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エリート官僚はどこかの誰かに飛ばされた異世界で下剋上を起こして頂点を目指す  作者: 田丸 彬禰


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想定外の収穫

 アリシアのその言葉にその場にいた者はその意図について様々な種類の推測を用意した。

 むろん、その一番は諦めと家族の絆。


 タルファは自身の妻を見やる。


「しかし……」

「それよりも私は別のことを使者様にお伺いしたいことがあるのですが」


 夫を制するようにそう言ったアリシアはグワラニーを正視する。

 拒む理由のないグワラニーが小さく頷くと、アリシアがもう一度口を開く。


「そちらに出向くにあたり、持っていくものはどの程度にしたらよろしいのでしょうか?準備の都合もあるので是非教えてくださいませ」


 これから殺される者がそこまで気にするものなのか?


 一見すると場違い極みのようなこの問いにその場にいる大部分の者が戸惑い、口には出せない心の声が飛び交う。


 だが、その言葉の本当の意味を理解した者がひとりだけいた。

 いや。

 実を言えばその人物も疑っていた。

 自身が感じたことが本当に正しいのかと。


 半信半疑のグワラニーは少しだけ思考し、そのための言葉を選び出し、それを伝える。


「……さすがに現在ここにあるものすべてを持っていくのは難しいでしょう。ですが、大事にしているものはすべてご持参ください。ついでに言っておけば、我が国はこちらほど子供向けの品が充実しているわけではありませんので必要なものは余計に持ち込むことをおすすめします」


 アリシアは微笑みながら頷き、さらに言葉を続ける。


「それともうひとつ。こちらはお願いなのですが、私の年老いた両親も連れていきたいのですが、それは許していただけますか?」

「チョット待て……」


 すべてを察し、予想外の場所でとんでもない人物を発見し嬉しそうにするグワラニーと違い、真意がわからず妻の言葉に慌てるタルファに続き、ホルムが口を開く。


「夫人。だが、そうなるとご両親もあなたがたと同じ運命を辿ることになりますぞ。一応言っておけば、魔族側の要求はあなた方夫婦と子供のみ。ですから……」


 すべてを読み切ったものの、それをどこにも出すことはなく無表情を貫くグワラニー以外の者がうろたえるなか、上品な笑みを崩さないままアリシアが口を開く。

 

「お気遣いは無用です。私の両親は他に身寄りがございません。残しておいても辛いだけです。そうであるのなら一緒に連れていきたいのです。ホルム様」


 そして、女性の視線が動いた先にいるグワラニーが口を開く。


「……私もそれがいいと思います。その点については私の責任で上に承諾させますのでご安心を。ただし、二度とノルディアの土を踏むことはできないことだけはよくお伝えください」

「もちろんです」


「では、捕虜の方々との交換であなたがたがやってくることをクアムートでお待ちしております」


 ……捕虜の身代金の値引きの根拠を手に入れるついでにノルディアの元将軍アーネスト・タルファという大魚を釣り上げるつもりでここまでやって来たのだが、私はさらに大物を引き当てたようだな。


 グワラニーはそう呟き、薄い笑みを浮かべた。


 あれから四十九日が過ぎた。

 大小さまざまなトラブルが起こったものの、とりあえず魔族側は抱えていた五千人を超える捕虜のすべてをノルディアに引き渡し、その代わりとしてノルディア側がノルディア金貨六百億枚、正確にはそれと同等の各種金貨を受け取り、この日捕虜の返還手続きはすべて完了した。

 ちなみに、ノルディアはそのために国庫だけではなく、国中の金貨の強制徴収をおこない、さらに同じ方法で集めた金を使った装飾品もすべて鋳つぶして金貨を鋳造し直し、さらに交易における稼ぎ頭である別の世界でルビー、サファイア、エメラルドと呼ばれる赤石、青石、緑石、さらにこの世界で金以上に価値があるとされる虹石と呼ばれる別世界のオパール、その虹石の中での最高級とされノルディア以外では採掘できない、別の世界ではアレキサンドライトと呼ばれる貴石を売りまくって各国の金貨をかき集めた。


 つけ加えれば、ノルディアはこの世界では光石と呼ばれるダイヤモンドの産地でもあるのだが、この世界はカットの困難さもありダイヤモンドは不人気であり、その一番のお得意先となっているのが別世界での価値を知る大海賊ワイバーンの長であるバレデラス・ワイバーンとなっている。


 そして、ノルディアが支払いを完了する前日。

 つまり、八回に分けられておこなわれた人質返還作業の最終日。

 最後の捕虜となる王族の三人の代わりとして、妻と三人の子供、それから妻の両親とともにクアムートにやってきたノルディアの元将軍アーネスト・タルファは緊張の極致にあった。


 ……今すぐはともかく、明日か明後日には大勢の魔族の前で首を撥ねられる。

 ……何もわからずこうして楽しそうにしている何の罪もないこの子も道連れに。


 笑顔を振りまきながら自分にまとわりつく二歳の長男クリスティアンの頭を撫でながらタルファは心の中で呟く。


 ……それにしても。


 タルファは自分の隣を十五歳の長女アネッテと十歳のベネタというふたりの娘の手をつなぎ優雅に歩く妻アリシアに目をやる。


 ……それがわかっていながらどうして自分の両親まで刑場となるこの場所に同行させたのか。

 ……本当の理由はやはりわからない。だが、いずれにしても、原因はすべて私。


 ……申しわけない。


「あなた」


 暗い気持ちが心のすべてを埋め尽くし俯く男の耳に届いたのはその妻アリシアの声だった。


「城の方々が私たちを出迎えています」

「……ああ」


 気持ちの籠らない返事をしながらタルファは城門に並ぶ魔族たちをぼんやりと眺める。


 ……こいつらに殺されるのか。

 ……この手に剣があれば一太刀浴びせてやるものを。

 ……それにしても、これだけの者が出迎えるとは。

 ……しかも正装までして。

 ……ご苦労なことだ。


 様々な感情が入り混じった脈絡のない言葉を心の中で吐き散らかして、タルファは自らの置かれた立場に対して盛大な憂さ晴らしをおこなう。

 だが、改めて魔族の列を眺め直したタルファはあることに気づく。


 出迎えの列に並んでいるのは軍装から魔族の将軍や騎士たちで間違いない。

 だが、その中心にいるのは先ほどまで捕虜返還作業に立ち会っていた若い交渉人。


 先ほどまで小間使いのような仕事をしていたその男がこの中の最上位の地位にある者に見える。

 だが、あの年齢。

 そして、なによりもその若者は魔族のなかでは劣等種とされる人間の血が入った者。


 ありえない。


 混乱するタルファの表情に気づき、しばらくの間それを楽しむように眺めていたその若者の口が開く。


「お待ちしていました。タルファ将軍」


「改めて自己紹介をします。私の名はアルディーシャ・グワラニー。今回捕らえた捕虜に関わることのすべてを決めることができる者であり、先日おこなわれたクアムートでの戦いで援軍としてやってきた部隊の指揮官でもあります」


 グワラニーの言葉に豪胆なタルファも言葉を失う。


「……おまえがあの部隊の最高指揮官だと……」


 兵たちはもちろん将軍たちも男に対して最大限の敬意を払っていることからその言葉は間違っていない。

 そもそもこの場に及んで自らの地位を偽る理由がない。


 では、その最高司令官自ら単騎で敵の都に乗り込んできたというのか?

 わざわざ首を撥ねる男の顔を眺めるためだけに。


「最初に将軍の疑問を解いておきましょう」


 いよいよ収拾がつかなくなっているタルファの心の内を読み取った若者の口はそう言った。


「タルファ将軍が心の中で感じている疑問のとおり、そもそも首を撥ねるだけの人物の本人確認をするために危険を冒してまで敵の王都まで出向く必要などない。本物のタルファ将軍かどうかなど捕虜に確認すれば済むことなのだから。つまり、私にはそれとは別に出向く別の理由があった」


「私がロフォーテンまで出向いた理由。それはあなたが我々の考えているような人物なのかを事前に確認するためです。つまり……」


「我々は最初からあなたの首を所望していたわけではなかったということです」


「……何を言う」


 どす黒い笑みを浮かべたノルディア王国の元将軍の口からその表情に相応しい言葉が漏れる。


「笑わせるな。ホルムの話によればおまえたちは陛下に対して私を引き渡せば受け取る身代金を要求の百分の一に減額すると持ち掛けたというではないか。私たちの首を城門に晒し籠城中に苦労した者たちの鬱憤を晴らす以外におまえたちが私と私の家族をそれだけの大金をかけるどのような理由があると言うのだ?」


「つまり、タルファ将軍は私たちの考えがわからないということですか?」

「当然だ。私は人間だ。貴様ら魔族の考えていることなどわかるわけがないだろう」


 自らの問いに答えるタルファの言葉にその若い魔族は笑みを浮かべる。


「まあ、どうやらそのようですね。ですが、あなたの傍にいる方はとうの昔に私の意図を見抜いているようですよ」


「な、なんだと……」


 自らが口にした予想もしなかった言葉にうろたえるタルファからグワラニーと名乗った若い魔族が視線を移した先にはもちろん彼の妻がいる。


「おそらく奥様は我々があなたの屋敷にやってきた段階ですでにそれを察知していた」


「ただし将軍がそれを知ってしまえば、必ず顔や言葉に現れる。そうなれば、ホルム氏に気づかれるからです。奥様はそれを避けるためあえて将軍に伝えなかったということです」


 そう言ったグワラニーは視線を動かす。

 むろん、その先にいる女性は一礼する。


 つまり、正解ということだ。


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