将軍と国母
それから少しだけ時間が進んだクアムート城内の大広間。
死ぬ覚悟をしていたアーネスト・タルファにとってはまったくの予想外だった盛大な歓迎式典の場でグワラニーは元ノルディア軍将軍にある提案をしていた。
自らの配下になること。
それがグワラニーの提案であり、タルファの答えはむろん否。
「理由をお伺いしましょうか?タルファ将軍」
グワラニーの問いにタルファが答える。
「聞くまでもない。我々は今でも敵同士だ。しかも、私は将軍という立場を陛下から与えられた者」
「……今は将軍ではなく、元将軍でしょう」
「……自らは将軍と呼びながら、堂々とその事実を口にする。言ってくれるな。魔族」
タルファは目の前の男を罵る言葉を吐く。
「……それに……」
「私が多くの捕虜の代わりとしてここに来る条件に将軍の地位の復活と国葬、当然そこに理不尽に押しつけられた不名誉を晴らすことが陛下から約束されている」
「なるほど。それはすばらしいことです。ですが……」
「偽りの約束でしょうね。それは」
グワラニーはあっさりと、だが、ハッキリとそう断言すると相手の顔に視線を向け、不満の塊と言わんばかりのその表情に薄い笑みで応じる。
「国王を侮辱するな。そう言いたそうですがその程度の男ですよ。ノルディア国王は。まあ、王族の血は平民の百億倍高貴などと考えている愚かな王が相手でなければ、私は大国が傾くほどの大金を手に入れることはできなかったのですから、ノルディアの王に感謝すべきなのかもしれませんが。ですが……」
「ノルディア王が愚かでなければ、多数の兵を母国に連れ帰り英雄と称えられるべきあなたがあれほど貶めることはなかったはず。違いますか?」
短い言葉で核心を突きタルファを黙らせたグワラニーは少しだけ時間をおき、再び口を開く。
「では、こうしましょう。ノルディア国王の言葉が正しく、あなたの地位が復活されていれば、私は先ほどの提案を取り消しましょう。ですが、さすがにあなたのような優秀な者に大軍を率いられては不都合だ。帰国させるわけにはいかない。今後あなたがたは私の賓客としてこの国で暮らしていただく。もちろん賓客と言ったからにはそれ相応の待遇を保証します。少なくてもパンひとつ購入するのに金貨を要求されるようなことはありません」
タルファは黒い笑みを浮かべる。
「賓客とは笑わせる。魔族の国ではどうか知らんが、文明国ノルディアでは軟禁する者を賓客とは呼ばない。だが……」
「とりあえず私はおまえたち魔族に大金で買われた身。すべてを承諾した。それで、万が一、そうでなかった場合は?」
「当然あなたには私の提案を受け入れていただく」
「つまり、配下になれと?」
タルファの言葉にグワラニーは頷く。
「配下と言ってももちろん一兵卒として戦場で働けということではありません。残念ながら私には軍の地位を与える権限がないので非公式なものとなりますが、将軍格ということで私の部隊に入ってもらいます。私も、そしてここにいる将軍たちもクアムートからの撤退するときのノルディア軍には舌を巻き、それを指揮したあなたの力量を高く評価しています。あなたにはその才を我が軍で振るってもらいたいと思っています」
グワラニーの言葉に同席しているふたりの将軍は同意するように頷く。
だが、タルファ本人といえば、再び黒い笑みでそれに応じる。
「……将軍格?つまり、魔族兵を指揮するということか。この私が?」
実を言えば、この言葉に続くはずだったタルファの言葉は正しい。
この世界のどの歴史書を紐解いても裏切り者でもないかぎり、先日まで戦っていた敵を率いて味方だった軍と対峙した者などない。
いや。
裏切り者というその僅かな例外だってあくまで人間の世界での話であり、人間が魔族軍を率いるということになれば、この世界の歴史をどこまで遡ってもそのような事例は存在していない。
「そもそもつい先日まで敵だった者の指揮を受ける者などいるわけがない。まして、私はおまえたちが軽蔑している人間だぞ」
その声に籠る感情が表情に滲み出ている男の顔を眺めながらグワラニーがもう一度口を開く。
「ありえないことだと言いたいようですね。たしかにあなたの戦歴を知れば兵のなかにはわだかまりを持つ者はいるでしょう。ですが、それはあなたが自らの実力を示し納得させればいいことです。我が国、特に軍においては実力と結果がすべてであり、血縁や家柄はまったく価値を持ちません。そして、その証拠が私と私の部隊です。私はご覧のとおり我が国における下層に位置する人間種の若造。だが、こうやって純魔族の将軍や騎士たちを差配している。さらにいえば、我が部隊の次席指揮官も人間種であり、それについて不平を言う者はいません。なぜか?それは実力を示したからです」
「つまり、相応の実力があれば人間が魔族を指揮して戦うことも可能ということなのか」
タルファの表情が少しだけ変わる。
「……よろしい。窮状を救ってもらった恩もある。そちらについても承知した」
「それで、いつ行く?」
「すぐにでも」
それから数日経ったノルディア王国の都ロフォーテンの夜。
実はこの地には存在してはいけない者たちなのだが、それなりの身なりをしているため、そうだとは誰にも気づかれないふたりの男と少女という妙な組み合わせの三人組が町中を歩く。
彼らの目的。
それはある男の話を聞き出すこと。
だが、返ってくるのは国民思いの国王が大金を払って捕虜になった兵士たちを連れ戻した話ばかりで、元将軍タルファが家族とともに身代わりとして魔族の国に向かったことなど誰の口の端に乗ることはない。
まして、名誉が回復され国葬にされることなどその欠片ほども彼らの言葉には存在しなかった。
たまらず年長の男は、実は自分であるその男について質すと、告げられたのはさらに悪い話だった。
「……その卑しい人柄にふさわしく一家でこそこそと夜逃げした」
叫びたい感情をどうにか抑え込んだ男が小さく呟く。
「……そうなったか」
「やはり」
そう。
実を言えばタルファも薄々はわかっていた。
こうなることを。
だが、少しだけ期待をしていたのも事実。
残念ながら、タルファの希望は叶えられなかったのだが。
「……それまですべてを捧げた国に見捨てられた私を、先日まで命のやり取りをしていた魔族が厚遇で迎えると手を差し伸べる。まったく理解できない事態だ」
「だが、約束は約束だ」
その翌々日正式発表される。
その男タルファがグワラニーの部隊に将軍格として加わることを。
「仕えると約束したからには私が持っているものすべてをグワラニー様に捧げることをお誓いしたします」
男はそう宣言する。
そして、ここからこの男の新しい人生が始まる。
それから、もうひとつ。
実は、タルファが将軍格待遇でグワラニーの部隊に加わった同じ日、彼とは別にもうひとりグワラニーの部隊に加わった人間がいた。
そして、これからしばらく経ってから公式にそれが発表されたとき、周囲に広がる驚きの輪はノルディア軍の元将軍が魔族の部隊を率いるという以上の大きなものとなる。
その人物。
いうまでもない。
後に「この世界の歴史上魔族に最も尊敬された人間」と紹介され、その死に際し多くの魔族が涙し、すでに非公式ながら彼女に対して使用されていた「国母」という称号を正式に与えられることになるアリシア・タルファである。
当然ながら、その女性アリシア・タルファはグワラニーの要請を断るものの、グワラニーも簡単には引き下がらない。
「もちろんそれは承知しています。ですが、それをおこなうのはあなたの夫であるタルファ将軍をはじめとした者たちの役目。私があなたにお願いしたいのは目の前にいる敵が何を考えているのか。それを教えてくださるということです」
「ですが、私の判断が誤りだった場合、多くの味方を死に追いやることになります」
「その責任を取るのは私であって、あなたではない」
その言葉にアリシアは折れる。
「……そこまでおっしゃるのであれば拒む理由はございません。承知しました。では、非才の身ながらグワラニー様のお役に立てるよう最大限の努力させていただきます」




