マンジュークへの招待状
「……マンジュークへの出撃命令が出た」
クアムート城。
その貴賓室となる一室を執務室として使用していたグワラニーは王都からやってきた伝令から受け取った王からの書をテーブルへ放り出す。
その様子から内容はある程度察することはできるものの、とりあえず確認の意味もある。
それを手に取ったバイアはその直後、苦笑いする。
「これは……」
「渋い表情をしたガスリン総司令官とコンシリア副司令官の顔が目に浮かびます」
「まったくだ。その場にいなかったのが残念でならない」
「だが、まさかここまで裁量権を与えられるとは思わなかった」
「そうですね」
「戦いをおこなう策と部隊配置とその指揮権くらいはもらわねばならないと思っていましたが、まさか、渓谷内に駐屯する全部隊の指揮権と懲罰権まで差し出すとは思いませんでした。しかも、その懲罰権の対象には将軍たちまで含まれると記されています」
「まあ、それくらいのものを与えておかないと、渓谷内にいるガスリンの子飼いどもが足を引っ張りかねないということなのだろう」
「たしかに」
「それでこれには期日は書かれていませんが、ここをいつ出ますか?」
「そうだな」
「王としてはすぐにでも、ということなのだろうが、そういうわけにはいかない。なにしろ、これだけの権利を提供したのだ。失敗した場合には相応の罰も用意しているということだろう」
「そうでなければ、ガスリンもコンシリアも簡単には納得しない。となれば、こちらも準備不足のまま出かけるわけにはいかないだろう」
「と言っても、すでに準備はできているのだが」
そう。
グワラニーにはすでに渓谷解放の秘策があった。
そして、クアムート周辺の領国経営とノルディアとの交易によってさらに肉付けされたものが出来上がっていく。
そして、つい最近、ふたつの項目が追加された。
ひとつは弓矢の使用。
この世界の戦いでは弓矢は登場しない。
だが、存在しないわけではない。
実際に狩猟では使用されている。
さらにいえば、過去の戦いでは戦いの主役のひとつが弓矢であった。
ルエナの戦い。
その戦いで、魔族軍将兵の強弓に苦しんでいたアリターナ軍が魔法による防御方法を実戦で初めて披露する。
そして、その戦い以降、各国がその方法によって弓矢の無効化をおこない、その結果、戦場から弓矢が消えた。
グワラニーはその復活を目論んだのである。
もちろん問題はあった。
だが、その最も大きなものは一瞬でケリがつく。
ただし、もうひとつの問題の解決は簡単ではなかった。
この計画の始まりは元ノルディア軍将軍であるアーネスト・タルファから得たノルディアでは弓矢の衰退以降も弓矢の生産だけではなく新型の弓矢の開発がおこなわれているという情報。
その中には、別の世界ではクロスボウと呼ばれている横弓、さらにその巨大化した弓まで存在した。
それを聞いたグワラニーは実戦に使用しようとしたというわけである。
だが、ここでノルディアの、最後に残った矜持が障害になる。
自分たちが提供した武器で同胞が魔族に殺されることへの拒否反応。
グワラニーは舌打ちしたものの、諦めざるを得ないと思ったところでやってきたのが、例の小麦騒動だった。
そのどさくさに紛れてグワラニーは横弓を含む大量の弓矢を手に入れることに成功する。
そして、もうひとつ。
それは……。
魔法無効化結界。
つまり、魔法を否定する魔法ということになる。
クアムートに居住地を映してそれほど経っていないある日。
アルディーシャ・グワラニーの目の前には魔術師がふたり。
ひとりはグワラニーの部隊の魔術師長であり、それと同時に魔族世界での頂点の地位にあるとされる魔術師でもあるアンガス・コルペリーア。
そして、もうひとりはアンガスが溺愛する孫娘デルフィン。
ちなみに、グワラニーの婚約者であるその少女は、人間種ということもあり、見た目上は十歳前後の子供にしか見えない。
この世界は女性を戦場に立たせることをよしとはしない。
特に保守性が強い魔族の国では。
さらに彼女はまだ子供。
そのハードルはさらに数段階高くなる。
それにもかかわらずグワラニーはデルフィンを傍らに置き続ける。
その理由。
それはこの時点ですでに祖父を凌駕し、勇者チームの一員であるあの男に匹敵するという彼女の魔術師としての驚くべき能力にある。
そう。
常に少数で多数を相手にすることを余儀なくされているグワラニーにとって彼女を手放すわけにはいかなかったのである。
もっとも、自らの生存と利益のための婚約であるというものの、グワラニーが少女を邪険にしているということはなく、時間を見つけては顔を合わせている。
実をいえば、この日彼女の祖父アンガス・コルペリーアの屋敷を訪ねた理由もその類のものであった。
だが……。
「……魔法無効化結界?そのような魔法が存在するのですか?」
アンガス・コルペリーアから唐突にやってきた言葉に、グワラニーがその具体的内容がわからぬまま反応してしまうと老魔術師はニヤリと笑う。
「ああ。ただし……」
「それを行使するには膨大な魔力を必要とする。大部分の魔術師は展開することすら叶わん」
「魔術師長は?」
「当然できる。だが、扱いが非常に難しいうえ、時間的な制限もついてくる」
「と言いますと?」
「一セパもない」
一セパ。
この世界の時間の単位であり、別の世界の時間で示せば八十三分強となる。
……たしかにその時間内に戦闘にケリをつけるのは難しい。
……だが、それにもかかわらず、この場で何の前触れもなくそれを持ちだしてきたということは、もうひとりは違うということか。
……つまり、それを尋ねろということだろうな。これは。
アンガス・コルペリーアの意図を汲み取ったグワラニーが口を開く。
「ちなみに、デルフィン嬢は?」
「……半日ほどになります。グワラニー様」
この世界の半日とは昼間の半分である五セパ。
つまり、五セパとは別の世界の七時間を少し切る程度。
「……すごい」
……これがこの国のトップの魔術師と言われる魔術師長とデルフィン嬢の差ということか。
「ちなみに、魔術師長がこの世界最高の魔術師のひとりという、勇者一行に加わる魔術師は?」
「私の見立てで言えば、あの男の魔力量はデルフィンとほぼ同じ。だが、この魔法に関する習熟度でデルフィンの上をいくことはあるまい」
「なにしろ、この魔法は魔法自体を否定するもの。しかも、この魔法を展開しているときには術者自身も他の魔法は使用できない。その強大な魔法を戦いの核に据える勇者一行にとっては有益なことはひとつもない。だから、たとえ会得していてもそれを使いこなす鍛錬などしていないだろう。だが、デルフィンは違う。この時点でも完全に使いこなせている。私を含めて他の誰にもできない結界の形を変えることも可能だ」
そこからアンガス・コルペリーアとグワラニーとの問答が始まる。
「まあ、その名のとおり。この魔法は対魔法に特化しているので、物理的な移動は自由になる」
「つまり、領域内の出入りは自由ということですか?」
「そうだ。そこが通常の結界とは違うところだ」
「……ちなみに魔法でつくられた火球は?」
「制限されるのは魔法の行使なので、結界の外からであれば当然やってくる。その点は注意すべきだな」
「承知しました」
「そうなると、この魔法を避けるために防御魔法を常に施せばいいわけですね」
グワラニーの口から、提案という形で新しい問いがやってくると、それを受け取った者は再び黒味を帯びた笑みを浮かべる。
「まあな。だが、その状態で結界が張られたら、結界が張られた部分には立ち入れない。つまり、周囲が結界となれば移動できないどころか動くこともできないということになる。それはその者にとってさらに厄介な状況になる」
「まあ、そういうことで魔術師はそのようなものに出くわしたらすべての魔法を解除して自身の足で逃げるに限るというわけだ。さて、まだまだ細かい説明はあるのだが、凡そはそのようなものだ」
……これはいい。
グワラニーは実感の籠った言葉を心の中でもう一度口にする。
……もちろんこれまでは効果的な戦う手立てがなかった勇者チーム。この魔法は彼らに対しての十分に効き目のある一手になるのは間違いない。
……だが……。
……まずは目の前に迫ったマンジュークの防衛戦。
……その最も重要なあの場面でこれは使える。
……すでに準備はしていたが、完璧な形で成功する可能性は半々。場合によっては相当な被害が出ると思っていたのだが……。
……これでより安全にことが進められる。
……それはマンジューク防衛戦の計画の変更だ。
……そして……。
……これで完全に詰みだ。




