悪辣な罠
「ですが……」
「可能なのですか?そのようなことが」
クアムート城の城主でグワラニーが指揮する部隊に属するもうひとりの将軍アゴスティーノ・プライーヤがおずおずと尋ねる。
むろんグワラニーの望むとおりに推移すれば、アリターナとフランベーニュ、そのふたつを一気に壊滅させることができ、その後におこなわれる掃討戦によって王が望みは叶えられることになるだろう。
だが、そのためにはアリターナとフランベーニュが戦いをおこなわなければならないのだが、そのようなことが本当に起こるのかという問題がある。
いや。
グワラニーの言葉を使用すれば、どうやって戦わせるのかということになる。
その場を覆うそのような空気をグワラニーは楽しむように薄い笑みとともに沈黙する。
そして、それを十分に楽しんだところで口を開く。
「アリターナとフランベーニュ。彼らやブリターニャ、それからノルディアは、『対魔族共闘協定』なるもので結ばれている」
「だが、その薄皮の下に透けて見えるのは対立。アリターナとフランベーニュに関して言えば、元々国境紛争を抱える間柄。さらに言えば、フランベーニュ軍はアリターナ軍を見下している……」
そこで一度言葉を切ったグワラニーは黒い笑みを浮かべ直す。
「アリターナ軍は猿より弱い」
「アリターナ軍兵士は敵を見ると、糞尿を漏らしながら逃げる」
「アリターナ軍の退却速度は進撃速度の百倍」
「アリターナ軍の兵士は武器の手入れはしないが、降伏用の白旗は毎日洗い、部隊で一番安全な場所に保管されている」
「これはフランベーニュ軍兵士たちがアリターナ軍について語ったものの一例となるのだが、フランベーニュ軍はこれらをアリターナ軍将兵の前で度々披露し、笑いものにしているという」
「当然アリターナ軍将兵はフランベーニュ軍を良く思っていない。見返してやりたいという気持ちを常に持っており、たとえば、自軍がフランベーニュ軍より先に渓谷内に突入できた際には、国中が祭り状態になり、全軍兵士に特配が振舞われたそうだ」
「今回もフランベーニュ軍より先にマンジュークに辿り着き、傲慢なフランベーニュ軍の鼻を明かしてやりたいと思っている。逆にフランベーニュ軍にとって日頃馬鹿にしているアリターナ軍に負けるなど屈辱の極み。そんなことになれば現場指揮官は間違いなく責任を問われる。おそらく降格では済まず、物理的に首が飛ぶことになる」
「それからもうひとつ」
「先ほど話した協定であるが、占領地やその生産物の分配方法についてこのような取り決めがあるそうだ」
「先に手を付けた者がその地とその地の生産物を総取りできる」
「アリターナとフランベーニュが進むマンジュークとそれに続く鉱山群へ進む道は『バルクマン・コーナー』でひとつになる。つまり、先に『バルクマン・コーナー』に辿り着いた方がその権利を得ることができる」
「むろん我々なら納得はいかなくても約束した以上それを守る。だが、人間が自身の都合によって結んだ約束を破ることなどそう珍しいことではない。それは個人間だけではなく国家間でも同じ」
「それらの状況を踏まえて話をする」
「これまで膠着状態だった戦線だが、魔族軍が突然撤退する。むろん本当に撤退し姿がなくなる」
「ペパス将軍に問う」
「三年間ほとんど進むことができなかった戦線で、理由はわからぬものの、敵軍が姿を消す。将軍ならどうする?」
「前進だ」
「プライーヤ将軍は?」
「同じく前進」
「タルファ将軍は?」
「むろん罠の存在は疑いますが、それでも前進しないという選択肢はないでしょう」
「そうだろうな。私だってその立場になれば前に進む。当然アリターナとフランベーニュの前線指揮官たちも同じ判断をするだろう」
「そして、一度進み始めれば、行けるところまで行こうとなり、やがて、このままマンジュークまで行けるかもしれないと思い始めるわけなのだが……」
「『バルクマン・コーナー』までやってきたフランベーニュ軍が目にするもの。それはそこを通過している先客。むろん、それはアリターナ軍。つまり、フランベーニュ軍はアリターナ軍の後塵を拝したわけだ。そして、それは自分たちがマンジューク占領の権利を失ったことも意味する」
「さて、ここまで来たフランベーニュ軍は諦めて引き返すか?」
「むろん答えは否。だが、協定は存在する。どうするか?」
「証拠隠滅。または口封じ。つまり……」
「フランベーニュ軍は先にやってきたアリターナ軍の殲滅を目論むというわけですか」
「そういうことです。そして、実際問題として、両軍がぶつかったとき、優勢なのはフランベーニュ軍でしょう。背後からの奇襲。さらに数も多いですから。そこに混沌が起こる仕掛けを用意する」
「この周辺に水を張り、五十ジェレトほどの深みをつくる。甲冑を着ての行軍は非常に厳しい。もちろんアリターナ軍だってそんなことはわかっている。だから、その深さは徐々に増す。そして、全軍が水に漬かった状態になったところでフランベーニュ軍が姿を現す。むろん、その状態では背後から襲われるアリターナ軍は背を向けられない。劣勢になり一方的な虐殺が始まる」
「フランベーニュ軍がアリターナ軍の大半を狩ったところで我々が姿を現す。むろんあの一帯を取り囲む岩場の上から」
「そして、そこで使用されるのが弓矢というわけです」
「さて、ここまで話を聞いたところで皆はこう思ったことでしょう」
「いざとなれば転移魔法で逃げられるはず」
「また、こうも思ったことでしょう」
「弓矢は魔法で防げるはず」
「むろんそのとおり。そして、この戦いの始まり。その第一段階で敵魔術師を一掃する。つまり、動き出す敵は魔術師なしで行動することになる」
「では、魔術師をすべて失った状況なら、敵が撤退しても前進しないのか?」
「否。警戒はしてもその誘惑からは逃れられない。むろん、前線指揮官たちは失った魔術師たちの補充を後方に伝えたうえで前進するだろう。だが、もし、後方の魔術師たちも軒並み失ったらどうなるか?」
「彼らも我々と同じように前線と後方の連絡は魔術師の転移魔法を使用した伝令を用いていることだろう。その魔術師を失ったら、連絡はすべて徒歩による。大幅な遅延が起こり伝えられた連絡や命令は役に立たないものとなる」
「結局、彼らは魔術師がいない状態のまま、我々のもとにやってくるというわけだ」
「ですが、肝心の敵魔術師の殲滅は本当に可能なのですか?」
「可能だ」
「そして、言ってしまえば、魔術師団だけで敵を壊滅することもそう難しいことではない。だが、今回はあえて先ほどの策を実施する」
「その理由」
「それはアリターナとフランベーニュの間に相互不信の種を蒔くため。いや。すでにある罅を修復不可能なまでに広げること。むろん、それは今後の戦いのため」
「そのために撤退の際に噂をまき散らす」
「我々とアリターナの間に密約ができたという」
「これを聞かせてうえで、アリターナが自分たちの前を歩いているのを見れば、フランベーニュ軍の指揮官がどのような思考をするかなど考えなくてもわかる」
「言ってしまえば、これは我々からフランベーニュ軍の贈り物。むろん、その贈り物は毒入りではあるのだが」
「混戦状態の中で撤退するのは難しい気がしますが?」
「それには関しても秘策がある」
再びやってきたプライーヤから問いにグワラニーはニヤリと笑う。
「敵に防御魔法をかける」
「敵に、ですか?」
「そう。そのうえで魔法を遮断する壁をつくり、敵味方を分断する。これについてはすでに試したので問題ない」
「これが今回の戦い。その概要となる」
「敵の魔術師を全滅させて連絡網を寸断、そこから敵を誘引、殲滅、そして追撃をおこなったうえでふたつの出口の確保。そのすべてを一日で完了する」
「そして、その翌日には我々は国家の英雄となるわけだ」




