歓迎の準備
二十ドゥア後。
ちなみに、この世界の時間は、別の世界の秒とほぼ同じものがスメで、百スメ、すなわち百秒が一ドゥア。
そして、五十ドゥアが一セパとなる。
つまり、二十ドゥアとは別の世界の二千秒と同じで、三十分を少し超えたところということになる。
「……真夜中に呼び出して申し訳なかったのだが、予定外の事態が発生しました」
「あれだけ負けたにもかかわらず、まだ負け足りないらしいフランベーニュ軍から戦いを申し込まれました」
「そして、その相手とは『フランベーニュの英雄』アポロン・ボナール将軍」
そこまで言ったところで、グワラニーは自嘲するように笑う。
「まあ、実際にボナール将軍から戦いを申し込まれたわけではないのですが」
「だが、こうしてやってきたということは事実上、戦う、いや負けたいという強い意志があるということなのだろう」
グワラニーの冗談とも皮肉ともいえない微妙な表現に乗るようにそう応じたのはこの場で一番の年長者となる魔術師長アンガス・コルペリーアだった。
「それにしても随分と早いお出ましという気がしますが」
……さすが。
続いてやってきたアリシアの言葉にグワラニーとバイアは小さく頷く。
「まあ、魔術師狩りとその結果となる情報封鎖が続いているという状況で、この戦場の惨状を知ってやってきたのであれば、『フランベーニュの英雄』率いる軍には勇者と同等の異能者がいるということになります。むろん、そのようなものであれば我々としては戦いを避けたいところ。ですが、実際にそれだけの者がいる軍であればフランベーニュは各地の戦いに投入している。それをおこなわず後方に温存させているということは、強いと言っても、それは数、戦意、練度、それから戦術。そう言った常識の範囲内のものであり、間違っても我々や勇者一行のような特別な力を保持していることはありません」
「つまり?」
「彼らは予定通りにこの場に現れただけで、幸か不幸か、それが偶然フランベーニュ惨敗の直後に重なったということです」
「ということは、フランベーニュ軍首脳は温存していたというボナールの軍を渓谷の戦いに投入することを決めたということになる。勝つ算段もなし。だが、そんなことがあり得るのか?」
「まあ、相手はあの『フランベーニュの英雄』です。勝算が全然ないということはないでしょう。ですが、魔術師長の言うとおり、絶対に勝てるという算段があったのかといえば、大いなる疑問であり、それにもかかわらず大事な決戦部隊を渓谷地帯へ投入する決定を下したということは、そうするしかない事態がフランベーニュ軍に起こったということなのでしょう」
「なるほど」
「フランベーニュの新手がやってきた件は理解した。それで、どうするつもりなのか……まあ、グワラニー殿が『フランベーニュの英雄』の立派な墓標を立てるつもりだということはわかる。そして、こうして将軍たちを抜き、我々だけを集めたということから見当はつくのだが……」
「とりあえず聞こうか」
「『フランベーニュの英雄』とその配下のもてなす方法を」
魔術師長アンガス・コルペリーアが最後に口にしたその言葉。
それはもちろんアポロン・ボナールとの戦い方を問うもの。
そして、言外の言葉として、自身の孫娘の能力を使うことを示している。
グワラニーはその言葉に頷き、それからアリシア、バイアの顔を眺め、それから最後にこのような場では常に「かわいいお地蔵さん状態」になる自身の結婚相手に目をやる。
そして、口を開く。
「まず、現在の状況から」
「アポロン・ボナール将軍の軍を示す軍旗を掲げたフランベーニュ軍二万がキドプーラとクペル城の中間地点に展開中。数およそ二万。むろん少ないとは言えない」
「ですが、ボナール将軍の直属部隊とされる軍の数はおよそ三十万とされます。さすがに二万という数は余りにも少ない」
「本来の戦い方であれば、これ以上の敵がやってこないように転移魔法の無効化のため防御魔法を展開させたうえでその二万を叩くわけですが、今回は敢えてボナール将軍の策に乗ります。すなわち……」
「ボナール軍のすべてを転移させたうえで殲滅する」
「つまり、三十万ということか?」
「そうなります」
「……多いな」
「ですが、ここで取り逃がすとやっかいなことになります」
「わかった」
「それで、手順は?」
「おそらく、現在の二万は囮役。我々がその二万の狩りに草原に出てきたところで残りを転移させてくる」
「ですが、こちらが本来の戦い方をした場合、それが不可能になるのでは?」
「まあ、そのとおりなのですが、彼らにとって策はそれしかない。もし、転移できなければ、転移できたところから徒歩ということでしょう」
「こちらとしては、賓客にそこまでの手間は取らせるわけにはいかない。自由に転移させてやります」
「ですが、あまり気前が良すぎると、こちらの意図に相手が気づくのではないでしょうか?」
「かもしれません。ですが、そもそもそうなることを彼らが望み、その前提で策を練っているのです。自分たちの望み通りに進んでいるにもかかわらず文句を言うなどおこがましいにも程があるというものです」
アリシアからの疑念を黒色の皮肉で振り払うと、グワラニーはさらに言葉を続ける。
「こちらも二万で迎撃します。と言っても、私の直属は二万しかいないのですが」
「そして、我々が餌役の二万に食いついたところで残りが転移してくるという算段でしょう。まあ、ここについては睨み合いで済ませるつもりですが」
「そういうことで、魔術師長」
「クアムートでノルディア軍を呼び込んだ時と同じく、結界の魔法によって剣、魔法、その両方の攻撃を完全に遮断してください」
「そして、すべての敵が集まったところで仕留める。大軍に囲まれた状態での戦いになりますので結界はそのまま。つまり、強力な結界の内側からの攻撃になります。魔力の減衰は相当なものになりますが、一撃で全軍を仕留めてもらいたいです」
「承知した。だが、下手をすれば転移魔法で逃げられる。やはり、反撃の第一段は魔術師狩りをおこなうべきだ」
「可能ですか?」
「むろん」
「では、そのように」
「グワラニー様、ひとつ提案があるのですがよろしいでしょうか」
戦い方の概要が決まったところで、そう言ったのはアリシアだった。




