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エリート官僚はどこかの誰かに飛ばされた異世界で下剋上を起こして頂点を目指す  作者: 田丸 彬禰


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金は武器に勝る

「もう一杯いかがですか。これはあなたの国でも相当な地位の方しか口にできないものと聞いていますよ」


 そう言ってグワラニーは大海賊ワイバーンを通じて手に入れたフランベーニュ産の特別な年につくられた葡萄酒入りの石壺をホルムの前に掲げる。


 見た目はともかく、相手は間違いなく魔族。

 警戒心がなくなったわけではない。

 だが、緊張を強いられた交渉が終わった解放感と、すでに体に入り込んだ大量のアルコールがホルムの心にあったそれを押しのける。


「いただこう」


 更なる一杯を口にした男を笑顔とともに眺めながらグワラニーは心の中で呟く。


 ……いい具合に赤くなってきた。

 ……そろそろよさそうだな。


 自らはまったく口にしないまま相手にはどんどん酒を勧め、目の前の男の注意力が大幅に下がったことを確信したグワラニーは過度といえるくらいに華美に演出されたその宴席を設けた目的のひとつを実行に移す。


「ところで、クアムートを包囲していた軍を率いていたかの将軍の武勇伝をお聞かせ願えますか?」


 この時点でグワラニーは捕虜たちへの誘導尋問からその男がアーネスト・タルファという名の平民出身の将軍であるという情報は得ていた。

 さらにタルファはクアムート侵攻の先陣として、大軍を率いて不可能に思えたあの山岳越えを敢行し、クアムート完全封鎖の成功に導いた傑出した人物であることも。

 さらに目の前でおこなわれたあの撤退劇。


 要注意人物。


 そう。

 今後再びノルディア軍と戦うときの障害になると思われるその男の情報は多いに越したことはない。

 酒の席での話であっても、立場が違う、まして権力に近い者の話であれば、新しい情報が得られるかもしれない。

 そのような気持ちから問いかけだった。


 だが、ホルムの口から飛び出したものはグワラニーにとってはまったく予想外ともいえる言葉だった。

 やや顔を顰めた男が口を開く。


「……あなたはノルディア軍の恥さらしであるその全裸将軍タルファの何が聞きたいのですか?」


 不機嫌さが滲み出すホルムの言葉にさすがのグワラニーも戸惑う。


 ……こいつは何を言っているのだ?


 その言葉にどのような意図があるのかを把握しないまま話を進めるわけにはいかないと判断したグワラニーは少しだけ違う方向に攻め手を見出すことにした。


「そ、その全裸将軍とはどういうことでしょうか?」


 目の前の男が口にした言葉にあったそれを取り出し、わざとらしいくらいに驚きながら問うたグワラニーの言葉に答えるためホルムはもう一度口を開く。

 そして、これまでで一番というくらいに饒舌になった男が猛烈な勢いで語ったのは、クアムートで見事な撤退戦を披露し、勇者たちの助力はあったものの多数の兵士を全滅の危機から救い、英雄として奉られているはずのタルファが帰国後にどのような扱いを受けているのかということだった。


 ……笑えないな。それは。


 ホルムが半ば怒り、もう半分で相手を嘲りながら語ったそのすべてを聞き終えたグワラニーは心の中でそう呟いた。


 ……たしかに戦いの後に捜索した者たちがノルディア軍のものと思われる高級甲冑を多数発見している。

 ……だから、甲冑を脱ぎ捨てて逃げたのは間違いないだろう。

 ……だが、重い甲冑を着たままで疲労困憊の者たちがパラトゥード隊の追撃から逃れて勇者たちがいたバベロまで辿り着いたかといえば、絶対に無理だった。

 ……では、戦えばよかったのかといえば、そういうわけではない。

 ……すでにクアムートを落とすことは不可能になりそこに留まることは戦略的に意味をなさず、応戦しようにも、もはや味方は敵を撃退するだけの戦力を有していない。

 ……その状況で戦っても多少の敵を道連れにして全滅するだけ。


 ……もちろんそれによって守られる幾ばくかの名誉はある。


 ……だが、自らの自己満足、いや自己陶酔だけで無駄な戦いをおこない、預かった多数の部下を死地に追いやることが指揮官の仕事ではない。

 ……たとえ戦場から逃げ出した者という不名誉を甘受してでも残った戦力をできるだけ多く本国に連れ帰り再戦に備える。

 ……それこそが敗者側の指揮官がやるべきことであり、タルファはそれを完璧にやり切った。


 ……つまり、あれは最善の一手。


 ……それなのに多数の兵たちを生きて帰国させたタルファが地位を奪われ蟄居させられているだけはなく、周辺の住民から本人だけではなく家族も「恥さらし一家」として日々迫害を受けているとはどういうことなのだ?

 ……それにクアムートでの大敗はタルファの敵前逃亡が原因ということも納得できん。

 ……もちろん一軍の将としての責を問われるのは理解できる。また、クアムート攻略部隊の幹部で生き残ったのが彼ひとりであるとのことなので、実際のものより責任が重くなるのもよくあることだ。だが、タルファがクアムートの包囲を解き撤退したのは趨勢が決まってからであり、ノルディア軍の大敗の原因ではないだろう。

 ……それなのに、そのことを知っているはずの助かった兵士まで加わってタルファを叩いているとはあり得ない話だ。


 心の中でそこまで呟いたところで、グワラニーは苦みを帯びた笑みを浮かべる。


 ……どのような理由かは知らぬがあれだけ有能な将軍を自ら捨て去るとはノルディア王とは相当な愚かな者。

 ……まあ、万が一、再びノルディアと戦うことになった場合でも、あの男が軍を指揮する可能性がなくなったということは、我々にとってはありがたいことではあるのだが。


 一瞬、安堵のため息をついたグワラニーだったが、別の考えを思いつく。


 ……いや。


 ……このままあの名将がただ朽ち果てるのを眺めるというのはあまりにも勿体ない。

 ……ノルディアがいらないというのであれば、我々がタルファうぃ有効活用しようではないか。


 ……そして、例の一件についての理由付けにもなる。


 薄い笑いを浮かべたグワラニーが口を開く。


「ホルム殿。ひとつ提案したいことがあります」


 もちろんその後グワラニーが口にした内容はホルムの酔いを一気に覚ますのに十分過ぎるものだった。


 翌日、調印したはずの捕虜引き渡し文書を一時保留し大急ぎで王都に戻ったホルムが手にしたグワラニーからの提案。


 それは……。


 クアムート城を包囲し、我が国の民や兵士を苦しめたタルファを我が国に引き渡すのであれば、受け取る身代金からそれに相応しい額を割り引いてもよい。


 むろん、これはノルディアにとって喜ばしい提案であるのだが、手に入ることが決定された多額の賠償金をなぜグワラニーは減額してもよいと考えたのか?


 それについてグワラニーはこう説明した。


「ノルディア金貨六兆枚を払う能力などノルディアにはない。そして、それはノルディア自身が一番知っている」


「いずれ、物納を提案してくる。場合によっては領土の割譲で済ませようとするだろう」


「一見すると領土が手に入るのだ。悪い提案に思えるが違う。奴らが差し出すのは雪と氷の世界である北の地。我々にとってはどれだけ広大でもメリットなどない。では、王都近郊の土地を要求すればいいのかといえばそうでもない。最短地となるクアムートからだってそこまでとんでもない距離。そのような遠隔地など維持できない」


「つまり、我々にとって重要なのは金貨での支払いをさせること。奴らが支払える上限まで金貨を奪えばそれでいい」


「ちなみにどの辺まで考えているのですか?」

「むろん、国中の金貨、そして、金製品を金貨にしてどうにか支払える程度。つまり、ノルディアは経済が破綻し継戦能力を完全に失う程度。だが、おまえだってそう考えていたのだろう。バイア」


「私はグワラニー様ほど悪人ではありませんので、そこまでは。ですが、それをおこなうのであれば、すべての賠償は金貨でおこなうべしと一筆入れるのと、返還する順番は、平民から下級貴族、そして爵位持ちへと進み、支払いが終わったところで三人の王族を引き渡すべきでしょう」


 ……つまり、考えていたのではないか。おまえも。


「悪人らしいすばらしい提案だ。バイア」


「ありがとうございます。ですが……」


「実を言えば、どうやって減額の話をするか困っていたのではないですか?グワラニー様」


「ああ。言ってしまった手前、相応の理由がなければできないからな。それを相手が用意してくれた。ノルディア国王はどこまでも気が利く男だな」


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