予想外の第二幕
フランベーニュ軍四十万の将兵を一撃で消し炭にした大魔法。
さらにそれに先立っておこなわれた魔術師狩り。
残っているのはクペル城に残る兵のみ。
むろん、この時点で勝敗は決している。
歓喜とは違う微妙などよめきが収まらぬ中、グワラニーは将軍級の指揮官たちを集める。
「言いたいことはあるだろう。そして、兵たちの表情を見れば、何を思っているかも十分に承知しているつもりだ。だが、最初に言っておく」
「私は今回の攻撃について反省する気はない」
「戦いは戦い。そして、指揮官に求められるのは勝利という結果だけであり、その過程がどのようなものかなど結果に比べれば、些細なものだ」
「さらに言えば、この決定を下したのはこの軍の指揮官である私アルディーシャ・グワラニーであり、この攻撃に関わる一切の責任と非難は私に向けられるもの。兵や魔術師、そして将軍たちに無縁なことである」
そう言って将軍たちが口を開く前にすべてのことを封印したグワラニーはさらに言葉を続ける。
「さて、とにかく我々はやってきたフランベーニュ軍全軍を殲滅した。残っているのはクペル城に籠る者たちだけなのだが、多く見積もっても二万程度。さらに彼らは魔術師を抱えていない」
「『フランベーニュの英雄』アポロン・ボナールがどれほどの策士であってもここから状況を反転させ我々を撃退する術など……」
「ちょっといいか。総司令官」
「アポロン・ボナールはまだ生きているのか?」
「ええ。そして、彼はクペル城にいます」
自らの言葉を遮り強引の問いの言葉をねじ込んできたジルベルト・アライランジアにグワラニーはそう応じる。
「先ほどの降伏勧告のやりとりを見ていれば包囲軍の中にはいなかったことはわかったでしょう。そして、彼らの動きからボナール将軍はクペル城にいるのは間違いありません」
「むろん、このままクペル城を攻撃することも可能なわけなのですが、城の中には数多くの非戦闘員がいます。勝負の行方が決まっている中でそのような者たちを巻き込む必要はないと考えます」
「そこで再度降伏勧告を出します」
「我々の力を見せられ、さらに配下もすべてを失った状況です。さすがに今回は応じると思われます」
そう。
グワラニーがボナールを生かしたいと思っていたのはこのためであった。
実際に為人は知らぬものの、名将と呼ばれる者である以上、それなりの引き際は知っているはず。
相手が力攻めをしてくるならいざ知らず、城の退去を求めるだけというきわめて穏当な条件を蹴り飛ばすことはしない。
ここで残っているのが中途半端な地位にある者であった場合、魔族に降伏し、城を投げ出して逃げてきた責任を問われるのが恐ろしく、徹底抗戦の道を選ぶことは十分に考えられる。
むろん、そうなればそれ相応の方法で対処すればいいのだが、そうなると、従来の魔族軍のイメージを一新したいというグワラニーの希望は最初からやり直さねばならない。
それは城ひとつを取れなかったことより大きな損出。
そう言う点ではボナールが生きていることは大きいといえるだろう。
「……ですが、このような場合、相手が降伏の使者を送ってくるのが筋だと思いますが」
「いや。ボナール将軍を立てて、こちらから再度城を明け渡すようにお願いする。降伏しやすいだろう。その方が」
「誰がどう見ても勝者はこちら。そして、体裁が必要なのは相手。そうであれば、降伏に関わる手続きに関して譲歩してやっても問題ない」
そう言ってこの件にケリをつけたところで、数瞬後、このような言葉をつけ加える。
「多くの場面で強者は弱者からすべてを奪おうとするが、私はそのやり方に賛同しない。なぜなら譲歩とは強者がおこなうべきことなのだから」
タルファが示したのはこの世界の戦いに関しての常道。
それに対してそう応じたグワラニーの言葉を聞きながら将軍たちは思う。
甘いと思う者もいるだろう。
だが、これこそ真の強者。
そして、我々、いや、彼の軍はそれをおこなえるくらい強い。
強く、気高い。
このような軍の一員であることを誇りに思うと。
そして、そろそろ使者を送ろうかと準備をしているところに見張りの兵の声が届く。
「クペル城から白旗を持った兵がやってきます」
その瞬間、グワラニーは苦笑し、将軍たちは頷きあう。
「さすが『フランベーニュの英雄』というところか。自身の立場をわきまえている」
「ああ。これですべてが終わる。ボナールの首を取れなかったのは残念だが、それは次の戦いの楽しみしようか」
「そうだな。だが、残念だな。アライランジア。それは私がやることになっている」
「ふざけるな。ナチヴィダデ。絶対に私がやる」
「いやいやいや……」
アライランジアとナチヴィダデの笑劇を聞き流しながら、グワラニーは少し前に大海賊ワイバーンから手に入れたこの世界では使われてはいない文字が刻まれた双眼鏡で遠くを眺める。
ちなみにこの世界にも望遠鏡はあるがすべて単眼。
双眼鏡を使用しているのはワイバーンを除けばグワラニーの部隊のみである。
むろん、ワイバーンの売値は原価から考えれば相当なもの。
当然、それを使用できるのは将軍級の指揮官に限られる。
「……随分と若いな。少年兵のようだな」
「ええ」
グワラニーとともに覗くプライーヤはグワラニーの呟きにそう応じる。
「どう対処しますか?」
「とりあえず、念のため魔術師長に魔術適正があるか確認させますが、基本は受け入れるということで」
「そうですね。こちらの望んでいたことでしたから」
アライランジアとナチヴィダデだけではなく、プライーヤ、そしてグワラニーもその少年兵は降伏する意思を示す使者だと思っていた。
だから、少年兵から手渡された書簡に書かれたボナールの意志を知ったときはさすがのグワラニーも驚く。
「……総司令官の返答をいただきたい」
「わかった。だが、少しだけ相談せねばならないので待ってもらえるか」
そう言って少年兵を茶と菓子をふるまい、別室で幹部たちを集めてその書簡の内容を披露する。
「……ボナール将軍は、私との一騎打ちを所望してきた」




