兄弟達の会話
木の影から、エメラルダの気の抜ける掛け声を聞き終えた後、グレイブはそっとその場を離れた。
第二王子である俺は忙しい。本当であれば、城からこんなに離れた離宮へと来ている暇などないのだ。俺の仕事である王族騎士団への遠征日程調節、任務の采配、来月行われる王族護衛の調節、軍事費の振り分け…あげればキリがない。しかし、そんな忙しい中、自分のトレーニングと称して、ほぼ毎日エメラルダの顔を見にいっている理由は…
気がついたら城へ戻ってきていた。エメラルダの離宮を訪ねた後は、必ずここへ報告へ来なければならない。
煌びやかに装飾された無駄に大きな扉をノックする。
「はいれ」
相手は待っていたかのように即答してきた。今日はいつもより焦りが滲み出している気がする。
扉を開けて一礼する。
「殿下、ただいま戻りました」
「今いるのは家族だけだ、兄上でいい」
豪奢な扉からは雰囲気が変わり、清潔に整えられ調度品の少ない部屋の真ん中、執務に励んでいたリデア兄上が煩わしそうに答えた。
「グレイブ、帰ってくるの遅くない?もしかしてエメラルダと遊んで来たんじゃないでしょうね!?」
来訪者用のソファにゆったりと座っていたアイリーンが、不満そうに足を組み替える。
「グレイブ兄様は自分が頻繁に会えるからって調子に乗ってるんじゃない?」
天使のような微笑みを浮かべて毒を吐くローレンは、出されていた紅茶を手元に寄せている。
「お前ら好き勝手言ってるけど、ここを出てから帰ってくるまで15分くらいしか経ってないぞ」
「15分も経ってるんだ。私からすれば、15分あれば1ヶ月分の執務が終わる」
実際に、机の上に山のように積み重なっていた書類が一枚もない。
「15分あれば国中の生き物を傅かせる事ができるわ」
「15分あれば世界を15周できるよ」
「お前らのスキル自慢はもういい!…エメラルダの事だが…」
俺の口からエメラルダの名が飛び出すと、傲慢な態度をとっていた兄弟達がソワソワとし始める。
「やはり毒杯の事にショックを受けていたか?」
「健気で可愛くて天才なエメラルダ!貴女を悲しませたくないのに!」
「婚約者なんてまだ早いよ!僕と4つしか変わらないのに!」
わあわあと騒ぎ立てている三人に、こめかみがぴくぴくとし出した。
そう、コイツらはエメラルダバカなのだ。
「泣いてもないし悲観的にもなってなかった!!いつも通りボヤッとして、困ったなーまぁなんとかなるか、みたいな顔してたよ」
「さすが私の妹だ。適応能力の高さが素晴らしい」
「さすが私の妹ね。冷静さが凡人とは違うわ」
「さすが僕の妹!ボヤッとしたところも可愛いね!」
エメラルダに対する各自の賞賛の声に長ーいため息を吐いた。
「それより、リデア兄上。例の件は?」
俺の一言で、さっきまでの空気が嘘のように張り詰めたものになる。
「私を誰だと思っている。順調に事は進んでいるよ。王族派も、貴族派も、ほぼ手中に収めている。あとは中立派のシグルズ公爵家だけだ。」
「シグルズ公爵か…肥沃な土地と独自の軍事体制、独立国家になってもおかしくないほどの富…だからこそ中立を維持しているが、俺たちの作戦が成功するには彼の協力が不可欠だな」
「あの一家。私のスキルが全く効かないのよね。対抗するスキル持ちなのか、強力な魔道具を付けているのか…」
「たしか、時期当主は僕と同じ年齢だったはずだけど、社交界で姿をみた人がいないんだよね」
リデアが苛立ったように机をトントンと叩く。
「何にせよ、私の王位継承までにあと2年はある。エメラルダの今後を守るために、少し省略してしまおう」
「無能な頭は挿げ替えた方がよろしいですものね」
「名ばかりの王に『絶対服従』のスキルは宝の持ち腐れだね」
ドス黒いオーラを纏いながらニヤリと笑う三人に、ある意味頼もしさを感じる。
「じゃあ、俺は仕事に戻るよ。後のことは任せた」
この場で俺のやることはそれほどない。優秀な兄弟姉妹に任せておけば、最短で国が変わっていくだろう。
振り返ることなく執務室を出て、自分の執務室へと向かった。
「…グレイブめ、エメラルダの敷地がよく見える自分の執務室に向かったな」
「私達が気づいてないとでもおもってるのかしらね?」
「グレイブ兄様も相当なエメラルダバカだよねー」




