20話
『─────』
誰かが、泣いている。
『───』
大丈夫。
目の前誰かが落ち着くように、優しく伝えた。
『──』
誰かの指が触れる。
とても、暖かい。
なんたって僕は、『魔法使い』だからさ──
ロードの意識が覚醒する。
「─どうなってっ、アリス!!」
周囲に獣の姿が無く、遠くまで吹き飛ばされたようだ。アリスは地面に体を投げ飛ばした体制で意識失い、持っていた盾は無惨にひしゃげている。
「─すまねぇ、ロード。」
「シデン!!!」
シデンもまた、ボロボロの姿で横たわっていった。
「─俺が、しくじった。」
「そんな事ないさ!君はよくやった!誰よりも勇敢で、前に立ち、まさしく英雄だった!」
「それでこのザマだ。それに───」
シデンは自分の腕へと視線を落とし、ロードもそれに追うように見た。両の手の甲に黒い紋章が浮かび上がっている。
「俺はもう、剣を振れねぇ。」
「これ、は───」
「東の古い神の枷、呪いみたいなもんだ。武器を手に持ち、振るおうとすればたちまち武器が自壊し、全身に激痛を伴い、生命力を奪う。」
「なんでこんな、」
「今まで騙し騙しやってきたが、それも限界らしい。神の目は誤魔化せねぇってよ。それじ───」
「ガアアアアアアアア!!!」
勝鬨をあげるように咆哮を飛ばす獣が近づいて来る。ロードは恐怖にまた身を竦ませた。
「─おい、アリス連れてさっさと行け。」
「─っ、そんな事、出来るわけないだろう!?」
シデンはロードの顔を見て言い捨てる。
「その面じゃ、もう何も出来ねぇよ。足手まといにすらならねぇ。」
シデンの黒い瞳に映る自分の顔が、恐怖に染まっていた。顔を引き攣らせ、涙を流し、絶望に堕ちていた。
──僕は、こんな顔をしていたのか
「今のお前に、何が出来る。魔力もねぇ、魔道具もねぇ。そんなお前に、何が出来る?」
「グアアアアアア!!!」
獣の咆哮の圧が強くなる。その咆哮と共に、どんな事が起きても絶望に堕ちる事がなかったシデンの顔が、絶望に染まる。瞳に映った顔とシデンの顔が重なる。
───せめて、俺の死を無駄にすんなよ
シデンがそう口にした瞬間、額に鋭い衝撃が走る。
「君が、諦めるなよ!!!」
目の前の男は、額から血を流していた。
「笑ってくれ!いつもみたいに!バカバカしく僕たちを巻き込んで!!笑ってくれよ!!」
──
「誰よりも諦めず踏みとどまって、戦ってくれたのは君じゃないか!そんな君に憧れてしまった僕に、そんな顔を見せないでくれ!!」
────
「だから、笑えよ、シデン!!!」
そこにあったのは恐怖に震えながら怒りに身を任せ、暴れる感情を抑えきれず零れそうになる涙を必死に目に貯め、引き攣りながらも口だけ笑っている、何とも不細工な『相棒』の姿だった。
「─ハ、」
「───」
「ハッハッハッハッハッハ!!!」
男は笑った。大いに笑った。何とも不細工な顔で、足を中々踏み出せない、腰の重い『相棒』に向けて、高らかに笑った。そして目の前の男もまた、釣られて笑った。
「─なんて面だよ。ったく、思わず笑っちまったぜ。」
そう言われた男は腕で目元を拭う。
「─っ、全く、そういう君は相変わらず酷いな。」
「さて、泣け無しの勇気を出した所で、結局状況は変わってねぇ。どうするよ、相棒。」
「─その泣け無しの勇気が、必要だったのさ。これ、借りるよ。」
そう言ったロードの青い目に、強い覚悟の炎が灯っている。ロードはシデンの腰から剣を抜き取った。そして、もう1本の借りていた剣も合わせてそれぞれ両手で強く、握りしめた。
「─お前、剣で戦った事あんのかよ。」
「さっきゴブリンを倒したのが僕の剣のデビュー戦さ。」
「無茶だ、死ぬぞ。」
「大丈夫、ずっと"視て"いたから。最強の剣士の相棒を。」
剣を持つ手には震えはなかった。
「代わりにこれ、持っててくれるかな。」
「これ、杖か。」
「これに魔力を貯めて、合図したら魔術陣に流し込んでほしい。」
「陣ってどこに──」
「作るのさ!!!」
そこには、恐怖に沈む顔でも、涙を堪えた顔でもない。
「なんたって僕は不可能を可能にする、世界一の"魔法使い"になるんだから!!!」
誰かを真似たとびきりの笑顔で、少年は化け物へと駆け出した。




