悪魔の光 本当の惨劇
最後の一撃以外はその方向に視線や指を動かしただけ。
それほど時間を費やすことはなかった。
だが、その軽い仕事でフランベーニュ軍は大混乱に陥る。
そして、前日渓谷内で起こったことが再現される。
各隊、及びクペル城とも連絡に使用していた魔術師たちを失い、すべては伝令たちの足に頼るしかなくなる。
当然、連絡にはこれまでの数十倍も時間を要す。
それでも一方通行の報告や命令なら片道だけで済む。
だが、連絡し指示を仰ぐ、状況報告を求めるとなると往復の時間が必要となる。
そして、その結果も前日フランベーニュ軍が味わったものと同じ。
そうであっても確認せねばならない。
魔術師を失ったまま前進を続けるべきなのか判断に迷ったフランベーニュ軍の副司令官フレデリック・ロカルヌは指示を仰ぐため伝令を出す。
だが、ボナールの言葉がロカルヌへ届くことはなかった。
その理由は言うまでもないだろう。
「……グワラニー殿。魔術師の排除が終わった」
「ありがとうございます。では、第二段階へ」
「本当にいいのだな。待っているのは勝利の高揚感とは無縁の世界だぞ」
「ええ。ですが、それをやるためにここに来たのですから覚悟はできています。それを命じた責任も含めて」
「わかった」
これから始まるものがどのような結果をもたらすかを十分に理解している魔術師長アンガス・コルペリーアは自身の問いに返ってきた言葉にそう応じると、孫娘に目をやる。
「今から結界を対物理攻撃用に変える。結界の外にいるフランベーニュ軍をすべて焼き、だが、結界の中にいる味方には影響が出ないように力を調整しろ」
そう。
敵魔術師を排除したので、魔力の減衰に繋がる対魔法用結界はほぼ考慮しなくてよい状態までレベルが下がるので、攻撃をおこなうこと自体はデルフィンにとってそう難しいことではない。
むろんそうすればフランベーニュ軍を殲滅できる。
だが、それだけの規模の攻撃であれば、どれだけ結界を張っても中にいる者にも影響は出る。
それを防ぐために熱や爆風を避けるための結界を張るのでそれに収まるような力で攻撃せよ。
アンガス・コルペリーアが求めているのは完璧な攻撃と完璧な防御、いわば矛盾の見本のような言葉である。
「できるな」
「はい」
「よろしい。では、始める」
魔法を扱うことができぬ者にはわからない。
いや。
結界の変化を感じ取れるのは、魔法を扱える者のなかでもほんの僅か。
このふたりはそれをこともなげにおこなおうとしているのだ。
「調整は終わったか?デルフィン」
「……はい」
「グワラニー殿。全軍に目を瞑るように徹底させてくれ。確認が終わったところで魔法を放つ」
そして、五ドゥア、別の世界での八分ほど時間が過ぎたところで、グワラニーから準備が整ったという合図がやってくる。
「安全な状態になったらそれを伝える。それまでの間は絶対に目を開けぬように」
再度念を押したアンガス・コルペリーアは孫娘に目をやる。
「デルフィン」
祖父の言葉とともにデルフィンの手の中に再び杖が現れる。
少女はその杖を天上へ向ける。
「始めます」
「ああ」
ふたりが瞼を閉じ、数瞬後、結界の真上に光が現れる。
その光は瞬く間に巨大なものへと変わり、その場のすべてを飲み込んだ。
そして、それから十ドゥアほど経ったところで、魔族軍の兵士たちは目を開ける。
アンガス・コルペリーアの結界と、デルフィンの技量により、結界の内側にいた自分たちは熱も風も感じなかった。
だが、結界の外側は内側とはまったく違う光景が広がっていた。
草原の面影はなく、地面させ焼けている。
むろん、そのような状態で生き残っている者などいない。
結界を境に生と死が分かれる世界。
「四十万人の敵が一撃で消えた……」
「ああ」
ほんの少し前に転籍しこの軍に加わったクレベール・ナチヴィダデとジルベルト・アライランジアは短い言葉を交わし終わると、もう一度その光景を見る。
「信じられない」
「まったくだ。だが、これは現実だ……いや。現実らしい」
この戦いの暫く後に口にしたクレベール・ナチヴィダデの言葉。
「二万で三十万、実際には四十万人だったのだが、とにかく十倍以上の敵と、策を弄するのが難しい草原で戦い完勝すると司令官が言ったとき、実をいえば、私は鼻で笑っていた」
「あり得ないことだと」
「だが、その配下になった以上、付き合わなければならないとその部隊に同行した。まあ、その大言壮語を吐いたグワラニー司令官本人がそこに加わっていたことが大きいのだが。自分の言葉にどう責任を取るのかと」
「ついでに言っておけば、私は最後の最後までグワラニー司令官の言葉を完全には信じてはいなかった」
「だから、敵が降伏勧告を蹴り飛ばしたときも大きく頷き、いや、圧倒的な大軍相手に降伏勧告をするさまには笑いさえした。茶番だと。だが、光が消えた後それを見た時自分が大きな間違いをしていたことに気づいた」
「グワラニー司令官は、こうなることを十分に理解しており、それを避けるために最大限の努力をしたのだとわかったのだ」
そして、最後にこう付け加えている。
「たしかにあの魔法は偉大だ。あれさえあれば、どんな大軍とやっても勝つことができるだろう。だが……」
「あのような光景は二度と見たくない。たとえ、そのために自らが敗死したとしても」
「これがあの時の私の率直な気持ちだった」
もちろんそれは新参者だけの感想ではない。
この軍が出来上がったときからグワラニーの警護隊長を務めるコリチーバも同様の言葉を残している。
「ここまでグワラニー様につき従い多くの戦いを経験したが、これほど後味の悪い戦いはなかった」
「結果だけを見れば、我が国の軍史に残る偉業であることは間違いない。だが、それはあくまで数字上の話だ。そもそもあれが戦いだったかも疑わしい。あれが戦いだったという理由など、相手が軍であったことくらいしかないのだから」
ただし、コリチーバはその後に意味深長な言葉を加えている。
「……もっとも、あれ以外に軍略の天才といわれるフランベーニュの英雄に率いられた四十万の相手に勝てる策があったのかと言われると言葉に窮するのも事実。そして、ここがもっとも重要なことなのだが……」
「様々なことを考えた場合、この大魔法を使用できる魔術師が、敵はもちろん、我が国の他の部隊でもなく、アルディーシャ・グワラニーが指揮する部隊に所属していたことはこの世界にとって大きな幸運だった。そうでなければ、この結果に味をしめ、常にこの魔法を使い、この先至る所でこの悲惨な光景を見ることになったのだろうから」
さらに、クアムート殲滅戦では狩られる側にいたアーネスト・タルファの言葉。
「クアムート城を包囲していたあの夜に体験した恐怖。それから翌朝にわかったノルディア軍の惨状。私は今後これ以上の悲劇に立ち会うことはないと思ったものだ。だが、クペル城前の平原で体験したことに比べれば、あれでさえ実に小さな出来事だった。そして心の底から願った。今度こそ最後にしてくれと」
悪魔の光。
その言葉を最初に口にしたのが誰なのかは正確にはわかっていない。
そもそも悪魔という言葉自体はこの世界にもあるものの、それが実際どのようなものを指すのかについてこの世界で統一された解釈は存在していない。
もちろん、人間世界でいえば、悪魔とは魔族と同義語であるため、魔族によってつくられたその光を「悪魔の光」と称するのは間違いではない。
ただし、名がわかっている中でもっとも早くその言葉を口にした者は判明している。
アルディーシャ・グワラニー。
つまり、この軍の司令官で自らの結婚相手にその光を顕現させるように指示をした者である。
多くの記録に、彼がフランベーニュ側にこの言葉を伝えたと残されているためこれは確定した事実である。
そして、このことがこの言葉の出どころは魔族であるという根拠の大きな理由なのだが、実を言えば、彼こそが真の意味でもその言葉を最初に口にした者である可能性は高い。
その理由はいうまでもないだろう。
おぞましきあの兵器の記憶。
もちろん実体験があるわけではない。
だが、それがもたらすものがどのようなものかという知識は、それに対する恐怖と憎悪ともに持っていた。
そして、その彼が、光の収束したあとに目の前に平がった光景を見た時に、憎しみを込めて、「悪魔の光」という言葉を口にしたことは十分に考えられるからだ。
もちろんそれは裏話的なものであり、この世界の部外者だけが知る事実でもあるのだが。




