クロとの出会い
異世界での生活に慣れてきた一年前。
本でサルトベリーの存在を知り、軽い気持ちで森へ探索しに行った。スキルで安全な道を選びつつ、家に住み着いている小さなボディーガードと一緒に森を進む。難なくサルトベリーを見つけ、スキルを使う。驚くことにポーションの役割があること、加工することで効果を高めることも記されていた。
「そういえば、グレイブ兄様が辺境の地で疫病が流行ってるって言ってたなぁ…何かあった時のために、多めに持って帰ろうかな」
無事に収穫して帰路へ着こうとした時、行きの道では気づかなかった黒い毛むくじゃらを見つけた。『検索』すると黒狼魔だと表示される。よく見るとボロボロな毛と、身体のあちこちに乾いた血がこびりついていることに気づいた。
(大きな傷はなさそうだけど、あんなに血がこびりついてる。息遣いも荒いし危険な状態なのかも…)
助けようと近づくと、狼はスッと頭を上げ耳を後ろに強く引き、魔力を漂わせた。さすが魔獣だ。幼体と言えども、身体が大きく魔力の強さで肌がピリピリする。しかし、隠しきれない疲労で魔力の放出に波がある。
「大丈夫だよ!何もしない!怪我してるんだよね?」
エメラルダの言葉に反応して耳をぴくぴくと動かし警戒を強められてしまった。
(手負の獣だもんね。これ以上近づいて、お互いに体力を消耗しないほうがいいかな)
近寄ることを諦め、持っていたサルトベリーを籠ごと地面に置いた。
「これはサルトベリーって言うの。食べたら体力と魔力が回復するよ。ほら!見てて!」
一粒口の中に放り込み、咀嚼もそこそこにゴクリと飲み込む。一日中歩き回って疲れていた足や『検索』で使った魔力が回復した。魔力を感じ取ったのかクロがまたぴくぴくと耳を動かした。
「毒は入ってないよ。でも私がここにいると食べ辛いと思うから、ここに置いて帰るね。明日の昼には籠を取りに来るから、籠だけは返してね」
そう言ってその日は静かに立ち去った。
初めて会った大きな魔獣に興奮しつつ、森を抜け自宅へ帰ってきた頃には日が沈みかけていた。
翌日、籠の回収と、再度サルトベリーを持ち帰ろうと扉を開けるとこつりと何かが当たった。下を見ると昨日森へ置いてきたはずの籠が空っぽになり転がっていた。
あの黒狼魔がサルトベリーを食べたあと、律儀にここまで籠を持ってきてくれたのだ。そう思うと自然と笑みが溢れた。
籠を拾い、森へ入り、昨日の獣道をずんずん進む。サルトベリーの実る場所へ辿り着き、水をかけようとした瞬間、ガサガサと近くから物音がした。びっくりして辺りをキョロキョロと見渡すと、昨日の狼が草陰から様子を伺っている。警戒心と隠しきれない好奇心が目に宿っているのがなんとも可愛い。
「サルトベリーを全部食べたのね。偉いわ。籠を返してくれてありがとう」
そう言うと、狼がペロリと鼻の周りを舐めた。よく見ると新しい切り傷が出来ている…さては…
「もしかしてサルトベリーを自分で取ろうとしたの?」
バレたのが恥ずかしかったのか、バツが悪かったのか、草陰からのぞいてた顔が少し少なくなった。
「サルトベリーはね、取る時にコツがいるの。みててね」
持ってきていた水をパシャリとサルトベリーにかけ、棘がしおしおになるのを見せた。興味が湧いたのか顔の出てる部分が増える。
「貴方は水をかけることが出来ないから、食べるなら雨の日かしら?」
サルトベリーを摘みながらそう伝えると、狼はあからさまに残念がった。まるで大きな犬が散歩をお預けになった時のようだ。
エメラルダはクスッと笑い、摘んだサルトベリーをハンカチに包んだ。
「雨の日以外は私がサルトベリーを摘んであげる。まだ体力も魔力も戻ってないんでしょ?無理をしちゃダメよ」
そう言って、ハンカチに包んだサルトベリーを狼の目の届く場所へ置いた。
「私からは近づかないわ。私がここを去ってから食べてね。」
それだけ言うと、またパシャリと水をかけてサルトベリー摘みに没頭した。
そんなふうにベリーを摘み、狼に与える日々が続いた。距離は縮まらなかったが、警戒される事がなくなり、一定の距離で観察してくるようになった。そして、雨の日はサルトベリーでジャムを作り備蓄をせっせと増やす。ジャムを詰めた瓶を手に『検索』と唱える。
『適切な方法で作られたサルトベリーのジャム。アルムレモンとデジラの実をすりつぶしたものを加え効能がアップ。スプーンひと匙食べると体力、魔力が全回復し重症から通常状態へと戻る。更にレベルアップしたジャムを作るにはサルトベリーの葉を乾燥させた物を粉末にし加え…』
(…とんでもないものを作ってしまったかもしれない。ハイポーションみたいなものなのかな?本の知識でしか知らないけど、この世界でハイポーションにあたる物は存在してない…薬や治療魔法は存在するけど、重症者を一発で治すような芸当は大神官や特別なスキルを持った者だけのはず。…更にレベルアップした物ってことは、エリクサー的な?ちょっと今はいいかな…面倒ごとの香りがするぞ…)
とりあえず、出来上がったジャムをパンに塗りサンドイッチを作ったらリュックに詰め込む。
(備蓄は十分出来たし、今日はサルトベリー以外の使えそうなものを探しに行こう)
すっかり通い慣れた獣道を進むと、森の中に漂う魔素がいつもも違うことに気がつく。
(森がざわついてるような…いつもと違う空気だ。魔素の流れが、一点に集められている感じがする…)
ぞわぞわした感覚を無視する事ができず、魔素の流れを追いたどり着いた場所には、ずっとサルトベリーを分け与えていた黒狼魔が無防備に倒れていた。
「狼さん!?」
急いで駆け寄るも反応はない。いつもなら、ある一定の距離に近づくと警戒して魔力が漏れるのに、その気力もないようだ。
(呼吸が浅い…外傷はなさそうだけど…目が見開いたままで魔力の乱れがひどい…)
『検索 黒狼魔の身体状態』
いつもは相手の同意なしに状態確認をしないが、緊急事態と判断しスキルを使用する。
『黒狼魔の幼体:状態異常。スキルによる魔力の搾取と精神干渉。規定値以上の魔力を搾取された事による意識の混濁あり。このまま状態異常が続くと魔力暴走の可能性大。状態異常の解除にサルトベリージャムが有効』
(ここでサルトベリーが役に立つなんて!タイミング良すぎるー!!!)
幸運に感謝しつつ、急いでリュックからサンドイッチを取り出し、黒狼魔の口の中に突っ込む。
耳がピクリと動き、口がゆっくりと動き出す。咀嚼すらも辛い状態なのかうまく噛めてない。辛そうにしている黒狼魔の体を撫でて安心させる。
「頑張って。これを食べると治るからね。大丈夫だよ」
少しずつ体内へ吸収できているのか、開き切った目が瞬きを始め呼吸も深くなってきた。食べ終わり、少し時間が経つとむくりと頭を上げ、真紅の瞳がエメラルダを見つめた。
「魔力暴走を起こす前に出会えてよかった。人間のスキルで魔力を奪われたみたいね…痛いところや辛いところはない?…って、喋れないからどこが辛いのかなんてわからないけど」
あはは、と自分にツッコミといれてると、黒狼魔の頭が膝に乗った。
(ふぉっ…ふぉー!!!もふもふ!これは!お友達認定という事で良いでしょうかー!!)
興奮を隠しつつ、おそるおそる頭を撫でる。チラリと視線をよこしたが、嫌がるそぶりはなく、瞳を閉じてそのまま身を委ねてきた。
(この世界で初めてのもふもふ!忙しすぎてもふもふと戯れる機会がなから、もふもふに飢えてたのよー!)
一心不乱に撫でていると静かな寝息が聞こえてきた。
(可哀想に…スキルを使った時に幼体って書かれてた…こんなに大きくてもまだ子供なんだ)
まじまじと観察すると、前世のボルゾイぐらいの大きさだった。
(成体になったら、どのくらいの大きさになるんだろう…虎とかライオン?もっと大きいのかな…)
ぼーっと考えながらもふもふタイムを堪能していると、日が隠れ始める時間になってきた。
(あ…足が…痺れてきたー…)
限界突破した足をそろそろ解放してもらうために、黒狼魔をそっと揺り起こす。
「狼さん。起きて。申し訳ないけど、家に帰らなきゃ」
ぐっすり寝ていたのか、何度か瞬きを繰り返しふわっと欠伸をする。
「魔力と状態異常は大丈夫そうだけど、精神的なものからくる疲労は、すぐに回復するものじゃないから、安全な場所で休んでね」
そっと立ち上がり、足の痺れを我慢しながら家の方角へ歩き出す。
すると黒狼魔がするりと立ち上がり、エメラルダの前に立ち塞がった。まだ何か不安な事があるのか?と首を傾げると、エメラルダに背を向けて伏せる。まるで背中に乗れ、とも言いたげな目でこちらを見た。
「…乗ってもいいの?」
黒狼魔がこくりと頷く。もふもふタイムを堪能し、尚且つ背中に乗って家まで帰れるなんて!幸せがすぎる!
「ありがとう」
遠慮がちに跨ると、黒狼魔は危うげなく立ち上がり走り出す。気を遣ってくれているのか、揺れは少なく速度もそれほど速くない。しかし、自分で走るよりも圧倒的な速さで家へと到着した。
黒狼魔からゆっくりと降りて労うように人撫でし、目線を合わせる。
「怖い事があった後なのに、ここまで運んでくれてありがとう。貴方と友達になれるかな?」
エメラルダの言葉に答えるように、黒狼魔が顔をすっと擦り付けた。
「いいよって事でいいのかな?私はエメラルダ!これからよろしくねクロ!」
見た目のままの名前を読んでみると、黒狼魔が驚いたように目を見開いた。
「クロって名前…嫌だった?」
この世界で家族以外、しかも大きな魔獣と友達になるのは初めてだ。もしかしたら、もっとカッコ良い名前をつけた方がよかったかな?などと考えていると、黒狼魔…クロがペロリと頬を舐めた。
「もしかして、慰めてくれてる?…ありがとう」
嬉しさにぎゅっと抱きつくと、ぐるると嬉しそう鳴き声が聞こえた。
「もう日が落ちるね。また危ない目に合うかもしれないから、しっかり隠れて過ごしてね。また明日会いに行くから」
回していた腕を離し、目をしっかり見つめると分かったと言っているようにクロが頷く。そのまま音もなく森へと去っていった。
この出来事からクロとの仲は深まり、現在に至る。
家の中に入ったり、ずっと一緒…という事はないけど、森に行くと必ず出てきてくれて側で見守ってくれる。森で危ない目に遭った事はないけど、誰かが側にいるといないとでは気持ちが違う。
「まだ仲良くなって一年くらいだけど、クロがいてくれて本当によかった」
そう呟いて隣にいるクロをもふると、慣れたもので膝の上に頭を乗せてくる。
「あと三年のうちに婚約者をみつけないと、毒杯を飲んでこの世からいなくなっちゃうから、それまで沢山思い出を作ろうね」
なんとなしに言うと、クロががばっと勢いよく頭を上げ顔を見つめた。お前それどう言うことだよ!聞いてないぞ!とでも言いたそうにワフワフと声をだした。ここまで大きなリアクションをするクロは初めてでびっくりした。
「本当に私の言ってる言葉を細かく理解してるんだね。実は今日、兄様が家まで来たの。利用価値のない王族は必要ないから、婚約するか死ぬかだって。もう少し今の家でゆっくり過ごしたかったんだけどなー」
別にたいした事ない。と言うふうに話すと、クロは眉間に皺を寄せワフワフと不満げに吠える。
「さすがに何を言ってるのかわからないけど、大丈夫だよ!いざとなったらこの国を出て森の中で暮らすー。」
へらっと笑うと、クロの眉間により一層皺がよる。あれ?もしかして私って頼りなく見える!?…そういえばまだ6歳だったっけ。
「こう見えても色々とできるんだけどなぁ。あ!もうこんなに日が傾いてる!今日は読みたい本があるからそろそろ帰るね!」
広げていたピクニックグッズを手早くまとめてリュックを背負う。
「じゃあまた明日ね!サルトベリーばっかりじゃ飽きるだろうし、明日はサンドイッチ持ってくるから」
まだ不満げな顔をしてるクロをぎゅっと抱きしめて帰路についた。
エメラルダが去った後を、クロはしばらく見つめていた。感情の起伏に周囲の魔素が乱れるのが分かる。
「婚約?エメラルダが?俺以外の男と?…そんなことさせるものか」
クロから発せられた言葉は、遠く離れたエメラルダには届かなかった。




