ボナールの真実
「……ところで」
バイアがグワラニーに目をやりながらこう囁く。
「……通常戦力で渓谷地帯を突破するには退却する敵を追って混戦状態のまま渓谷に突入するしかない。そして、そのためには敵を草原に誘い出さなければならない」
「これは事実。ですが……」
「アリシアさんの話ではありませんが、その誘いに乗るまではともかく、さすがに転移避けをおこなわないままで戦いに入ろうとすれば何か策を弄しているのではないかと怪しまれるのではないでしょうか?」
「なにしろ相手はあの『フランベーニュの英雄』です。疑うだけならいいのですが、その様子から危険を察知し本隊はやってこないということもあり得るように思えるのですが」
「まあ、フランベーニュの指揮官が、私やバイア、またはアリシアさんであれば、先に転移した味方を見捨ててでもそうするだろう」
「だが、大幅な自由裁量権が与えられている我々とは違い、彼らは渓谷に突入するよう命令を受けている以上、何があろうが攻撃を中止するわけにはいかない」
「そうであれば、たとえ怪しいと思ってもやるしかない。そして、戦場に来てしまえば、どう足掻こうが結果は同じ」
「心配ない」
グワラニーの言葉は正しい。
いや。
状況はグワラニーが考えている以上に悪かった。
むろん、フランベーニュ側にとって、ということなのだが。
実を言えば、フランベーニュ軍の指揮官「フランベーニュの英雄」アポロン・ボナール将軍はこの大一番を戦える状態ではなかったのだ。
極度の睡眠不足と疲労。
それによってアポロン・ボナールの判断力を鈍らせていた。
そして、その原因はもちろん同行している大貴族たちの言動。
勝利は確定しているものと思い込み、分け前をもらうために軍に加わっている彼らは戦場へと向かう行軍中も王都にある自身の邸宅と同じ生活をおこなおうと数々の要求をボナールへ持ち込む。
その対応に精神が削られていたのだ。
そして、ようやく戦場に到着という夜に先行させていた者たちから渓谷地帯での自軍惨敗の報を聞き、新たな策を練るため、徹夜を敢行。
やむを得ない状況とはいえ、ボナールはさらに疲労を蓄積した状態で戦いに臨むことになった。
策士ともいえる者が相手であれば、もう少し状況を確認するということが必要であり、いつものボナールであれば、間違いなくそうしたことだろう。
だが、今のボナールにはそれだけの余裕はなかった。
自身が描いた理想的な展開が広がる様子に疑うことなく会心の笑みを浮かべ、グワラニーが用意した策に乗ってしまう。
そして、前日の惨敗を超えるフランベーニュ軍最大の悲劇の時を迎えることになる。




