悪魔の光 降伏勧告
グワラニーの推測どおり、フランベーニュ軍を率いる「フランベーニュの英雄」将軍アポロン・ボナールは、まず貴族軍十万を展開され、掃討に出てきた魔族軍の側面に自身の直属部隊を展開させるつもりでいた。
もちろん、この敵前転移の危険性にはボナールも気づいており、魔族軍がそこを攻撃しようとした際には、貴族軍とともに先陣として送り込んでいた魔術師長オーバン・ルルディーオと副魔術師長エクトル・ネラックが弱められた結界を抜き敵陣を攻撃する算段になっていた。
いや。
膨大な魔力を持つふたりがその場にいることを示すことにより敵を自制させ転移を成功させるつもりであった。
だが、重要なのは敵が草原に出てきたうえ、簡単には逃げられないこと。
たとえば、側面に新たな敵が転移を始めたところで戦意を失い退却を始めたら計画は大幅に狂う。
だから、主力の転移は魔族軍が貴族軍を攻撃し始めてからということになる。
だが、肝心の魔族軍は貴族軍に対峙するように陣を敷いた後は動かず、睨み合いを始めた。
これはボナールにとっては想定外の出来事であった。
そして、それはすぐにでも戦いが始まると思っていた貴族たちも同じ。
動かない魔族軍に口汚い言葉を投げつけていたものの、すぐに我慢の限界がやってくる。
ただし、戦いの前に命令違反は爵位に関わらず厳罰を与えると通達されている。
動けない。
だが、許可を得れば枷は外れる。
そう考えた貴族軍から次々に伝令が出る。
その先は……。
「グワラニー殿。貴族軍から多数の転移が確認できる。しかも、その到着先は皆同じ。クペル城だ」
魔力の動きで敵の行動を察知するというとてつもない能力を披露したグワラニー軍の魔術師長アンガス・コルペリーアの言葉にグワラニーは小さく頷く。
「ちなみにその後の動きは?」
グワラニーに問いに一瞬だけ考えた老魔術師が視線を動かす。
もちろんその先にいるのはさらに正確に相手を捕捉できる者だ。
「あの高い塔の一番上です。行き先は」
「……つまり物見櫓の頂上ということか。なるほど」
そこまで聞いたところで、グワラニーはある結論に辿り着く。
「貴族たちがクペル城に送ったのは伝令で間違いないでしょう」
「たとえば、ひとりやふたりであれば確信は持てなかったのでしょうが、数十にもなれば私でなくても想像できる」
「そして、彼らが目指した先にいるのは総司令官。アポロン・ボナール将軍」
「彼は主力と一緒ではなく、かなり早い段階で戦場に来ていたようです。貴族たちはそれを教えてくれたわけなのですが……」
「考えてみれば、それは理に適っています。なにしろ、いつ主力を転移させるかは重要な決定事項。それを他人に委ねるなどありえませんから」
「真っ先に戦場に到着し戦場を俯瞰できる位置から指揮をする。彼の判断は間違っていませんね」
「さて……」
「貴族たちが『フランベーニュの英雄』のもとに伝令を送った目的は想像できます」
「自分たちの方から攻撃を仕掛けたい」
「むろん、こちらが攻撃を仕掛けてくるものと思っていたボナール将軍は戸惑うでしょうが、状況を動かさなければ次の段階に入れない。いずれ許可をするでしょう」
「ですが、当然結界によって彼らの突進は阻まれる」
「そして、次の一手は、ということになるわけですが……」
「転移させるしかない。彼の手札は」
そして、その言葉どおりに数度にわたる貴族軍が数度にわたって攻撃をしかけ、その度に跳ね返されると、やってくる。
三十万の大軍が。
「いよいよですね」
「ええ」
「では、手筈通りプライーヤ将軍に降伏勧告を……いや」
「一言加えて降伏勧告をしてもらいましょう」
むろん、四十万の兵に包囲された二万の魔族軍からの降伏勧告にプライーヤの呼びかけに応じたボナール軍のナンバーツーであるフランベーニュの将軍フレデリック・ロカルヌは怒り狂う。
「なぜ我々が降伏しなければならないのだ」
もちろんこうなることは十分に予想していたこと。
すまし顔のプライーヤは流暢なフランベーニュ語でこう答える。
「だから、勝負はすでに我々の勝利と決まっている以上、無駄な血を流す必要がない。そう言っているのだ。相応の対価を支払うだけでおまえたち全員が死なずに済むのだ。悪い話とは思えないのだが」
「それに降伏と言っても、おまえたちを捕虜にするわけではない。クペル城を我々に返還したうえ撤退してもらうだけだ」
実を言えば、その勧告の後半部分はノルディアの捕虜の傲慢さに頭を痛めたプライーヤの気持ちが籠ったものであったのだが、そのような魔族軍の内情など知るはずのないロカルヌにとってプライーヤの言葉は侮辱以外のなにものでもなかった。
すでに真っ赤になっていた顔をさらに赤くしたロカルヌが怒気を纏った言葉を吐き出す。
「そんなこと、飲めるはずがないだろう。だいたい何が我々の勝利だ。勝つのは我々フランベーニュ軍に決まっているだろうが」
もちろん、ロカルヌのその言葉はフランベーニュ軍の総意であることは一瞬後にやってきた嵐のような怒号が証明していた。
だが、それらをすべて聞き流し終わったプライーヤがもう一度口を開く。
「今の言葉は明確な拒絶に聞こえた。だが、それはあくまでロカルヌ殿の意見であって、総司令官の意見ではない。これからこちらの条件を伝えるので総司令官からの返答をいただきたい」
そして、ニヤリと笑うとダメ押しのようにこの言葉をつけ加える。
「ちなみに、我々の言う総司令官とはもちろん……」
そう言って旗の一本を指さす。
「その旗の主であるアポロン・ボナール将軍のことだ」
このやり取りについては若干の説明が必要であろう。
つまり、自分たちがボナールの軍旗を認識していることをフランベーニュ軍に伝えたこの行為は、相手に自身の手札を見せたようなもの。
たとえば、この一戦ですべてが終わるのならいい。
だが、ボナールとの戦いはともかく、フランベーニュとの戦いはまだまだ続く。当然フランベーニュは、この教訓を生かして対策を練る。
いや、それを逆手に取ることだって考えられる。
だが……。
「いいのだ。タルファ将軍」
そのことについて指摘されたグワラニーは薄い笑みとともにそう応じた。
「もちろん、今のやり取りでフランベーニュ軍は我々がボナール将軍の軍旗を認識していることを知った。これは間違いない。だが、それはただそれだけのこと」
「これは貴族の軍旗に言及していた場合、我々が密かにフランベーニュ軍の軍旗認識表を入手したと悟り、軍旗変更に動くかもしれない。だが、我々が指摘したのは『フランベーニュの英雄』のもの。それほどを知る術などいくらでもある」
「それに誇り高きフランベーニュ軍の将軍たちが魔族ごときに知られたからと言って軍旗の変更をするとは思えぬ」
「そして、なによりも重要なのは……」
「我々がその軍旗を根拠にアポロン・ボナール将軍がこの場にいると思わせることができる」
「もう少し言えば、軍旗を強調しておけば魔術師長が魔力の移動の痕跡を追いボナール将軍の現在位置を把握したということを悟られない。魔術師長によればそのような芸当ができる者はこの世界に自分を含めて四人のみ。おそらくボナール軍のなかにはその技術を知る者さえいないとのこと。だが、相手が気の利く者、たとえば、バイアのであったのならたとえその技術を知らなくてもその言葉だけでその可能性を察し、それとなく探りの言葉を差し込んできただろうが、どうやら相手になったフランベーニュ軍の将軍は実直の者。軍旗を示しただけで顔色を変え、ボナール将軍と協議するなどと言ってしまった。もちろん実直が悪いわけではないのだが、今回に限っていえば、あきらかに悪いといえるだろう」




