戦争屋対戦略家
魔族の国の王都イペトスート。
その日、ノルディアとの間でおこなった大金と引き換えとなる捕虜返還と休戦協定の締結について王に報告にするため王都に戻ってきたグワラニーは軍の幹部たちに詰問されていた。
「……貴様。陛下の裁可も受けずに敵国と勝手に休戦条約を締結するとは何事だ」
「それだけではない。休戦条件に占領された地を放棄することを含めているとはどういうことだ」
「だいたい五千人の敵兵を治療したうえ帰還させるとは利敵行為そのもの」
「しかも、人間を我が軍に引き入れただけではなく、一隊を指揮する者に据えるとはどういう了見だ」
王の前ということもあり威勢の良い言葉が怒号という形に変えて次々とグワラニーのもとにやってくる。
真剣な表情とは裏腹に実はそのすべてを右から左に聞き流していたグワラニーはその波が一旦収まると、そのなかのひとつの発言をした者に視線を向けて口を開く。
「捕らえた敵の処断は司令官の裁量のうちにあると我が軍の軍規にあります。私はそれに従って処置しただけであり、それについて部外者が口出しをするのは越権行為でしょう」
たしかに魔族軍の軍規には捕らえた者の処遇を決める権利はその軍の司令官にあると記されている。
そして、クアムート戦ではその指揮官はグワラニー。
グワラニーが口にしたその言葉に偽りはない。
だが、それとともにその軍規には明確に記されていないものの、それはその場で殺害するか奴隷として連れ帰るかの選択であって捕らえた者を母国に返還するなどということは想定されていなかったのも事実である。
「言ってくれるではないか。グワラニー」
自らの言葉に対して冷静に反論された将軍アラルゴン・フェイジョが口から泡を飛ばしながら乱暴な言葉を吐き出すが、その後が続かない。
予想もしなかった言葉を返され、次の言葉が思い浮かばず口をもごもごと動かすだけの同僚に代わってグワラニーに対して強烈な言葉を投げつけたのは軍の副司令官コンシリアだった。
「さすが文官あがり。文言を自分に都合の良いように解釈するのはお手のものというところか。だが、他国と条約を締結することは軍の司令官の権限にはないぞ。それこそ、越権行為であろう。違うか、グワラニー」
その瞬間、複数の同意する言葉と、その数十倍に及ぶ同じ意味を持つ心の声が飛び交う。
だが……。
……この程度の言葉で私に勝とうとは驚きを通り越して同情を禁じ得ないな。
その心の声の主であるグワラニーが黒い笑みを湛えて口を開く。
「コンシリア将軍のおっしゃること、私もそのとおりだと思います。たとえどのようなものであっても条約の締結は陛下の裁可が必要であり、軍の司令官ごときが勝手におこなえるものではありません。そして、もちろんですが、私もその程度のことはわかっております。元文官ですので」
倍返しよろしく慇懃無礼の見本のようなグワラニーの言葉にはもちろんすぐさま苛烈な怒号が返される。
「寝ぼけるな。私は貴様がそれをやったのだと言っているのだ。グワラニー」
実際にそうなのだが、軽くあしらわれたと感じたコンシリアの声が大きくなるのは当然である。
だが、言われた方は動じない。
やってきた多数の怒号をすべて受け流し、心の中でその相手に対し最高級の侮蔑の言葉を呟いたグワラニーがもう一度口を開く。
「申し上げにくいのですが、私は陛下の忠実な僕。そのようなことはおこなったことはありませんし、今後もおこなうつもりもありません」
明々白々の事実の前でのその言葉。
解せぬ。
そんな表情を浮かべるコンシリアを侮蔑の視線を送りながらグワラニーは口を開く。
「今回の件は、クアムート防衛策の一環として出した、『あなたがたがこれからも生き残るためにここで戦いをやめてはどうか』という私の提案を、受け入れる以外に選択肢を与えられなかったノルディア王がそれに応じただけのことであり、条約を結んだわけではありません」
「そもそも、条約とは対等またはそれに準ずる者同士がおこなうものであります。ですから、国の大小はあれども人間の国同士が条約を結ぶことになんらおかしなところはありません」
「だが、我々は違う。なんと言っても我々は彼ら人間を支配する立場にあるのですから。つまり、支配する者である我々が支配される者である人間の国と平等な関係によって結ばれる条約を結ぶことなどあり得ないことなのです」
「ですが、コンシリア将軍は我が国が人間の国と条約を結んだと強硬に主張する。寡聞にして私は存じ上げておりませんでしたが、どうやら将軍は下等で下劣な生き物である人間を慈しみ、さらに彼らを我々と同等の存在と認めるような開明的な考えをお持ちだったようだ」
「……貴様」
グワラニー自身は爪の先ほども思っていないことを並べ立てたそれは、選民意識の高い魔族のなかでも日頃からその感情を露わにしているコンシリアに対する何重にも練り込まれた皮肉の言葉。
到底コンシリアが耐えられるものではない。
「もう我慢ならん。貴様はここで殺す」
「待て」
目を血走らせ、グワラニーを力でねじ伏せようと乱暴に立ちあがりかけたコンシリアを制する声が部屋に響く。
「そこまでだ。コンシリア。グワラニーも私には上席にある者に対して少々配慮が足りないように思える。それから、忘れている者もいるようなのでついでにもう一度言っておこう。我々が命をかけて戦う相手は人間どもである。理由がどんなものであろうと、そして場所がどこであろうと仲間同士の命のやり取りは絶対に許さぬ。いいな」
それが王の言葉である以上、どのようなものであろうが従わねばならない。
だが、怒りが収まったわけではない。
やり場の怒りをぶつけるようにコンシリアはしばらくグワラニーを睨みつけていたものの、やがて声を震わせながら口にした謝罪の言葉とともに深々と頭を下げ、グワラニーもそれに続くと、王は頷き、言葉を続ける。
「では、私からグワラニーに尋ねる。今回の件をノルディア国王に飲ませたことで我が国はどのような利を得られるのか?」
……このひとことだけで王は他の奴らとは格が違う。
表面上のものとはいえ、自らが忠誠を誓い仕える者をグワラニーはそう評価した。
もちろんその不遜ともいえるその感情をグワラニーは言葉にも表情にも表すことなくもう一度深く頭を下げてから口を開く。
「それは……」
そこから始まったまさに立て板に水のごとく。
よどみなく説明するグワラニーの言葉をすべて聞き終わった王が再び口を開く。
「なるほど。すべて理解した。その件はすべて了解した」
その短い言葉。
それはその説明だけで王はすべてを把握したということだ。
だが、全員が王と同じように理解したわけではない。
その代表が口を開く。
「グラワニーに尋ねる」
「おまえの言葉が正しく、ノルディアから根こそぎ金をふんだくり、手足を縛って動けなくしたというのであれば、なぜ休戦を申し込む?逆進して王都ロフォーテンを落とし、そのまま我々にとって最大の敵であるブリターニャ領に攻め入ればいいだろう」
……ガスリンよ。だから、お前たちはダメなのだ。
グワラニーは心の中でそう呟く。
……戦争とは目の前の敵を相手に剣を振り回しているだけではだめなのだ。
……いい機会だ。馬鹿なおまえたちの前でそれを証明してやる。
「ガスリン司令官の問いにお答えします」
「たしかに今のノルディア軍が相手なら五千人にも満たない私の軍単独でもロフォーテンを落とすことは可能なのかもしれません」
「ですが、それをおこなわないのは、説明するまでもない簡単な理由があるからです」
「先ほど言いましたようにあれだけ弱体化していれば我が配下だけでもロフォーテンを落とせるかもしれません。そして、言うまでもなくロフォーテンはブリターニャとの国境まで目と鼻の先。地図上でいえば、そこからブリターニャの王都サイレンセストを目指すこともできます。ですが、これこそが問題なのです」
「どういうことだ?」
「ブリターニャが予備兵力として自らの王都までの中間地点に配置している兵力はどんなに少なく見積もっても百万人は下らない。おそらく我々がロフォーテンを攻め始めたことを知ったらブリターニャは救援と称してその百万人を送り込み、数日をせず我々のもとにやってくることでしょう。当然百万人という数は数千しかいない私の配下などではどうにかできるものではない。こちらも増援が必要になります。そして、百万人の敵を相手に勝利し、かの地を維持しさらに進軍を続けるのであればこちらも百万人。と言わなくても、最低でも五十万人の精鋭が必要となりますが、そのような兵を遠方に差し向ける余裕は今の我が軍にはない。違いますか?」
グワラニーの指摘でようやくそのことに気づき押し黙る将軍たちを眺めながらのグワラニーの言葉は続く。
「そもそも、どうやってそれだけの数の兵を増援としてロフォーテンに送り出すのですか?さらにその後も戦いを続けるその兵たちを支えるだけの食料や武器の補充は?」
戦いは補給がすべて。
そして、その成否は輸送力で決まる。
それを「馬鹿でもわかるように」具体的に説明をした。
むろん、反論できる者はいない。
再びグワラニーの圧勝だった。




