クアムート領有
グワラニーの要求などすぐさま蹴り飛ばしたい。
だが、コンシリアは先ほどの失態を取り戻し、さらに自身の器の大きさを見せる必要があり、それはできない。
渋々だがグワラニーの要求に応じる。
むろん、過剰な演出を加えて。
一方、単純な脳筋をあっさりと罠に嵌めたグワラニーは深く頭を下げ完璧なまでの感謝の言葉を述べたものの、見えないところでどす黒い笑みを浮かべていた。
そして、口を開く。
「たとえば、私ひとりがクアムートに移り住むのなら問題ありません。ですが、将軍の要求は、私だけではなく私の配下にある全員。さらにその家族まで。その全員がクアムートに強制的に住まわせるとなれば当然それなりの根拠と特典が必要となります。なにしろ彼らの多くはこの王都やその周辺に自らの家を持ちその土地で友をつくり生活しているのです。そのすべてを捨ててクアムートに移り住むことを要求しなければならないのですから」
「まず、この命令を陛下からいただきたい。配下とその家族全員にこれまでの生活のすべてを捨ててクアムートに行くことを納得させるには私はもちろん、申しわけないのですが将軍の言葉であってもまだ軽い」
「そのように私に命じていただくように将軍から陛下にお願いしていただきたいのです。それから、もうひとつ。陛下のその言葉には我が配下がそこに移り生活をするという希望と決意を持たせるだけの何かを加えていただきたい。具体的には……クアムート周辺を我が領地としていただきましょうか」
「図に乗るな。貴様だってそんな前例がないことを知っているだろう。そのようなできもしない高望みは貴様が陛下に直接お願いしろ。そして、蹴り飛ばされ恥をかけ」
当然のようにやってきた怒号のようなコンシリアの言葉。
だが、この要求こそ、ここまで組み上げたグワラニーの策の中核となるもの。
引くはずがない。
毅然としてそれを拒否するように言葉の鎖を引く。
「いいえ。私だけではなく配下やその家族までクアムートに移住せよという極めて理不尽な命令をしたのは将軍です。それに対する最低限の要求であるこの条件を陛下にお願いするのはその命令をした将軍がやるべきことです」
「馬鹿々々しい。では、前言を撤回する。貴様ひとりがクアムートに行け」
「そうはいきません。私はすでに将軍の命令を承諾しています。それなのに将軍は自らが口にした言葉に伴う義務を果たさない、いや果たせないばかりか、自分の最低限の義務すら果たせない無能さを隠すため自らが一度口にした言葉を簡単に翻す。これは最低の中の最低の人間でもそう簡単にはおこなわない恥ずかしい所業と言わざるを得ません」
「そして、これほどの卑しい行為を易々とやってのける方が恥ずかし気もなくこの神聖な場に存在しているとは驚きの極み。いやいや、下劣な人間でもできないような恥を恥と思わぬこのような言動はコンシリア将軍以外の誰にもできぬ歴史に残る偉業。その場に立ち会えたのは最高の栄誉」
「き、貴様。言っていいことと悪いことがあるぞ」
「では、これは言ってもよいことといえます。なにしろ、すべてが事実なのですから」
「なんだと。死にたくなければその言葉を今すぐ取り消せ」
「お断りします」
「ふたりともそこまでにしろ」
再び始まったそれは果たしなく続く、そうでなければ、挑発に乗った一方の激発で双方にとって悲劇的な結末を迎えるしかない。
誰もがそう思ったその時、それを止めた言葉はその場を支配する者からの口から発せられたものだった。
そして、その一瞬後、同じ者からこのような言葉が放たれる。
「いいだろう。クアムートでの大勝利に加え、ノルディアを戦線から脱落させたグワラニーの功は金貨をいくら積み上げても追いつかないものだ。さらに言えば、グワラニーにはノルディアからまき上げた途方もない大金がある。金貨などもこれ以上もらってもうれしくないだろう。そういうことで今回の功に対し、特別にグワラニーがクアムート周辺の領有を認めることにする」
魔族の国はどれだけ功がある者に対しても領地を与えることはしてこなかった。
それは権力を持った者がそこを拠点に叛乱を起こすことを防ぐという理由による。
そして、それによってこれまで王は常に絶対的な権力を保持してきた。
王の言葉はそれを破るもの。
むろんそれだけの功がグワラニーにあったのは事実。
だが、王が領地を与えることにしたのはそれとは別の理由だった。
コンシリアの暴走。
その尻ぬぐいである。
もし、そうしなければ、王の権限を犯した命令をおこなったコンシリアを罰せねばならない。
コンシリアが簡単に代わりの利く程度の者であるのならそうしたことだろう。
だが、コンシリアは剣士としても軍指揮官としても非常に有能。
さらに軍内に大きな派閥を持つ。
切りたくても切れない事情が王にはあったのだ。
ノルディアは脱落したが、残りの国は健在。
そして、勇者を止める術がないことは変わらぬ。
つまり、滅びが遠のいたわけではない。
そのような状況で領地を得てもそれほど利があるわけではない。
最終決戦時の貴重な戦力であるコンシリアを失うより領地をくれてやったほうが千倍いい。
それほど欲しいというのならくれてやる。
それが王の心の声。
「……境界については後で定めるが、クアムート城周辺の土地をグワラニーに与えることにする。あわせて、プライーヤが守るクアムート城を含むその方面に対する警備はおまえの責任下でおこなうものとする。よいな」
「ありがたき幸せです。陛下」
……まあ、当然こうなるな。だが、欲しかったノアの箱舟が手に入った。
王の心の内を読み切ったグワラニーは心の中でそう言って笑みを浮かべるものの、王の心の声を待つまでもなく、まもなく王都に勇者がやってくる状況で領地など手に入れてもそれほど利はない。
これは事実。
だが、ある条件が加わると、その状況は劇的に変化する。
王や軍幹部は王都イペトスートとともに運命をともにするが、自分もそれに殉ずるかといえば、そうではない。
這ってでも生き延びる。
その手段として、魔術師による転移魔法で移動し続ける。
だが、その際に問題になるのは家族だ。
……だが、こうして王都とは離れた場所、しかも、敵の進攻ルートから外れるクアムートに自分や部下の家族をすべて置けば、王都の混乱に巻き込まれることはない。
……しかも、クアムートを拠点にした場合、唯一の不安材料だった勇者の出現もノルディアとの非公式な休戦によって消えたといっていい。
……なぜなら、勇者は平和の使者を自称している。曲がりなりにも平和になった場所に再び戦果をまき散らすようなことはできないのだから。
……そういう意味からも休戦ラインを警備しているノルディア軍の将兵は我々の番犬のようなものだ。
……まあ、そのような意図はなくても結果的に我々のために働くのだ。時々鼻薬を嗅がせることも必要であろうな。




