歩みだす 覇道への道
あの日から十日ほど過ぎた王都郊外。
そこに建つ王から与えられた役宅にグワラニーはいた。
ちなみに、魔族の国は国土のすべてが王の所有物。
どれだけ功がある者でも領地というものは与えられず、報酬はすべて金貨による。
そして、土地は王から借り受けているということになっているので個人間の売買ということは起こらない。
その代わり、別世界に存在する某国の「固定資産税」にあたる税金は存在しない。
「……グワラニー様」
少し先の草原でおこなわれている三百人ほどの兵たちの練兵の様子を眺めていたグワラニーに声をかけてきたのは、文官時代に自身が発掘、重用し、軍に転属した際にも副官兼副司令官にするために連れてきた有能な男。
「それにしても、王も随分渋いですね」
グワラニーと並ぶようにして中庭に並ぶ兵たちを眺める、グワラニーと同じ人間種であるその男の言葉はさらに続く。
「兵二百五十。魔術師八十人。私はグワラニー様が王から与えられる兵の数は要求した十分の一であろうとは予想していましたが、まさかそれ以下とは思わなかったです」
「そうだな」
見た目だけなら少年と言ってもいいグワラニーよりもかなりの年長ではあるのだが、それでも青年と呼べる外観のその男アントゥール・バイアの、ボヤキにも聞こえるささやかな苦情。
実を言えば、それはそっくり自らの感想でもあったため、思わず苦笑したグワラニーはその笑顔を少しだけ薄めると口を開く。
「だが、将軍たちの言うように、私には戦場における実績というものがないのだからそれも仕方がない。それに魔術師の数だけを言えば、そう悪いものではないと思う」
「本来の編成基準であれば戦闘をおこなう部隊には戦士の一割の魔術師を配置することになっているが、実際にはその一割から二割の魔術師で戦うことも珍しくないのだ。それを考えれば質はともかくこれだけの数の魔術師が与えられたことはよしとすべきだ」
「いずれにしても、今の数では我々の大願を成就するにはあまりにも少なすぎる。そのためには部隊を大きくする必要があるのだが、そのためには目に見える実績が必要だ」
「まあ、そのとおりではあります」
グワラニーの言葉にそう応じたバイアは少しだけ間を開け、仕切り直しをすると、今度は黒い笑みを浮かべる。
「それにしても、グワラニー様も性格が悪いですね」
「それはどういうことかな」
視線だけ声の方向に向けたグワラニーの問いにバイアが答える。
「もちろん王に献上した案の説明のことです。先ほどグワラニー様が私に言ったことが正しければ、グワラニー様は王にその策の有用性の半分しか説明していないことになります。しかも、肝となるのはその隠された部分なのですから」
「……ほう」
自らの真意を見抜いたその言葉に、驚くというよりは当然だと言いたげな表情を浮かべたグワラニーは、自らが見出し最側近に据えた男を見やる。
「とりあえず聞こうか。おまえが言う私が隠した肝心な部分を」
グワラニーの言葉に頷き、バイアが口を開く。
「勇者は軍を率いているわけでありません。それはつまり、どれほど強くても戦い全体を考えればその影響はたかが知れています。ですから、我々は勇者を避け、勝てる相手でもある他の戦線に攻め入った敵を確実に打ち破れば最終的な勝利は手に入るのです」
「それなのに強い敵を正面から打ち破ることに固執し、本来なら有利にことが進められる他の戦線から将兵を引き抜いて勇者との闘いに送り込んでは消耗し、結局すべての場所で弱体化している。つまらぬ誇りを捨てられぬ愚か者の所業。それ以外にその馬鹿さ加減を表現する言葉はありません」
「それに対し、グワラニー様が示した今回の策は一見するとその場しのぎのように思えますが、実をいえば最強勇者との正しい戦い方。その応用。そして、その先にある我が国の勝利への第一歩。そういうことです」
「……勇者は軍を率いているわけではない。そのとおり。さすがだな。王も含めてあの場にいた連中は誰もそのことに気づかなかったというのに」
そう。
一瞬でその核心にまで到達する深みのある洞察力。
これこそグワラニーがバイアを側近にしている理由である。
しかも、バイアのそれは、グワラニーと違い、異世界での予備知識がない状態でのもの。
そう考えるとバイアという男はグワラニーに負けないくらいの傑物ということになるだろう。
その隠れた傑物はグワラニーの賞賛の言葉を軽く受け流すようにこう応じる。
「わからない者たちこそどうかしているのです。もっとも、この程度のこともわからぬ者たちが軍の指揮を執っているから、勇者どころか数が頼りの脆弱な連合軍にも負け続け、領土が失われているのですが」
「まったくだ。実を言えば、あの策を口にしたとき、将軍の誰かが乗って私の出番がなくなるのではないかと少しだけではあるものの懸念していた。結局杞憂に終わったわけなのだが。だが……」
バイアの言葉に大きく頷いたグワラニーだったが、そこで一度言葉を切り、周囲に誰もいないことを確認してからもう一度口を開く。
「……相手がその程度だからこそ、私に運が回ってきたともいえる。そうでなければ、どれだけ言葉を並べようが実戦経験のない文官である私が兵を率いる機会などやってこなかっただろうから」
そう言ってグワラニーは笑った。
そして、その相手も。
「たしかに。そういう意味では、グワラニー様は、この状況をつくった勇者と、身分の低さを気にすることなく現在の地位にまで一気に引き上げてくださった王に感謝しなければなりませんね」
バイアが口にしたそれは表面上だけでいえば間違いなく王への感謝の言葉である。
だが、バイアも知らないグワラニーが本当に目指す場所にとっては道半ばではあるものの、その中間点となるこの国の頂点に登り詰めるところまでは計画を話し、それに参画しているバイアが口にした言葉。
その本当の意味とは、有能なうえに高い忠誠心という申し分のない外見に惑わされて大いなる野望を内に秘めた敵を懐深くに入れてしまった王への痛烈な皮肉。
少しだけ沈黙したグワラニーはもう一度口を開く。
その言葉を口にするために。
「では、歩み始めるとするか。覇道への道を」




