予想外の訪問者
「……アポロン・ボナール?『フランベーニュの英雄』が本当に来たのか?」
キドプーラからやってきた伝令の言葉にグワラニーは疑いの色が濃い問いの言葉で応じた。
だが、伝令役としてやってきた少年兵は胸を張ってこう応じる。
「ペパス将軍によれば軍旗表で確認したので間違いないとのこと」
「数は?」
「二万弱」
「わかった。では、すぐに戻り将軍にこう伝えてくれ」
「迎撃態勢は万全に。ただし、こちらからの手出しは無用」
そして、少年兵が部屋から出ていくのを確認したところで、グワラニーは視線を動かす。
「どう思う?バイア」
そう。
グワラニーは疑っていた。
むろんペパスの報告は正しいだろう。
そして、ペパスに貸し出していた大海賊ワイバーンを通じて手に入れたフランベーニュ軍の軍旗表に間違いがあるとも思えぬ。
つまり、ボナール軍の軍旗を抱えた軍が現れたのは間違いない。
問題はその意図だ。
アポロン・ボナール率いる軍はフランベーニュの精鋭中の精鋭とされる。
そして、「対魔族協定」締結後の大攻勢、その第一段階後は後方に待機させていたと聞く。
それはフランベーニュの決戦兵団として活用するつもりだからと思って間違いないだろう。
その軍をこのタイミングで投入とは。
むろん、渓谷内にいる軍が一掃されたのだ。
逆侵攻を阻止するため虎の子を投入してきたといえば、簡単に説明がつく。
だが、実を言えば、それはあり得ないのだ。
そう。
グワラニーは戦いが始まる前に徹底した魔術師狩りをおこなった。
それは渓谷内だけではなく、その後方にあるフランベーニュの重要拠点クペル城にまで及ぶ。
むろん、魔法によるものとはいえ、そこまでの遠距離攻撃は簡単なことではなく、敵魔術師の魔力を知覚し、それを辿り叩くというこの芸当はデルフィン・コルペリーアという特別な才がなければできないことであったのだが、とにかくその攻撃でこの一帯からフランベーニュ魔術師が消えた。
その結果、フランベーニュの通信手段は、徒歩による伝令だけとなり、事実上前線と後方の連絡は絶たれた。
そして、その状況はクペル城と後方との連絡でも同様であり、クペル城から後方へ救援要請が送られたとしても、王都アヴィニアの為政者たちが前線の現状を知るのは最低でも半日はかかる。
つまり、そこからボナール軍に連絡し、行動を起こすには一日以上が必要であり、この速さで秘蔵の軍を救援に寄こすことは不可能。
だが、実際にボナール軍は姿を現している。
この状況はどのような場合に成立するのか?
いうまでもない。
ボナール軍の進出はもともと予定されていたものだ。
そうなると、次の問題となるのは、ボナール軍は何のためにやってきたのかということだ。
そして、グワラニーがバイアに尋ねたのもこの点となる。
「まあ、理由はともかく、窮地に陥った味方の救援に見えるボナール様たちのご来訪は間違いなく、渓谷内の戦況を変えることが目的」
「つまり、あの膠着状態の打破する策をボナールは思いついたということか」
「あり得るのか?そんなものが」
「さあ。ですが、彼の中ではその策とは決戦部隊を動かすほどの出来ということなのでしょう。ちなみにグワラニー様はそのような素晴らしき策についてここあたりはおありでしょうか?」
「いや。まったく」
「なるほど。やはり上には上がいるものだな」
バイアに続き、グワラニーも考えることをやめ、自虐的な言葉で応じたものの、ふたりの考えは正しかった。
実を言えば、出撃を命じられたボナールが用意した渓谷突破策もそこまで成功率の高いものではなかった。
いや。
どちらかといえば、ギャンブルに近いもので、成功する確率は非常に低いものだった。
だが、それでも実施に移さなければならない事情がフランベーニュにはあった。
いや。
できた。
それはその二十日ほど前にアリターナ側で起こった一日で数十ジェレトというこの戦場の歴史からすれば奇跡のような前進。
これは地形の関係で魔族軍が後退したことによる偶然の産物だったのだが、情報がフランベーニュに伝わる過程でその理由は変質し、慌てたフランベーニュの為政者たちがボナールに渓谷地帯に進出することを命じた。
つまり、渓谷内の戦いで惨敗した友軍救援に駆け付けたように見えるものの、ボナール軍の来援はあくまで偶然の結果ということである。
「それで、どうしますか?」
「むろん迎え撃つ」
「戦いたいとわざわざやってきているのだ。それに応じてやるのが礼儀というものだろう。それに……」
「どうぜどこかでぶつかるのだ」
「やるしかないだろう」
だが、これは想定外の出来事。
綿密な計画と準備を旨とするグワラニーの得意分野とはいえない。
……そうは言っても戦いとはこのようなもの。
……それこそそれを想定していなかった奴が悪いともいえる。
グワラニーは自身に言い聞かせるようにして納得する。
「まあ、『フランベーニュの英雄』がどのような策を用意しているのかは知らないが、基本的な方針は我々と同じ」
「つまり、自分たちは強者。そして、そうなった場合、巣穴に引きこもる敵を引きずり出すことが重要……」
そこまで言ったところでグワラニーの顔に黒い笑みが浮かぶ。
「この状況でボナールがおこなうのはおそらく……」
「我々を草原におびき寄せ戦う。だが、そこで殲滅するのではない。反包囲して叩き、逃走を促す。そこで追撃をかけ、敵の背を追って混戦状態で渓谷内に突入し、一気にマンジュークまで辿り着くというもの」
「思えば、フランベーニュがキドプーラを占領した際にも敗走を始めた我が軍のキドプーラ守備隊を追って渓谷に進もうとしていた。あの時はブルーノ・フォルタレーザ将軍が味方もろとも吹き飛ばし、その意図をくじいたのだが」
「もしかしたら、この策を抱え、ここまでやってきたのかもしれないな」
「さすがにそれはないでしょう」
「それではフランベーニュ軍はこれまで占領した場所をすべて放棄しなければならないです。むろん、同じことを我々もおこないました。ですが、我々と違い、フランベーニュ軍がそれをおこなった場合、我が軍はキドプーラで留まるという選択肢があります。それどころか余程のお調子者でもないかぎり草原に出ていくことはないでしょう。そうなった場合……」
「フランベーニュは占領地を手放しただけとなる」
「バイアの言うとおり、常識的にはあり得ない話だ。だが、実際のところ、我々や勇者のような特別な力を保持していない彼らが打てる手などその程度しかない」
「なぜという疑問はあるのだが、彼らはそれをおこなわなければならないほど追い詰められていたのだろう。だから、やってきたボナールは予想もしていなかったフランベーニュの窮地を案外喜んでいるかもしれない」
「それで、それに対する我々がどう動くかということなのだが……」
「彼らの願いを叶えてやる」
「つまり、草原で待ち構える敵の前に出ていく」
「むろん、ボナールは罠にかかったと大喜びするだろう。だが、罠にかかったのはフランベーニュ軍」
「精鋭のボナール軍の反包囲を完成させた瞬間、すべてを吹き飛ばす」
「ということで急遽会議をおこなう。魔術師長と副魔術師長、それからアリシアさんをここへ」




