決着
暗黒。この空間を一言で表現するのであれば、それ以外に言葉が思い浮かばない。
右も左も、足元も空も。透きとおった綺麗な闇。
宙に浮いているのではないか、重力が無いのではないか。
そんな錯覚にすら陥ってしまいそうな程に、統一された1つの色。
そこに影は無く、光もなく。初めてきたはずの異様な空間に、僕はひどく懐かしい感覚を覚える。
「久しぶりだな、聖女。お茶でもどうだ?」
紫色の髪をなびかせ、吸い込まれそうな紅い眼をした魔王は、彼女にそう問いかけた。
「……聖女よ、どうした? 300年ぶりの再会を祝う最高の御もてなし、あまりの素晴らしさに声も出ないのか?」
「ハッ! そうだな、少し罠にかかれば調子に乗る貴様の拙い頭、300年かけても成長しないのだなと感動してしまったよ」
この世界で怒ると怖いランキングTOP10を2人だけで独占しそうな彼女達は和やかに笑い合った。
「クックック! まぁまぁ、そう邪険にしなくてもよいではないか。しかし安心したよ、この状況に陥ってもそこまで元気でいてくれるとは」
「当たり前だ、目の前のゴミを燃やせば全てが終わる。そして始まるのだ、我が創る新しい世界がな!」
――では殺し合おう、人間。もっとも、殺し合いになればいいのだがな
刹那、暗黒空間に光が瞬く。
宇宙に浮かぶ星々は、流星の如く聖女に向けて放たれた。
「何処に消えやがっ ――タァア!?」
背中から生えた天使の羽を2倍に増やし腕を6本生やした異形の姿となった聖女は、光と共に姿は消し、笑い声の残響だけが残された魔王目がけて巨大魔法を放ち続けた。
――魔法どこまでもどこまでも飛んでいく。
遠くまで放たれたとしても、魔法は決して消える事はない。
今立っている床に放っても、不思議とそのまま通り抜ける。
そう、この空間に遮るモノは何もない。だから怖い、だからこそ恐ろしい。
入口も無ければ出口もないこの空間に逃げる場所なんて存在しない。
いや、場所という概念でさえ存在する事が出来ないこの空間は、新しい世界と例えたほうが正しいのかもしれない。
「魔王如きがッ! 復讐ヲ! 貴様等全員殺してやる! 根絶やしにして殺ル!」
……なんて事を言いながら、避ける隙が無さそうな360度オールレンジ攻撃を放ち続けている聖女に疲れが見え始めた。
……息切れする前にその力を一か八かで全て脱出に使えば、ひょっとしたら生きる可能性はあるのかもしれない。
だけども、できない。
そう、目の前の神々しい聖女は、彼女は知っているんだ。
この空間に閉じ込められる苦痛を、恐怖を、絶望を。
そんな生き死にが掛かっている行動を、彼女は取ることができない。
彼女はすぐにでも魔王を殺すべきだった。
復活した瞬間、殺すべきだった。
各地に散らばる魔力を手にする前に殺すべきだった。
人間に魔王を弱らせる保険をかけなければよかった。
自らの手で勇者を殺し、その力をすぐにでも行使するべきだった。
ダンジョン最下層に自分と魔王だけが立ち入れる場所なんか作らなければよかった。
――だから、できない。
結果こうなった状況で、行動する事ができない。
恐怖を紛らわしながら、ただひたすらに攻撃する事しかできない。
未知の攻撃に抗う事で精一杯だと自認する事しかできない。
目の前の魔王を殺せばなんとかなると思い込む事しかできない。
この状況で今も絶対的優位に立っていると確信する事しかできない。
300年続いた計画がたった一ヵ月で崩壊したと気づくことができず、認める事もできない。
そう、彼女はこの世界に誘い込まれた時点で負けていた。
ここがあらゆるリスクを避け続け、幾多の勝ち目を逃して来た人間の末路。
相手を認めず、ただただ見下し続けて来た愚かな権力者の終着地点。
魔王による圧倒的な力で一方的に攻撃し続ける理想な戦い。
300年続いた戦争は、神だと思い込んだ人間の自滅で決着がついた。




