最後の逃走劇
片道数キロ。
一ヵ月前の僕がこのキーワードを聞けば「歩いて2時間くらいか。まぁいい運動にはなりそうかな。運動の後に食べるご飯は最高だからね。晩御飯にはちょっと高いビールでも飲もうかな」なんて平和で呑気な回答が返って来るに違いない。
それがきっと普通で、正解なんだと思う。
その状況に後ろから自称神が空中から雷雨のように魔法を打ちこみながら襲ってくる状況を付け加えたらどうだろうか。
「惜しみなく魔力をぶっ放して走っても魔王城まで数十分かかる? ついでに神様が空から豪雨のように砲撃してきている最悪な状況? なに夢みてんだよ、そんな事ある訳ないだろ。仮にもしそんな状態になったら、そうだな、楽しかった中学生時代でも思い出しながら僕は諦めるかな」なんて普通で現実的な回答が返ってくるに違いない。
何を伝えたいのかと問われれば、何も伝えたくはないと僕は答える。
どうにかできる未来でもなければ、回避できる事象でもでもない、そんな状況に追い込まれた人間の心理に具体的でかつ論理的に今の心境を教えてくれと言われたってこんな意味の分からない糞ッタレな問答しか返って来ない。
そんな糞ッタレな現実に足を痛めながら、肺を痛めながら、簡潔に言えば全身を痛めながら走り続ける僕の口から出る言葉なんてモノは。
「――死ぬ! もうやだ! 帰りたい! 帰りたいいいいい!」
くらいのものでしかなく、まるで小学生の感想だなと言われてしまえば「今時の小学生だってこんな情けない言葉を口にしないよ」と反論したい所ではある。
無駄な思考に釘をさすように、数センチ隣には魔力の塊で出来た槍のような何かが容赦なく突き刺さる。
四択問題を間違えれば死んでいた場面がこれで31回目。「よく生きてるな! 凄いな! この戦いを生き延びたらこの体にご褒美を授けよう!」等と自分で自分をまるで子供を相手にするかのように褒め称えながら、32回目の四択問題を本能に頼り回避する。
地面から急に現れる光の槍。何もない空間から放たれる雷撃。空から一直線に放たれる謎のレーザー光線。
奇跡的に避け続けられているのは、聖女がまだ神の如く力をまだ制御しきれてない、扱いきれていないからだろう。
時よりあらぬ方向に放たれる攻撃を見てソレを確信する、そして今日戦いを挑まなければ間違いなくアレが僕の体に突き刺さっていただろうと確信した。
思い立ったが吉日という偉い人の言葉があるが、まさにその通りだと今なら思う。
いままで三番目くらいに嫌いな言葉だったが、間違いなく僕の中でナンバーワンに輝いており、顔も知れない偉い人に感謝の気持ちを伝えたい。
等と考えていると――
――突如、世界から音が消えた。
後ろを振り向くと、空に浮かぶ聖女が鬼のような形相でこちらを睨みつけている。
『アーアー! アキ殿、聞こえておりますかー? セバストですぞー』
この場に相応しくないリラックスした声が直接頭の中に響き渡る。
そうか、ここからは魔王の領地、魔王城からの攻撃圏内。という事は僕は成し遂げたんだ! ざまぁみろ! ここから先は魔王の攻撃が待ってるんだぞ!? 泣いて負けを認めろ馬鹿聖女!
「……じゃないんだよ! クソッ! 逃げ切っちゃ意味がないんだよなぁ!? 魔王城まで神を誘導しないといけないんだよ、逃げる事が目的じゃないんだよ、ここまで来て逆に聖女に逃げられたら命を賭けた意味がなくなっちゃうんだよ!」 ……僕は泣きながらそう思った。
本来であれば人間側に正体をばらし、それから魔王城へゆっくりと逃げ込んで聖女をおびき寄せる作戦。
聖女は未だ魔王が力を取り戻していない衰弱した状態だと思っているから、舐めきってのそのそと入城した所で罠にハメる完璧な作戦。
……そんな状況で聖女が止まるって事は、つまり僕と魔王が仲間なんじゃないかと思い始めてしまったって事か?
だとしたら、そんな奴をどうやったら罠だと思っている場所まで誘導できるんだ。
『……誰でもいい! 今すぐ砲弾を僕に向かって撃ってください!』
『どういう事ですかな?』
『説明する時間がない! 殺すつもりで僕に撃ち続けろ! 今すぐにだ!』
瞬間、ブラックライトで隠された魔王城から放たれた砲弾を間一髪で避ける。
神の攻撃を経験してなかったら確実に死んでいた殺意の込められた必殺の一撃。
……正確無比すぎるんだよ! ちょっとはこう、当たりそうで当たらない感じで撃ち込めるだろ!? 今これ操ってるのセバストさんとバンシーさんだっけ? 僕に恨みでもあるのかよってくらい過剰に悪意が込められてるきがするよ!? まぁ後者に関しては思い当たる節はいっぱいあるけどさぁ!?
実物の砲弾は弧を描くが、この魔法による砲弾は違う。直線で狙ってくる。だから距離感を掴むのが非常に難しい。
ターゲットになってようやく理解できたが、これはもはや人が回避できる代物ではない。
小さい点が一瞬で巨大な狂気に様変わりする光景、こんな危険な体験はこれで最後にしてもらいたい。
転移の罠を全力で活用しながら、刹那の一撃を交わし続ける。
ここは既に魔王の領域、転移による身体的負担は大幅に軽減される、つまり短い距離であればちょっと気持ち悪い気分を我慢すれば気楽に使いたい放題な訳だ。
一日で使用した罠の量を大幅更新しながら、前へ前へと歩を進める。
「さぁどうだ? ファッキン聖女! お前が背中から翼を生やすほど、喉から手が出るほどに欲しかった命がここにあるぞ!?」
とは決して言えないが、そんな雰囲気を漂わせながらただただ前へと走り込む。
『――こんな所で神が立ち止まってたまるか! 殺す! 絶対に殺す! 貴様を殺せば全てが終わるのだ!』
後ろから大きな声が聞こえ、 よしよしよし、いいぞいいぞ!と思った…… いや、思ったけど、良いんだけど、良くも無い!
前からは物理攻撃、後ろからは魔法攻撃、下からは槍、上からはレーザー光線。
長年蓄え続けていた鎧もそろそろ限界に近付いているのか、ミシミシと音が聞こえ始めた。
奇跡もどうやらここで終了。
得体のしれない大魔法と共に、一緒に地面にタッチダウン。
『最後に言い残す事はあるか?』
聞く気のない懺悔を要求する聖女に、中指を立てながらこう言った。
――|ようこそ、最高の地獄へな!!
虚を突かれた聖女と僕は、次元を歪ませながら光と共に闇に吸い込まれた。




