【小話】アイリーンの気持ち
いつも読んでくださりありがとうございます。
今回はアイリーンとの出会いについてです。
私はこの国で一番美しい容姿を持つ王家の血筋だ。そして、スキルもその姿に相応しい『魅了』を授かった。
産まれた瞬間、あまりの美しさに産婆が私を抱き抱え逃亡を企てたらしい。乳母は、幼い私を洗脳して自分のそばから離れられないように企てたらしい。私付きのメイドになる為、争って流血沙汰にもなった。私の魔力よりも下の生き物は全て、うっそりと笑い、迎合し私の気を引こうとする。
一度リデア兄様に聞いたことがある。
「私の容姿とスキルがなくなってしまったら、私の側には誰か残ってくれるのかしら?」
リデア兄様は私の頭にポンと手を置き、優しく撫でてくれた。幼い頃は、私の容姿にもスキルにも狂わないリデア兄様と、双子のグレイブと弟のローレンが心の支えだった。
十歳の誕生日、王城で行われたガーデンパーティーで、参加していた貴族の子息女達がいざこざを起こした。誰が私と話すか…くだらない事で言い合いになったらしい。国王派と貴族派の者同士が争い合った為か、言い争いが激化して、掴み合いにまで発展した。
(馬鹿らしい。もう、うんざりだ)
『魅了。この会場内にいる間、指定された席につき何人たりとも動く事を禁ずる』
先ほどまでの喧騒が嘘のように鎮まり、スキルにかかった者たちがどこか幸福そうな表情で席へ着き始める。スキルが効かなかった者は、私のスキル発動に顔を青くするか、無表情でその場に止まった。
そのまま会場を抜け出し、森の方へと歩いて行く。
(私と話がしたい?話なんて頭に入ってないくせに。私の顔や身体を品定めして、手に入れる事しか考えてない連中に、私の何がわかるっていうのよ。気持ち悪い。いっそ…)
歩みを止めて、ギリリと奥歯を噛み締める。
「いっそのこと、この顔も体も醜く切り刻んでやろうかしら」
「いたいのですか?」
突然の声にピクリと身体が動く。
視線をそちらに向けると、ボロボロのワンピースを着た幼い子供が、手にキラキラとした糸を持って佇んでいた。
「…話しかけないでくださる?使用人の子供が無礼よ」
苛立ちを隠すことができない。いつもなら上手くできるのに。
「わたし、ここにすんでます。エトリア・アン・エメラルダともうします」
舌足らずなその言葉で思い出した。確か一年前に父上が連れてきた、平民との間に産まれた末の妹だ。すっかり存在を忘れていた。
「お前、こんな所に住んでるのね。恥じらいというものに随分と縁遠いこと。」
皮肉げに言葉を投げたが、子供はキョトンとしてとくに反応はない。所詮、平民との間にできた子供。お頭が足りていないのだろう。
踵を返し自分の部屋に戻ろうとすると、ブツンと音がした。ヒールのある靴を支えていた紐が、無惨に地面へと落ちる。
「こんな時に…!もう!なんなのよ!」
小さく悪態をつき、乱暴に靴を脱ぎ捨てる。裸足になった足の裏が草でチクチクして痛い。
(いつもなら、こんな品のないことはしない。私は王族の鏡であり、全てが美しくなければならないのだ。完璧でなくてはならない。私は、誰よりも…)
「なおしましょう」
気づけば子供が靴を拾い、私の手を握っていた。
「おうちにいけば、なおせます」
ぐいぐいと引っ張られ、子供の目指す方へ歩みを進める。抵抗するのも疲れた。
小さな小屋にたどり着き、扉を開けると、暖かな光が差し込むキッチンとダイニングが目に飛び込んできた。木のテーブルに二脚の椅子。テーブルの上にはキラキラとした糸が山積みで置いてある。子供が手に持っていた糸をテーブルへ置き、椅子を引き私を座らせる。もう一つの椅子をずりずりと引っ張り、キッチンに到着するとうんしょとよじ登り、カチャカチャと食器を動かす音が聞こえ出した。
(こんな事をしている場合ではない。会場へ戻り、靴が壊れた事を言い訳にパーティーを終わらせなければ。失敗すれば国王に目をつけられる。利用価値がないと思われたら、私はあの卑しい目をした者達の妻となるだろう)
頭の中では色々な事が忙しなく指示を送るのに、身体は何故か動かず、食器の音とキラキラと光る糸、暖かな光に感覚が囚われる。
(…静かだわ。冷たくない。気持ち悪い視線や鬱陶しい言葉もない。息苦しさもない)
すぅっと息を吸い込むと、木の香りと、爽やかなお茶の香りがした。
「どうぞ」
テーブルの上に素朴な作りのカップが置かれた。王城内では絶対お目にかかれないであろう、大きなカップの中には琥珀色の飲み物が入っている。
「くつをなおすので、おちゃをのんでまっててください」
小さな子供は机の上の糸を一本すいっと抜き取り、靴と紐をもって、キッチンにある椅子へと座る。小さな手を動かし、慣れた手つきで縫い始めた。
いつも毒味が済んだあとの料理にしか口をつけない。何回も、何回も、もう数えるのをやめる程、毒が混入していた。豪華な食事は冷え切り、食欲を満たす事が出来ればなんでも良いとさえ思っていた。このカップの中の飲み物にも、毒が入っているかもしれない。末の妹が、王城で華やかな暮らしをする私を妬み、死を願っているかもしれない。
(…もうそれでも良いのかもしれない。悲劇の死を遂げる美しい王女の話が、後世に語り継がれるのもありか)
カップを持ち優雅に口づける。飲み込んだ琥珀色の液体は爽やかな香りで、乾いていた喉を潤し身体を温めた。身体の冷えにも気づかないほど緊張していたらしい。手の感覚や、頬に温もりが戻ってくる。マナーを忘れてカップを両手で包んだ。
(こんなにも温かい飲み物は初めてだわ。飲み物一つで心が休まるなんて)
カップの暖かさに瞳を閉じると、声をかけられた。
「できました。これでおへやにかえれますよ」
当たり前のように私の前に傅き、靴を丁寧に留め直す。本当の王族なら絶対しない所作だ。リボンをギュッと結び終えた靴を見ると、靴と紐の繋ぎ目が美しくキラキラ光っていた。
「…貴方、こんな所で一人で住んでいて辛くないの?贅沢なドレスも、部屋も、食事もなく、誰にも相手にされず、誰にも気づいてもらえない。王族に名を連ねる事ができたのに、こんな見窄らしい小屋で毎日過ごすだなんて…さぞかしガッカリしたでしょう」
私よりも遥かに幼い子供だが、自分の理不尽な状況を少しは理解しているはずだ。もっと自分の境遇に嘆いて見せてほしい。そうすれば私のこのやり場のない感情が少しは取り除く事ができる。
「いいえ。がっかりしていません。わたしはとてもしあわせです」
平凡なブラウンの瞳が私のことをじっと見つめる。
「おうちがあって、たべるものがあって、きるものがあって、まなぶじかんがある。とてもしあわせです。わたしは、わたしのちからで、しあわせになれるからだとこころがあります。それだけでじゅうぶんです」
偽りのない言葉。自分が自分であること、己の意思一つでどのようにでもなれると、境遇に嘆き怯えるばかりの自分が、ちっぽけな存在になった気がした。
「私はこの国の王女なの。自分の意思でなんとかなる事なんて限られているわ。私の功績は全て国王のものになり、失敗すれば女だから仕方ないと言われる。着飾り贅沢をするしか能がないお人形を求められる。」
優れた容姿もスキルも、本当の私にはなんの価値もない。
幼い子供に対してぶつけるには、容赦ない言葉だ。しかし、その小さな子供は、先ほどまでとは違うハッキリとした口調で喋り出した。
「本当に?貴方がもつその魅了の力は、ただ人を操るだけのものですか?その美貌とスキルで、世の女性達を救済する事ができるはずです。学が足らず嘆く者、困窮にに耐える者、戦争で居場所をなくした者、身分により迫害される者。女性の持つ強かさ、聡明さ、思慮深さを貴方なら世に役立てるはずです」
幼さを感じさせない言葉に驚き、私が言葉を詰まらせると、子供がハッとして口を押さえた。先程までの異質な表情をくずし、へらりと笑って見せた。
「だいじょうぶです。おへやにかえりましょう」
小屋の扉を開けると、差し込む光が眩しくて、少し視界が滲んだ。
そこから、貴族女性の労働支援に手をつけた。
領地経営が上手くいかず、高齢貴族の後妻に入らなければならなかった者。戦争で主人を亡くし、赤子を抱えながら資産を減らしていた者。充分な貴族としての学を学べず、引きこもっていた者。そんな女性達の従事できる場所を、王城内で提供した。王城の夜会でであった伯爵令嬢のドレスから着想を得て、貴族向けのドレスデザインサロンを立ち上げたのだ。
嫁ぐことでしか利益をもたらす事ができないと思われていた女性の在り方に、新しい風を吹き込んだ。
最初は男性社会への進出をよく思わない者もいたが、王女である私のサロンである事を理解すると掌を返した。嫁ぐ時に箔が着くと思ったのだろう。しかし、働く事で自身の実力を発揮し出した女性達に、これまでのらりくらりとその座にとどまっていた男性達が、隅に追いやられていった。
ドレスから宝石、宝石から化粧品、日用品、装飾品と手広く展開していく。サロンの人気は右肩上がりで、自身の容姿やスキルに囚われていた時には感じたことのない充足感で満たされた。
私の部屋にある大きなクローゼットの真ん中には、あの時の靴が飾られている。
キラキラと輝く糸が今でも眩しい。




