28話
「というわけで、一旦冒険者稼業を休むことにしたんだ」
ギルドの酒場の隅でロードがそう切り出した。アリスの瞳はどこか胡散臭げだった。
「具体的にどれくらいなのかしら?」
「実戦訓練兼ねてるから全く依頼に行かねぇわけじゃねぇけど、とりあえず一週間くらいか?」
「一週間で詰め込む感じになるかな?」
「納得行かなかったらどんどん訓練期間は伸ばすつもりだ。棒振りと剣の違いを思い知らせてやる」
「こっちだって納得いくまで続けるつもりさ。魔術の奥深さを存分に味わってもらうよ」
ロードとシデンは互いに睨み合う。ここ最近幾度となくぶつかり合う二人にアリスは思わずため息を吐いた。
「はぁ、まぁでもそれで解決するなら良いんじゃないかしら。私も丁度良い先生を見つけたから、一週間私も修行だわ!皆頑張るわよ!」
ロードとシレンはまず図書館へ向かう事になった。
「シデンはそれだけの魔力を持っていて、一つも魔術覚えてないのかい?」
「必要なかったからな。剣でなんでも出来たからよ」
「なんでもって、火を起こしたり水を出したりは出来ないだろう?」
「水は無理だが、火は出せたぜ。あと斬撃も飛ばせたりよ」
「・・・君本当に人間かい?」
ロードは化け物を見る目で思わずシデンを見た。
「剣を早く振るとな?こう、刃が赤く熱を出して燃えたりよ、意識して剣で空気を引っ張って伸ばすと遠くの木を斬ったりできるんだぜ。あとなんか雷も出るぜ」
「君の剣術はもう魔術を名乗っていいレベルなのかもしれないね・・・」
「これは魔術じゃない。剣だ」
「はいはい」
二人は図書館の扉を開き中に入る。広がる景色はあらゆる本が空を舞い棚から棚へと本が一人でに飛び交う図書館だった。シデンは見慣れない光景に思わず興奮して声を弾ませた。
「おーー!すげぇーーー!」
「こらシデン、ここでは静かにだよ」
「なんでだよ」
「図書館はそういう場所なのさ。特にここは世界の本が集まる賢者の魔法の図書館とも言われているんだ。ここで粗相起こすと大変だよ」
「へぇ」
そこで二人に近づく老人が一人、声をかけた。紺に近い黒のローブを纏う灰色の髪の老人、カールである。
「ほっほっほ。ロード君久しぶりじゃな」
「カール様。お久しぶりです」
「ほっほっほ、冒険者に戻ってからどうじゃ?」
「その節はお世話になりました。なんとか新しい道を見つけてそっちで今は頑張ってます」
「ほっほっほ、それは良きかな。して、そっちの子は?」
「シデンだ」
「彼は新しい友人で、パーティーメンバーで、僕の弟子?で師匠?です」
「師匠で弟子だ」
「ほっほ。それは興味深い話じゃ。あのロード君が弟子を取るなんて。シデン君、いい先生をもったもんじゃ」
「そんなにすげぇのか?ロードの魔術」
「それは凄いとも。なんてったって─」
「カール様!僕が前に書いたノートはまだこちらに保存されてますか?」
少し顔を赤らめたロードがカールの言葉を被せる様に言った。ロードは自分の事を他人から語られる事に羞恥心を覚えた。
「ノート?」
「はい。確か前にカール様が見せて欲しいと」
「ノート、はて?」
「爺さん、まさかもうボケたのか?」
「シデン!?それは流石に失礼だよ!」
「あー、思い出したわい!あの論文じゃな」
カールは手のひらを叩き、やっと思い出せたとにこりとする。それとは相反してロードの顔が理解できないと物語る様な表情をしていた。
「ん?ろん、ぶん?」
「ありゃ?言わんじゃったか?あのノートに書かれていた魔術陣の模様や線に適切な量の魔力を注ぎ込む事で発生する完全具現化現象。あれを見た時にはワシも目が飛び出る思いじゃったぞ。恐らく限りなく原初の『魔法』に近い状態が───」
「カール様!?その僕のノートもしかして!?」
「魔会に提出してもうたわい」
「ええええええ!?」
「静かにしなきゃいけねぇじゃねぇのかよ」
ロードは思わず場所を考えずに叫び出してしまい、すかさずシデンがそこを指摘したのだった。
一旦落ち着いた後にシデンにはイマイチ状況が掴めない様で、ロードに聞くことにした。
「つまりどういう事だ?」
「カール様にバイトしながら色々魔術の研究を記録していたノートを預かってもらってたのさ。でもどうやら魔会、魔術総合研究会に提出してしまったらしいんだ」
「ほっほ。すまんかったのぉ。てっきり研究が終わり魔会に提出して欲しいと頼まれたもんだと。大変出来が素晴らしくてのぉ。研究はもう完璧で後世に名を残せると思ったんじゃ・・・。勿論名義はロード・クルストファで提出しておる」
「カール様、違うんです。あれ完璧じゃなくて、まだ研究段階だったんです」
「なんじゃと!?」
「そのノートに書かれてる事って今回の修行に必要なのか?」
「うん。僕が今まで見つけた全ての魔術を記録してたんだ。1084個くらいかな。それを見ながら魔術の基礎理論と戦闘中にでも活かしてもらおうかって思ってたのさ」
「そいつはすげぇな」
「すまんのぉ。提出から帰ってくるまでに恐らく半年ほどかかるのじゃよ」
「いえ、無いなら無いなりでなんとかします」
「せめて詫びをさせてもらえんか。何か欲しいものはあるかのぅ?」
「いいんですか?」
「なんでもは無理じゃが、なるべく希望には添いたいと思っておる」
ロードはバイトとして働いていた時に記憶に残していた一冊の本を思い出した。
「でしたら───空白の書。ありましたよね?」
「ほっほ?あったかいのぉ?」
「カール様のお部屋の掃除の時に古い空白の書を見た事あります。それをお譲りしてはくれませんか?」
「古いの?はて?まぁロードの言う事じゃ。きっとあったんじゃろ。持ってってよいぞ。ついでに魔術ペンも持ってゆくがよい」
「ありがとうございます!」
「何、ワシが先に礼をかいたんじゃ。こちらこそすまんかったの」
「いえ、ではこれで失礼しますね」
「またな爺さん」
「ほっほっほ。また来るんじゃよ」
ロードはカールの私室に入って探していた本とペンを手にシデンの元へと戻り、二人は図書館を出て街外の平原へ向かおうとしていた。
「で、その空白ってなんなんだ?」
「これは空白の書。人が魔術を学ぶ時に用いる本なんだ。今はまだ何も書かれていない誰のものでも無い真っさらな本。ここに魔力を流し込むとその人の使える魔術が記載されるのさ。ほら─」
ロードはシデンへ空白の書を渡す。シデンは物珍しそうに適当なページを開いたり表裏を何度も見返す。見た目は少し古びた灰色の辞書。装丁は無骨に見える地味な本だ。
「ほーん、これに魔力を流し込めばいいんだな?」
「そうさ。魔力を流し込む事で世界に一つだけの君の本がここに産まれるんだ。そして最初に流し込む魔力が重要とされてる」
「流す魔力量が多い方がいいのか?」
「うーん、多くの注ぎ込んでもいいし別に少しでもいいとも言われてる。でも人によっては特別な魔術が記載される事があるよ。ただあんまり注ぐと燃える事もあるらしいし、少なかったら何も書かれないこともある」
「難しいなおい」
「昔から諸説あるって言われてる。迷信だとも。面白くないかい?」
「面白いかぁ?まぁ面白いかもな。そういやお前はどうしたんだ?」
「僕の本は魔力を失った時に無くしてしまったんだ。でも僕の時は確か──自分の夢を魔力に乗せたかな」
頰を掻きながら少し恥ずかしそうにロードは言う。
「自分でも何言ってるんだろって思うよ。でも小さかった僕は魔術ってきっとなんでも出来るんだって思ったから願ったんだ。世界一の魔法使いになる為に」
ロードは過去の自分と今のシデンを重ねてそう言った。初めて空白の書を手にした時、隣には幼いアリスがいて一緒に目を輝かせていた。
「それは君だけの本になる。君は、どんな魔法使いになりたいんだい?僕はその気持ちが大事なんじゃないかなって思うのさ」
沢山魔術を学んだ。バイトが終わればすぐに本を手に、飽きもせず魔術を学び続けた。アリスが隣にいても気にせず魔術書やスクロールを眺めていた頃もあった。全ては過去で、これから目の前の少年も同じく魔術を学ぶ。期待と希望を孕んだ目で僕はシデンを見る。
「別に、剣が使えなくなっちまったからその代わりぐらいの気持ちだった。でも魔法使いってのはなんでも出来る様になるんだろ?だったらそんなもん一つしかねぇ」
シデンは目を輝かせて魔力を滾らせた。心は既に決まっている。シデンの周りに小さくスパークが飛散する。
「俺は魔法で剣を使える様になりてぇ!」
「お?」
スパークは段々と大きくなっていき、本へと集束する。空白の書は装丁とタイトルを変えていく。タイトルは『シデン・アケボノの魔術書』。装丁には夜を背景に稲妻を模す絵が描かれていた。シデンは最初のページを開き、ロードは覗き込む様にして見る。
「・・・特別に何か魔術が記載されてるわけではないね」
「ちぇー、なんだよ。期待して損したぜ」
「見たことない光放ってたしこれから特殊な魔術が書かれるかもね。でも魔法で剣を使える様になりたいって初めて聞いたよ」
「俺はどこまで行っても剣士だからな。そこは曲げねぇし曲がらねぇ!」
「ふふ、シデンらしいね。うん、いいと思う」
「んでこれに何すんだ?」
「さっき貰ったこの魔術ペンでこの本に何個か魔術陣と呪文を書いてもらう」
「書くだけでいいのか?」
「そう、でもただ書くだけじゃないのさ。魔力を込めて順番通りの書き順で丁寧に書く。呪文は詠唱しながらね。正しく書かれないと白紙に戻るから、頑張って」
「めんどくせぇな」
「別に書かなくても魔術自体は覚えてれば発動はできる。ただこの本に書く様に丁寧に書いて正しく詠唱しないと魔術は発動しない。だから戦闘中は特に難しいんだ。それらをある程度簡略化してくれるのがその本なのさ」
ロードは一息吐いて本と魔術の関係性について話す。
「この本があれば使いたい魔術が瞬時に脳裏に浮かぶ様になる。それを魔力を込めた杖でなぞるんだ。そして出来上がった魔術陣に浮かび上がった呪文を詠唱をしてようやく発動できる。ここまでが一般魔術基礎理論と呼ばれてるんだ。ここまでわかったかい?」
「簡略化されてもそんなにめんどくせぇのか」
「そこから先は創意工夫さ。技術を磨いて詠唱を短縮したり魔術陣の構築速度を早めたり、下位魔術を上位魔法に匹敵する効果を出したり、少ない魔力でより大きな魔術を使える様になったり様々な可能性が魔術には眠ってるのさ!それに─」
「分かった分かった。そんで俺はここに何書けばいい」
「─こほん、ごめんよ。君にオススメの魔術が5つあるんだ。この呪文だけで恐らくAランクまでは大丈夫なはず」
「なんか思ったより少ねぇな」
「まぁね。ただその分習得難易度はかなりのものさ。中級の5 階位魔術を4つ。上位の6 階位魔術を一つ。それがこれらさ」
「・・・マジか」
ロードはどこからか取り出した5枚の紙をシデンに渡す。そこには魔術陣に呪文、魔術の詳細がびっしりと隙間なく書かれていた。
「これらを魔力込めながら丁寧に書いてくれたまえ」
「何師匠ぶってんだ。あとで覚えとけよ」
鼻高々と言い放つロードにシデンは恨めしそうに返したのだった。




