ノルディアは彼の手のひらの上で踊る
「それで、こちらの提案に乗ってきますか?ノルディアは」
「乗るだろう。いや」
バイアの言葉にグワラニーは黒い笑みでこう答える。
「乗るしかない。なにしろ、そうでなければノルディアは崩壊するのだから」
そして、状況を考えれば外れようのないグワラニーの言葉は当然のように正解となる。
ノルディア王国の都ロフォーテン。
その王宮。
その中心にいる人物が口を開き、その情報を持って魔族領から戻ってきた男に言葉をかける。
「ホルムよ。身代金を値引きしてまで手に入れたいというタルファを魔族どもはその後どうするつもりだと言っているのだ?」
玉座に座るその男アレキサンドル・ノルデンの言葉に俯いたままで赤らめ顔のホルムがアルコール臭の漂う言葉で答える。
「家族全員とともにたっぷりと辱めたうえに公開処刑。そして、城門に首を晒すと。そのため生きたまま引き渡すことを要求しています」
「さすが獣らしいふるまいだ」
普段自国の兵たちが魔族の民におこなっていることを王がそう評す。
むろん、そこまで深く考えることもなく。
気まずい空気が漂う中、財務大臣で伯爵の爵位を持つアルフレッド・チルケネスが発言を求める。
「……ですが、ここは奴らの要求を呑むべきでしょう」
当然である。
国家財政を預かる者としては、国の崩壊に直結する今回の捕虜返還交渉には最初から反対だった。
しかも、財務を担う自分はそれによって避けられない国家崩壊に際し、まず責任を問われる立場。
反対できなかったのは、王の強い意向があったから。
すなわち、ここで反対すれば国の崩壊より先に自らのもとにやってくる惨事を恐れてのこと。
さらに言えば、王の強い意志がある以上、どれだけ反対しても結局決まるという諦めもあった。
だが、唐突にやってきた好機。
これをモノにしなければならない。
しかも、その対価は平民出身のあの全裸将軍とその家族。
躊躇う必要など爪の先ほどもない。
チルケネスは心の中で決心する。
「魔族どもは、望みが完璧に果たされるのであれば、現在の妥結額の百分の一で署名し直しても構わないと申しておるのですから」
当初の要求額の百分の一。
それでもまだまだとてつもない金額ではあるのだが、それでも大幅なプライスダウンであり、相手の要求通り金貨で支払いした場合でも、とりあえずノルディアは国家として残ることは可能となる。
「それは悪い話ではないな」
「そのとおりです。ハッキリ言えば魔族どもが要求し締結した身代金の額は我が国が十回滅びてもまだ追いつかないもの。最終的にはブリターニャやフランベーニュからの非難を承知で領地を差し出すしかないと思っていましたが、あの恥知らずを生きたままくれてやるだけで要求額が百分の一になるのならそうすべきと考えますが」
宰相の地位にあるアンドレアス・ラクスエルブ侯爵が口にした言葉に王は重々しく頷く。
そして、こう付け加える。
「タルファには死後名誉を回復してやるとでも言って現地で魔族に首を撥ねられることを納得させよ」
もちろん王が口にしたその約束は反故にされることをその場にいる全員は知っている。
だが、口には出さない。
災いが自らの身に降りかかることを恐れて。
外務大臣ベルコークがホルムを見やる。
「ホルム。そういうことで陛下の裁可はいただいた。その条件でもう一度証書を交わせ。タルファについてはこちらから話を通しておく」
「承知しました」
「……ところで、魔族側はタルファの家族も一緒に引き渡すことを条件のひとつとして要求しています。それについてはいかがいたしましょうか……」
ホルムは暗にその部分について再考を求めた。
もちろんそうなれば、グワラニーが指定した条件の完全履行ではなくなるのだが、そこは値引き額を減らすことで妥協できるよう交渉すればよい。
そして、自分ならそのような形で妥結させることはできる。
それがホルムの腹積もりだった。
だが、返ってきた言葉は非情そのものだった。
「家族も咎人同然なのだ。気にすることはない。一緒にくれてやれ。だいたい家族だって残されてもいいことなどひとつもないのだ。一緒に死ねるのは本望だろう」
言いたいことは山ほどある。
だが、ここでそれを言っても何も変わらぬ。
いや。
自身の未来に悪影響は齎す。
自らの暗い感情を飲み込んだホルムが再び口を開く。
「承知しました。それで、もうひとつの条件については……」
「その者が人間種であるのならそう目立つことはないだろう。その魔族が本人確認をしたいというのならタルファのもとに案内してやれ。とにかくここで抉れたら弟や王子たちは帰って来られなくなる。くれぐれも賓客として扱うように。だが、現在でも魔族は我々の敵。我々が魔族を王都に呼び込んでいるなどと周りの者に気づかれぬように。護衛は口が堅い近衛を手配する」
それが宰相の言葉となる。
その返答はすぐさま魔族側に伝えられる。
「それで、タルファを確認する役は誰に?」
「むろん私だ」
「グワラニー様自ら?」
「ああ」
バイアの言葉、そして、その表情はあきらかに拒絶の色合いが濃いものだった。
だが……。
「心配するな。奴らは私を害することはない。なぜなら、それをやれば捕虜は返還されない。たとえば私が今回のノルディア軍崩壊に導いた指揮官とわかればなにかしらのことをやってくる可能性はある。だが、私は交渉の際に偽名と偽りの肩書を使っている。そのような者を捕らえてもノルディアにとって損はあっても得はない。それに、私だって死ぬ気など全くない。十分な備えを考えてある」
そう言ったグワラニーはニヤリと笑う。
「デルフィン嬢を同行させる」
「自分の妹として」
「……彼女がクアムートで起きた大惨事、その第一撃を放った張本人であるなどとはノルディア側は想像もしない。いや、できない」
「当然了承する」




