戦場へ
翌日。
将軍たちを集めての朝食会。
前線近くのものとは思えぬ豪華な食事が半ばまで進んだところでグワラニーが立ち上がる。
「さて、話は聞いていると思うが、あれだけ負けながらまだ負け足りないフランベーニュ軍が新手を送り込んできた」
「しかも、指揮官はあの『フランベーニュの英雄』アポロン・ボナール将軍。おそらく彼は配下の三十万の戦士たちとともにやってくる。そして、それだけではなく爵位持ちの貴族たちの連合軍十万も加わる。貴族連合軍に関してはすでに着陣している」
「つまり、相手は合計四十万の大軍。それだけの軍を仕立てわざわざやってきてくれたのだ。もちろんお相手をする」
四十万の敵。
そして、その指揮官が魔族の中でも名前が知られたあの「フランベーニュの英雄」。
諸将の間にどよめきが起こる。
「ということは、こちらも渓谷内にいる全軍で対処すると?」
渓谷内の戦い、すなわちマンジューク防衛戦の最終日、つまり、昨日であるのだが、その少し前にガスリン派から鞍替えしグワラニーのもとにやってきた三人の将軍のひとりクレベール・ナチヴィダデがそう尋ねると、グワラニーはかぶりを振る。
「いや。彼らを率いるクレメンテ・アルタミア将軍からは元からいた部隊は後方に控えているそうだ。万が一に備えて。つまり、『フランベーニュの英雄』とその配下を相手にするのは我々二万だけだ」
「ですが、それでは数が多すぎるのでは?」
「問題ない」
「問題ない?つまり、渓谷の入口であるキドプーラで敵を迎え撃つということですか」
「いや。これから堂々と行進して草原で彼らと対峙する」
「なんと……」
「さすがにそれは無謀だ。司令官」
呻き声を上げたナチヴィダデに代わって、その心の声を口にしたのは同じく転向組の猛将として名高いジルベルト・アライランジア。
「昨日の司令官の戦いぶりは見事だった。だが、それは渓谷という特殊な環境を利用した奇策。いわば小細工の類。だが、何もない草原に出てしまっては昨日のような小細工を使うことはできないぞ」
「つまり、勝ちに奢り調子に乗るなということだな。アライランジア将軍」
「だが、心配することはない。草原での戦いであれば、それにふさわしい戦いを見せることを約束する」
「つまり、二万の軍が四十万の敵に勝てると?」
「将軍」
グワラニーはそう言うと、一度言葉を切って全員の顔を眺める。
「他の部隊は知らないが、我々には『勝てない戦いはおこなわない』という金看板がある。それを掲げた私が戦うというのだ。結果は決まっているだろう」
「ということは今回も勝てると?」
「そうなるな」
その言葉にペパスやプライーヤは大きく頷く。
こいつらは今の言葉を信じている?
つまり……。
この条件で勝てる気でいるのか。
度し難いな。
だが、この部隊に光を見出したのは自分自身。
正体を知ったからといっていまさら戻れるものか。
その様子にアライランジアは心の中でそう呟く。
何か言いたそうなアライランジアを眺めながら、グワラニーは言葉を続ける。
「第一陣の指揮はプライーヤ将軍に任せる」
「承知」
「第二陣はアライランジア、ナチヴィダデ両将軍」
「そして、本陣の護衛はタルファ将軍にお願いする。むろん、ウビラタンとバロチナは本陣に加わる」
「それから最後に……」
「そのつもりはないが、万が一私が討たれた場合、軍の指揮は副司令官のバイアが引き継ぐ。そういうことでバイアはペパス将軍とともにキドプーラに待機するものとする……」
「司令官に尋ねる」
グワラニーの言葉を遮るようにアライランジアが再び声を上げる。
「つまり、司令官は草原に出るということか?」
「もちろんだ。私はこの部隊指揮官なのだから当然であろう」
司令官は陣頭指揮を執る。
これが戦いにおけるグワラニーの基本姿勢。
人間の軍、特に貴族や王族が率いる軍と違い、魔族では常識であるだが、それは指揮官だからというより、自身がその中で一番の剣士という色合いが強い。
だが、グワラニーはその剣を振るえない。
つまり、前線に立つ意味はあまりない。
というより、指揮官としては前線に立つことにより全体の把握が難しくなるというデメリットの方が大きい。
むろんグワラニーもそれは知っている。
それにもかかわらず、安全な後方ではなく、危険な前線に立つ。
これは多くの兵を死地に立たせる指揮官の責任であるという信念からおこなっているものではあるのだが、それと同時に自身の計画は繊細なものであるため突発的な出来事には自身が対応しなければならないという考えからでもある。
だが、部下たちには別の色合いでこれを眺めていた。
前線に立つ。
イコール信用できる指揮官。
これが兵士たちの指揮官を見る基準。
そして、それは新参のアライランジアとナチヴィダデも同じ。
剣も振るえぬ人間種の若造。
策を弄するのは得意のようだが、武勇という点は皆無。
当然安全な後方で戦況を見る。
いや。
死んでいく自分たちを眺めている。
そう考えていたふたりにとってグワラニーの言葉は驚き以外のなにものでもなかった。
いいだろう。
そういうことなら……。
「司令官に申し上げる。私とナチヴィダデには第二陣ではなく先陣を申し付けていただきたい。それに見合う十分な働きを見せますので」
「そのとおり。ベンティーユ砦の守備に回っているデニウソン・バルサスを悔しがらせてみせましょう」
むろん、その意見は即座に却下されたのだが、それでも士気が上がったことはあきらかだった。
それからもうひとつ。
最側近のバイアを後方に残す。
これは軍組織のナンバーワンとナンバーツーは戦場で並び立つことを避けるという意味である。
むろん、突然の思い付きではない。
それまでは人材難のため、そうしたくてもできなかっただけである。
そして、これはグワラニーが元の世界におけるある出来事から学んだことでもある。
本能寺の変。
いうまでもなく、明智光秀が織田信長を討った出来事であるのだが、このとき信長の継者である長子信忠も少数の手勢だけを連れて信長近くに逗留し明智軍に包囲され自害に追い込まれている。
そして、これによって織田家は崩壊し、羽柴秀吉の天下乗っ取りがおこなわれるのだが、ここで信忠が討たれることがなければ、秀吉の天下取りはあれほど手際よく起こらなかった。
グワラニーはそれを教訓としているのだ。
「ところで、司令官。私がフランベーニュの将であれば、キドプーラを囲み、敵が巣穴から顔を出した瞬間に叩く。『フランベーニュの英雄』とやらが見掛け倒しでなければ、同じ手を使うと思うのだが、その点について司令官はどう考えているのか?」
再びやってきたアライランジアの問いにグワラニーは薄い笑みで応じる。
……有能だな。彼は。
……猛将という名は伊達ではない。
……だが、少しだけ甘い。
「アライランジア将軍の言は正しい。それが防衛戦であるのなら戦い方はそうなるだろう。だが、ボナール将軍の目的は我々の殲滅ではではないとしたらその戦い方は全くことなるものに代わる。将軍に問う」
「彼はどのような目的でここに来たと思うか?」
「むろん、窮地に陥った味方の救援と、逆進してきた我が軍の侵攻阻止」
「なるほど、では、重ねて問う」
「我々は渓谷内で攻勢に出る前に徹底的な魔術師排除をおこなった。それはどのようなものかは攻勢が始まる前の打ち合わせで将軍にも話したはず。そして、戦いを通じて魔術師が現れることがなかったことからその策は成功したと考えてよい」
「つまり、クペル城も含めて周辺一帯にフランベーニュの魔術師はいなかった。その状況では前線のフランベーニュ軍は後方へ連絡ができなかった。それにもかかわらずボナール将軍はやってきた。当初から決まっていた前線登場が偶然味方の窮地に遭遇したかのように」
「つまり、これはあくまで偶然であって、ボナールは救援に来たわけではないと?」
「万事やることに時間がかかる貴族も大挙して来ているのだ。それは随分前から予定されていたことがうかがえる。そして、そうなれば彼らの目的はマンジュークを落とすためと考えるべき」
「ペパス将軍のいうとおりです。そして、そのような目的であった場合、巣穴から出てきた敵の頭を叩いていてはいつまでも目的は成就しない」
「だが、草原まで引きずり出し、反包囲して叩いて逃げ出す敵の尻に食らいついて渓谷に突入すれば、マンジュークに到達できる」
「そのためには我々には出てきてもらわねばならないのだ。敵は。ただし、こちらは無敵ともいえる結界の中。どれだけ攻撃されても傷ひとつつかないので彼らの望みは叶わないのだが」
「唯一の不安は私たちを草原まで引きずり出した後にキドプーラを攻撃することですが……」
「さすがアリシアさん。ですが、彼らのなかにそこまで考え実行に移す者はいないとは思います。まあ、そうなったときは留守宅に入ろうとした罰を与えればいいでしょう」




