界まで擦り切れてしまいましたよ。残りの区間は全部トランさんがやるんですよ? 僕は隠居させてもらいますからね」
「そうだな、とりあえずアキは2日くらいは休んだ方がいいと思うぞ」
「話聞いてました? 3日後に何をやらせようとしてるのか分かりませんけど断固拒否しますからね」
物語は劇的であれ、命のやり取りが絡む戦いこそ美しい。
一ヵ月前は僕もそう思っていた。だけども現実は違う。
何もない平和で、安全な毎日こそが美しいのだ。
「マスター!」
「魔王様!」
遠くから聞きなれた声の主が近づいてくる。
ようやく現実に戻る事が出来たと実感しながら、一歩前へと歩み出す。
「ありがとう」
そう、後ろから声が聞こえた。
「どういたしまして」
振り返ることなく、僕はそう言った。




