悪魔の光 近づく終幕
魔族軍の代表である将軍アゴスティーノ・プライーヤがフランベーニュ側に伝えた降伏勧告の概要はこのようなもの。
魔族軍はクペル城駐留部隊を含めて、この周辺に展開するフランベーニュ軍将兵の身の安全の保証をする。
降伏後、捕虜になることを望まぬ者には安全に撤退することも保証する。
それに加えてクペル城に住むフランベーニュの民の避難時にも攻撃しないことの約束。
その際に避難民に対しては放棄する財産の一部として全員にフランベーニュ金貨千枚と同等のものを支給する。
また、クペル城内にいる負傷兵のうち移動が困難な者に関しては魔族側で十分な治療を施したうえ、別途帰国させる。
それに対する魔族が手に入れる対価は、クペル城から半径一アケトの土地。
それ以外の領地、金銭の要求はしない。
最後に、我が方がその条件を承諾した場合、魔族軍の司令官の名を記したフランベーニュ語による証書の発行し、約束を確実に履行する証拠とするというもの。
これほどの条件を提示しての降伏勧告はこの世界の歴史をどれだけ遡っても存在しない。
そして、最後の一文。
これによってこの約束は履行されることが確定する。
なにしろ、魔族は律義。
約束は守る。
特に契約したものは自身に不利益でも確実に履行されるため、同じく契約にはうるさい大海賊との交易も成立していると言っていい。
だが、フランベーニュ軍司令官アポロン・ボナールは拒否する。
当然と言えば当然である。
なにしろ、フランベーニュ軍は魔族軍と戦うためにこの場にやってきているのだ。
一合も剣を交えることなく撤退するなどあり得ぬ話。
さらに言えば、現在、フランベーニュ軍は四十万の兵で二万の魔族軍を反包囲している。
フランベーニュ軍が降伏勧告を提示するならまだわかる。
だが、包囲された魔族軍が降伏勧告を出すなど論外中の論外。
だが、そんなことは馬鹿でもわかる。
しかも、敵は馬鹿どころか、フランベーニュとアリターナを同時に手玉に取るような者。
そのような者が、そのようなことを敢えておこなったのには何か意図があるのではないのか?
ボナールは思考する。
そして、辿り着いたのは……。
これこそが罠。
二十倍の敵に囲まれているにもかかわらず、動じることがなく、降伏勧告をおこなうことによって、敵の疑心を誘い、戦わずに退却に追い込むという。
自身の身を削ってこそ、罠は本物に見える。
だが、それをここでやるというのは、ただの策士ではない。
豪胆。
これは面白い。
薄く笑ったボナールの返答。
それは……。
「魔族軍の司令官アゴスティーノ・プライーヤに総司令官の言葉を伝える」
「渓谷内で我が軍を殲滅した見事な手腕。そして、圧倒的大軍を前にして堂々と姿を現し戦おうとする姿勢。それらは賞賛に値するものである。すでに勝敗を行方がわかっている戦いにおいて無駄な血を流すことが本望ではないのはこちらも同じ。そこで提案する。もし、ここで降伏するのであれば、この私アポロン・ボナールが責任をもってここにいる魔族軍全将兵の命を保証し、かつ通常の捕虜と同等の扱いをすることを約束する。さらに、希望するのであれば、我が軍に加わることも許す。熟慮のうえ返答せよ」
そう。
ボナールの返答。
それは降伏勧告のお返しである。
そして、フレデリック・ロカルヌの言葉の直後、起こったのは歓声と罵声だったのだが、驚くことに罵声は多くは提案したフランベーニュ軍側からのものだった。
だが、これは当然といえば、当然である。
なにしろ、「魔族とはこの世界に存在してはならぬ邪悪なものであり、どのような事情があろうともすべてを殺す。それはたとえ女子供であっても」というのが、フランベーニュ軍、そして、全人類の方針であったのだから。
そうなれば、拍手と歓声は魔族軍側から起こったものということになるわけなのだが、こちらはどちらかといえば、相手の反応に合わせたものということになる。
敵が怒るということは、こちらにとって悪いものではないという。
味方からの罵声に苦笑いしたところでロカルヌが相手に目を移す。
「返答までに時間を指定する。今から……」
「いや。不要だ。この場で返答しよう」
ロカルヌの言葉をそう遮ったプライーヤは続いてそれの対となる言葉を口にする。
「我が軍への過分な評価。そして、そこから来るまことにありがたい申し出であるが、我々はすでに勝利を手にしている身。ここで戦いから下りる必要性はまったくない」
「……つまり、拒否か」
「そうなるな。それから繰り返しになるが、この戦いは我らの完全な勝利は確定している。そこで、勝者の度量を示すため、そちらの一撃を開戦の鐘とすることを約束する。攻撃はしないから、親しいものと最後の盃を交してから戦いを始めるのがよかろう」
「言ってくれるな。魔族」
「では、そうさせてもらおうか。ただし、その盃は勝利の前祝いである。さて、話はここまでだ。剣を交えることを楽しみしているぞ。魔族の将軍」
ふたりの会話はそこで終わる。
だが、魔族の将の言葉はそれで終わらなかった。
フランベーニュ人には理解できぬ言葉で背中越しにプライーヤはロカルヌにこう言ったのだ。
「……さらばだ。フランベーニュの将」
「……残念ながら剣を交えるのは私があの世に行ってからということなる。そのときまで向こうで研さんに励め」




