お茶会準備とアイリーン
いつも読んでくださりありがとうございます。
少し長くなってしまいました。
いつ恋愛が始まるのかな、と思いながら書いております。
数日後、アイリーンのメイド、ディアがエメラルダの離宮を訪れた。末席で平民の血が流れてるとはいえ、一応王族である。よく躾けられたメイドは離宮を見ても眉ひとつ動かさなかった。二歳の時にエメラルダの面倒を見に来ていたメイドは、明らかに見下した態度だったので、新鮮な気持ちだ。
離宮から馬車に乗り、ディアに案内され訪れた部屋に目を見開いた。部屋の広さもそうだが、大理石の床に、魔物の毛で織られた毛長絨毯。シルクの壁紙があしらわれ、天井には魔石で作られたであろうシャンデリアが美しく輝いている。家具や調度品にも、アイリーンのセンスが窺え、どこを切り取っても絵になる。
そんな豪華絢爛、十全十美な部屋でさえも、真ん中に美しく佇むアイリーンには霞むばかりだった。
水色のシンプルなマーメイドドレスに、裾には宝石が散りばめられている。首元から胸元はレースで露出を抑えられているが、ドレスがアイリーンのスタイルの良さを際立たせているので色気が漂っている。こんな女神の横で着せ替え人形になっても大丈夫かな。と少し不安な気持ちになった。
「エメラルダいらっしゃい!あなたの為にドレス、宝石、靴を用意しておいたわ!当日の化粧や整髪は私のメイド達がやるから任せて。さあ!こっちに座って!」
「アイリーン姉様ありがとうございます」
なぜサイズを測ってないのに、ドレスが用意できたのかは聞かないことにした。
アイリーンの横にあった座り心地の良いソファーへと促され、エメラルダが腰を下ろすと、アイリーンも同じソファへ腰を下ろした。…距離が近い気がする。
エメラルダとアイリーンが座ったのを確認したところで、すっと前に人が出てくる。
「私のドレスを作っているデザイナーよ」
紹介された女性が、スッとカーテシーをした。
「お初にお目にかかります。アイリーン殿下のデザイナーを務めさせていただいおります。フィード・ロレインと申します。エメラルダ殿下のドレスを製作できる誉れを承り感激しております」
面を上げたロレインは、グレーの瞳にそばかすが可愛らしい顔をしていた。赤みの強いブラウンをキュッとお団子にして、白いブラウスにハイウェストのロングスカート、編み上げブーツというカジュアルな装いだ。
「ロレインはフィード伯爵家の三女よ。貴族間の流行りには敏感だし、彼女に任せておけば誰もが羨むドレスが完成するわ」
アイリーンの言葉にロレインが頬を染める。
「光栄にございます。アイリーン殿下の美しさあってのドレス。これからも精進して参ります」
どこか武闘派の受け答えに、フィード伯爵家の事を思い出した。
「フィード伯爵家といえば、代々身体強化に優れた子供が生まれると聞いたことがあります。50年前の隣国との戦いで打ち勝ったのも、辺境の地で起こったスタンピードを最小限の被害で抑えたのも、英雄フィード伯爵のおかげだと…お会いできて光栄です」
フィード伯爵家は身体強化特化の貴族である。血筋なのか、その地の魔素の影響なのか、生まれた子供はいつも身体強化のスキルに恵まれる。スキルとの相乗効果なのか、努力家で情に厚く、おおらかで身体を動かすのが得意…そんなフィード伯爵家のご令嬢がドレスデザイナーとして王城に勤めているとは意外だった。
その疑問が顔に出ていたのか、ロレインがニコリと笑った。
「エメラルダ殿下のご聡明さに感服いたします。その通り、我がフィード家は代々辺境の地で防衛を任されております。生まれた子供は身体強化に恵まれ、男女関係なく国防のために身を捧げます。しかし、私は王都に訪れた際にアイリーン殿下にお声掛け頂き、専属のデザイナーとして奉職する事となりました。」
簡単にこれまでの経緯を説明してもらった後、ロレインはエメラルダの目の前に跪き(ひざまずき)騎士のような礼をとった。
「国の宝であるエメラルダ殿下の茶会デビュードレス、一意専心で取り組みます」
(かっ…かっこいいー!!身のこなしが凛々しくて見惚れてしまう!)
キラキラとした目で見ていると、横からぬっとアイリーンの顔が現れた。
「エメラルダ、ちょっと見つめすぎではなくて?もっと姉様の事を見つめてくれてもいいんじゃない?」
拗ねていても美しい。至近距離からの暴力的な美に目が潰れるかと思った。
「アイリーン姉様が美しすぎて、目が弾け飛ぶかと思いました」
「何万回と称賛を受けてきた私の美貌で、可愛いエメラルダの目が弾け飛ぶのは忍びないわ。でも、私以外の誰かにその瞳を奪われるのは屈辱でしてよ」
ぷんぷんと拗ねる美女もまた趣がある…と思っていたら、先ほどまで隣で傅いていたロレインがにっこりと微笑んでノートとペンを取り出した。
「では、アイリーン殿下からの愛を一身に受けていることが周知される様に、お揃いのデザインで作製するのはどうでしょうか?」
「あら!それは素敵ね。ホストとして私も参加するから、仲の良さを見せつけておきたいわ」
機嫌良く応答するアイリーンに、エメラルダも異議なし と頷く。
ロレインの中ではもうイメージが固まっているのか、真っ白なページにサラサラとドレスのデザインが書き込まれていく。さらっと何枚も描かれていく案に関心していると、部屋は入って来たメイドが、アイリーンに何かコソコソと耳打ちしていた。メイドの耳打ちに一瞬眉を顰めたが、エメラルダに見られていると気づくとにこやかに笑顔を向ける。
「ごめんなさいエメラルダ。急な来客で少し対応しなきゃいけないの。すぐに帰ってくるから、少しだけ待っててくれる?」
「もちろんです。アイリーン姉様が帰ってくるまで、ロレイン様のドレスデザインを見学しておきます」
行儀良く答えると、エメラルダの頭をよしよしと撫で、名残惜しそうに部屋を退出していった。
(アイリーン姉様はスケジュール管理をちゃんとしてる人だから、よほど外せない来客だったのかな)
アイリーンを呼び出すとは相当な相手なのだろうと納得し、ロレインのデザイン画を一枚ずつ観察して、疑問を持った。
(これって、コルセット的なものをしなきゃいけないのかな?)
描かれているデザインは、どれもウエストがギュッと絞られ、スカートの部分はボリュームがあり豪華な装飾で彩られている。
今エメラルダが着ているドレスは、自分で取り外し可能なフックタイプのコルセットで、正式な場に出る時はメイドにぎっちり絞られる紐タイプのコルセットだ。貴族らしい美しいドレスだが、できれば料理を堪能したいし、動きやすい方が良い。確か、前世の世界ではコルセットによる健康被害と、女性の社会進出で廃れていったという歴史があったはず。
(アイリーンが手がけている、貴族女性の社会進出促進事業にも、コルセットの廃止は役に立つんじゃないかな。自分ではドレスを考えられないし、スキルで検索してみよ)
スキル画面を自分以外に見えない様に設定し、前世のドレスを画像で表示する。
(エンパイアドレスとか楽そうー。お腹が膨らんでも目立たないし、足捌きも良さそう)
ロレインが一息ついたところを見計らって、声をかける。
「ロレイン様、コルセットをつけないドレスって作れますか?」
「コルセットをつけないドレス…ですか?」
イメージが湧かないロレインに、紙とペンを使って説明する。
「はい。私、パーティーではお腹いっぱい食事を楽しみたいんです。こういう、胸の下に切り替えがあって、スカートの生地が落ちる様なデザインです」
検索画面で見つけたドレスを参考に、紙にデザインを描き込んでいく。
袖はシースルー生地のパフスリーブ、胸下にはしっかりギャザーを入れてフィッシュテールスカートにし、脚が見えるといけないので、下にレーススカートを描き込む。
イメージ通りに描けたことに満足していると、横で見ていたロレインの手がブルブルと震え始めた。
(しまった!怒ったかな…?コルセットで美しいクビレを作るのは、貴族女性にとってのステータスでもあるから、それを否定する様なデザインは受け入れらるないか…)
「申し訳ありません。このデザインは無かったことに…」
「エメラルダ殿下!!!これは素晴らしいドレスです!!」
興奮したロレインが、さっと紙を掴みぶつぶつと独り言を喋り出す。
「私とした事が…コルセットを着なければならないという固定概念に囚われてしまっていた…体のラインが見えない自然体なデザインは体型の崩れに悩む貴族夫人達の救世主になりうるかも…」
興奮して、早口でぶつぶつと呟き出したロレインにホッとした。
(他人と関わる事が無かったから、イマイチこの世界の常識が掴めない…いざとなったら頭が痛いーって言ってごまかしちゃおうかな)
ロレインの興奮具合に呆けていると、扉の外がバタバタと騒がしくなり始めた。あまりの騒がしさにディアが外の様子を伺いに部屋を出る。
(…なんだか嫌な予感がする…。城内でこんなに騒がしくなるなんて…)
その予感は的中した。しばらくして戻ってきたディアの顔からは、血の気が引き、震える唇で信じられない言葉を呟いた。
「アイリーン殿下が誘拐されました」




