英雄と救世主
アポロン・ボナール。
アルディーシャ・グワラニー。
フランベーニュの将軍アポロン・ボナールは「フランベーニュの英雄」という肩書を持つ。
一方のグワラニーはこの戦いが終わった頃から、「救世主」と呼ばれることになる。
そのふたりが顔を合わせることになったのは、フランベーニュの少年兵アル・フォアがクペル城に戻ってからまもなくのことであった。
「決闘の件。そちらの要求については承知した。だが、そのような要求はボナール将軍本人が直接出向き要求してこそ成立するもの。敵陣に単騎で乗り込む勇気があるのなら、自身の言葉でそれを語ってもらいましょう」
決闘を望むなら、自身が申し込みに来い。
それが出来ぬのであれば、門前払いにするだけ。
グワラニーの返書は言外にそう書かれていたのだ。
むろん、反対意見も多かった。
だが、ボナールは薄く笑う。
「だが、こう言った以上、私が出向けば決闘に応じざるを得なくなる」
「それに……」
「ここまで完璧な勝利を手に入れ、その気になればすぐに城が落とせるのだ。今さら騙し討ちなどするはずがない」
そう言うと、クペル城の主でフランベーニュの方面軍司令官エティエンヌ・ロバウも頷く。
そして、自身もボナールに同行すると主張する。
むろんそれはトップふたりがまとめて狩られる危険がある。
当然拒絶するところなのだが、ボナールはロバウの要求を簡単に受け入れた。
実をいえば、ロバウにはこのままでは王都に戻れない事情がある。
渓谷地帯の敗戦。
それは総司令官として責任を取る必要があるからだ。
いや。
責任を問われると言ったほうがいい。
指揮下の将兵の大部分を失ったうえに渓谷地帯から追い出され、城も失ったとなれば、自刃を強いられることは免れない。
そうであれば、敵将と斬り合って死にたい。
四十万の将兵を失って同じ立場と言えるボナールはロバウの気持ちが痛いほどわかる。
それがそれを受け入れた理由だった。
「万が一、最悪の事態になった場合は、あの世で自刃しましょう」
「ああ。だが、その場合、自刃した我々はどこに行くのだろうか?」
「……あちらで死ぬのですからこちらでは?」
「それはいい」
だが、魔族軍はやってきたふたりを自陣へ招きいれたため、その夢のような出来事は起きず。
テーブルとイス。
簡易なものであるのだが、その場所で交渉が始まる。
「私はフランベーニュ軍将軍アポロン・ボナール。そして……」
「同じくフランベーニュ軍将軍エティエンヌ・ロバウ」
ふたりは階級のみを加えて自己紹介すると、正面に並ぶ魔族の将たちを見やる。
大いなる違和感を持ちながら。
並ぶのは七人の男。
だが、そこ中に異物に見える者がふたり含まれていたのだ。
ひとりは中心に座る少年に思える者。
しかも、赤い目をしているので魔族であるのは間違いないのだが、いわゆる人間種といわれる者で純魔族とは違う。
魔族の席次がどのようなものかは知らない。
だが、フランベーニュ軍の作法でいえば、そこに座るのは軍の最高位にある者。
あり得ない話である。
さらに右から二番目に座る男。
人間種どころか間違いなく人間。
なぜ魔族軍に人間が含まれているのか?
もちろん奴隷ということならわかる。
だが、その席に着いているということでは将軍たちと同格。
人間が魔族の将軍と同格などあり得ることなのか?
さらに……。
いるな。
ボナールは心の中で呟く。
そう。
ボナールは伝令として送り出したアル・フォアにこう命じていた。
敵軍の様子をよく観察してこい。
そして、アル・フォアが持ち帰った情報にはこのようなものがあった。
魔族軍にはふたりの女がいました。
ひとりは子供。
もうひとりはその母親と思われる者。
そして、後者については目の色を根拠に人間であると思われる。
さらにこの女は奴隷なのではなく、非常に高い地位にあるように見えた。
こうなると、あの女は将軍たちに混ざるこの男の妻。
そして、そこから逆算すれば、やはりこの男は将軍の列に加わっているということだ。
ボナールの読みはほぼ正しい。
ただし、その女性であるアリシアの地位は夫であるアーネスト・タルファとは独立したものであり、さらにいえば、グワラニー軍の中では冗談交じりにこのような言葉で二人を表している。
アリシアさんの夫であるタルファ将軍。
さらに、軍の中で最年長である魔術師長アンガス・コルペリーアによれば、「タルファ将軍の最大の功績は夫人と結婚したこと」となる。
むろん、そのようなことは見た目だけでは伝わらず、たとえ言葉にしても信用されることはないのだが。
「では、こちらも名乗ることにしましょうか」
そう言ったグワラニーは端から順に紹介していく。
そして……。
「彼はアーネスト・タルファ。見た目どおり人間で元ノルディア軍の将軍で、現在は我が軍の将軍格となっている」
「元ノルディア軍の将軍?」
「ええ。もちろん彼は裏切ったわけではありません。在らぬ疑いをかけられノルディア軍を追放された。タルファ将軍の能力を高く買っていた我々はこれ幸いとばかりに厚遇を示し彼を家族とともに迎え入れた。これが経緯となります」
「つまり、後ろの女性は将軍の妻ということか?」
「そうなります」
そして、さらに続く紹介。
その最後。
「最後に私。アルディーシャ・グワラニー。この軍の指揮官となります」
グワラニーは自身の名を正しく名乗ったのだが、グワラニーが自身の名を人間側に伝えたのはこの時が初めてとなる。
「本題に入る前に確認してもよいか」
「もちろん」
「返書はグワラニー殿が書いたものか?」
「ええ。署名があったでしょう」
「ああ。だが、非常に達筆だったので誰かに代筆を頼んだのかと思った」
「なるほど。ですが。あれは直筆です」
「もうひとつ」
「指揮官ということだったのだが、そちらの国ではグワラニー殿のような方は格下とされるというのが我が国の常識となっていた。この情報は間違いだったのか?」
「いいえ。魔族の国では私のような人間種は純魔族の下に置かれています。ですから、その情報は正しいです」
「……魔族という言葉を使うのか。あなた方でも」
「いいえ。それもあなた方の常識どおり、我々にとってそれは侮蔑な言葉。ですが、このような場で話を進めるうえで使わざるを得ないということです」
「なるほど。では、それは踏まえてもうひとつ」
「その人間種であるグワラニー殿はなぜ指揮官になれたのか?」
アポロン・ボナールはそう言うと、グワラニーに視線を向ける。
続いて、周辺も。
だが、機密を聞き出すつもりだったボナールの思惑はあっという間に崩壊する。
「……簡単に言ってしまえば、私がそれだけのものを示したからです」
「フランベーニュ軍は知りませんが、我が軍は能力主義。それも極端なまでの」
「人間種の者の下で働くことなどまっぴら。今でもそう思っている者はいるでしょう。ですが、そのような感情など実際に示された戦果と報酬を比べれば些細なもの」
「能力さえあれば、人間種だけではなく純人間でも指揮官になれる。それが我が軍」
「ちなみに、渓谷地帯で我が軍を殲滅したのは……」
「むろん、我々です」
本来、この問答の大本命となるのは、自軍四十万の将兵を一撃で灰にした魔術師について。
だが、それについてボナールは問わなかった。
問うても答えるはずがないということもある。
だが、そうであっても問うのが筋。
そうしなかったのは、言うまでもない。
ボナールの中ではすでに判明していたのだ。
あれか。
たしかに子供。
だが、あの子供に私の軍は消された。
そう。
ボナールは見ていたのだ。
あの惨劇が起きる直前、少女が杖を振るっていた様子を。
「そろそろよろしいですか。ボナール将軍」
「ああ。始めよう」




