辺境で起こった喜劇
しばらくの間、グワラニーは戦闘とは無縁な時間を過ごすことになる。
むろん、それは領地として与えられたクアムート周辺の経営に専念したからであり、表面上はその通りである。
だが、魔族の国を取り巻く状況を考えれば、強力な戦力を有する有能な将軍が悠長に領地の経営などおこなっていられる状況にないのはあきらか。
では、なぜそのようなことになっているのか?
その理由のひとつが魔族の国の王位へ進む道のりにある。
人間の国の王は受け継いだ血によって決まる。
血統主義。
または世襲制度。
特別な事情がないかぎり、王の子が次の王となる。
そうでない場合でも、王の親族から選ばれる。
だが……。
王の子は次の王にはなれない。
これが魔族の国にある王位継承に関わる厳格な定め。
むろん、王の家族、いわゆる王族は厚遇される。
だが、特権として与えられるのはあくまで待遇のみで政治的力は一切なく、もし、王の息子やその一族が王位を目指すのであれば、それにふさわしい実力を示さねばならない。
そして、実際に王を目指した王の子は過去十八人。
その望みを叶えたのはゼロ。
すべてが戦死という形で幕を閉じている。
ちなみに魔族の国では、王位に就いた者は名を失う。
王がその名となる。
それは魔族がこの世界を支配していた頃から慣例であり、死後も「第〇〇代目の王」という表記になる。
ついでにいえば、魔族の国も~王国という名はない。
これも王の名と同じく、この世界はすべて自国領という概念からのものである。
だが、人間と交渉するにあたってこれは非常に不便であり、グワラニーはやむを得ず「魔族」という人間による蔑称を使用することになる。
さて、現王は次の王位を与える条件を示していた。
それは誰もが納得する戦果。
誰もが納得する戦果。
王は、それが具体的に何かは示していない。
だが、想像はつく。
忌々しい勇者一行の殲滅。
むろん、この戦いを勝利に導いた者が第一功なのだが、その障害となっている勇者一行を排除すれば、現有彼我の力関係を考えれば戦いの勝利などどうにでもなる。
つまり、勇者一行の殲滅こそその戦果。
そして、次王を目指しているのはふたり。
魔族軍司令官のガスリンと副司令官のコンシリア。
魔族の国の中でも実力主義の色彩が特別に濃い軍において五級戦士から始めてこの地位を得ているのだ。
ふたりがこれまでどれほどの武功を上げてきたは言うまでもないだろう。
だが、ここに来て、彼らとは独立した勢力が台頭してきた。
言うまでもない。
アルディーシャ・グワラニーである。
グワラニー軍の初陣となる後方攪乱策は確かに予想もしなかった戦果があり、効果もあったが、所詮は小細工。
そう取り繕って軽く流した。
だが、救援停止のための理由、別の世界における人柱役として送り込んだクアムートでノルディア軍を蹴散らしてクアムートの救援に成功、さらに捕らえた捕虜を使ってのノルディアを戦線離脱に追い込んだ手腕は無視できない。
いや。
これだけの戦果は自分たちが長年積み上げてきたこれまでの戦果を遥かに上回るもの。
このまま自由にやらせていては差が広がるばかり。
どうするべきか?
そこで思いついたのが、とりあえず領地経営に専念させ、グワラニーに戦場に立たせないこと。
だが、これだけでは戦況は改善しないし、自分たちの功もならない。
グワラニーがクアムートに引きこもっている間に華々しい戦果を手に入れなければならない。
むろん、そんな策があるなら現在の状況にはなっていない。
とりあえず、前線に更なる部隊を送り込み、多少なりとも押し返すしかない。
特に、魔族の国の生命線である鉱山地帯を抱える南部の渓谷地帯では。
グワラニーは与えられた領地経営に専念せよ。
それが陛下から特別に領地を与えられた者の務め。
グワラニーは一介の将軍。
総司令官ガスリンから言い渡された命に従うしかない。
それがどのような意図によるものかがわかっていても。
「まあ、戦線を好転させる必要はあるのだ。そのうち泣きついてくるだろう。それまでの間、お言葉に甘えて領地経営に専念することにしようか」
半ば自身に言い聞かせるようにグワラニーはそう言った。
そして、近い将来「新市街地」と呼ばれ、「北の都クアムート」の中心となる地域を造営し始めたところで、グワラニーにある問題が提示されていた。
各宗派からやってきた施設造営の要望である。
グワラニーは「好きなところに建てれば……」と言いかけたのだが、報告にやってきた軍官のひとりが差し出したそのリストを見てすぐに考え直す。
……さすがにそうはいかん。これは。
心の中でそう呟く。
「少しだけ待つように。新市街地の区割りは町の防御など全体を眺めながらでないとできないから……」
もっともそうであるが、実をいえば、とってつけただけの言い訳だったその言葉で、とりあえずその話を門前払いにする。
時間をつくるために。
そして、グワラニーが例のリストを見てから数日後のクアムート城の一室。
「さて……」
グワラニーは目の前に並ぶ部下たちを眺めて呟く。
……会議自体は頻繁におこなわれているが、このメンツでおこなうのは久しぶりだな。
……懐かしい気もするし、新鮮だな。
豪華とは言えない木製テーブルを囲むように座る彼らは、グワラニーが軍官と呼ぶ彼の命によって動く官僚組織に属する者たちである。
もともとはグワラニーが拡大する自らの部隊、その後方支援組織強化を意図して編成したものだったのだが、その有能さを目の当たりにした王より魔族の国の官僚である文官という組織が担うべき仕事の重要部分についてもおこなうように命じられていた。
そう。
この時点でグワラニーは国の裏方を手中に収めていた。
やや過剰な負担に思えたその仕事だったが、彼らが持つ才は十分にそれをおこなうに足りるものであった。
むろん、それをおこなうにふさわしいだけの増員は図られてはいたのだが。
そして、高額の報酬目当てに自薦他薦その他諸々でやってきた究極の買い手市場から厳選され新規に雇用された有能な文官のひとりが、今回の問題を持ち込んだ男、ベンジャミン・セリンゲイアス。
現在新市街地建設の責任者を任されている者となる。
そして、実際に現在新市街地建設の責任者であるセリンゲイアスのもとを訪れたのは三十二に及び、さらに書類によるものをあわせればその数は三桁に届くものとなる。
さすがにこれだけの組織に「好きな場所に好きな大きさにどうぞ」などといえば、新市街地がさながら宗教施設の見本市になりかねない。
「……この数の宗派から申請となれば、建設場所やその広さについては、やはりこちらで制限を加えざるを得ないと思うのだが、これについて諸君の意見を聞こうか」
グワラニーのその言葉で始まった会議は、まず最側近であるバイアの提案から動き出すのはいつものことである。
「我が国の信仰の中心となっているラームとイアーフの神を祭る神殿は必要でしょうね」
そう。
バイアの言うとおり、魔族の国だけではなく、人間世界を含めて宗教はそれぞれラーム、イアーフと呼ばれる太陽と月が信仰の中心となっている。
そして、そのことからこの国、というかこの世界では昼が長い期間をラーム季、夜が長い期間をイアーフ季と呼ぶ四季ならぬ二季制を採っている。
……まあ、これを反対する者はいないだろう。
……問題はこれからだ。
グワラニーは心の中でそう呟く。
そして、外れようもなくそれはやってくる。
「まず地方神は外せないだろうな。やはり……」
「となると、クアムート周辺の地方神ということか」
「……北峰山信仰」
「つまりバハリーア神を祀る祠。クアムート城内にも立派なものはあるが、新市街地にも置かねばならないだろうな」
「そうなると、王都からの移住者が多いのだから、グアチェラテ神も祀らねばなるまい」
「そうだな。しかも、グアチェラテ神は豊穣を司る神であるし……」
「だが、そうなると、同じ湖に関わる神としてこの地の水を供給地であるクアムート湖の神であるカスアリーダ神も祀らねばならなくなる」
「ああ」
……まあ、予想はしていたのだが……。
……止まらないな。これは。
グワラニーは心の中で呟き、自嘲気味に薄い笑みを浮かべた。
魔族の国は信仰の自由が認められている。
結局のところ、神殿や祠の建築申請があったものはすべて認めざるを得ない。
一部の宗派だけを除くわけにはいかないのだ。
そして、信じられないことではあるが、魔族の国にはこの世界とは別の場所にある某国と同じ八百万の神々が存在する。
太陽の神、月の神から始まり、それぞれの地方の神はもちろん、火の神、水の神、山の神、川の神、出産の神、死の神……、最後には髪の神まで登場する。
「神様の特別な日に悪いことをすれば罰があたる。そして、毎日がどこかの神様にとっての特別な日だ。だから、悪いことはやってはいけないのだ」
このような形で親が小さな子供の躾に使う常套句にも登場するくらいに。
……まあ、面倒ではあるが、この程度のことは許容範囲。
……宗教が政治決定のすべてに影響を与える、一神教や国教がある国に比べれば遥かにいい。




