新しい世界へ導く者が放つ一手
その後に開かれた会議。
ノルディアからの返答をあきらかにしたグワラニーは続いて自身とバイアが練った策を披露する。
だが、それに対する反応は微妙なものだったといえるだろう。
「……つまり、グワラニー殿の策とは、国王から見捨てられた兵や下級貴族たちにノルディア国王から返事の内容を話したうえにその一部をネズミとしてノルディアに放ち、その情報を国中に流布し、交渉を有利に運ぶということ。それでよろしいか?」
「そのとおりです。ペパス将軍」
ペパスの問いに提案者のひとりであるバイアが答えると今度はプライーヤが言葉を挟む。
「策の概要はわかりましたが、彼らだって誇りある軍人。たとえ解き放たれても、それを恩と感じ国王の決定に反する行為を喜んでおこなうとは思えません。しかも、解き放つということはその者はノルディア国内で自由の身となる。こちらの思惑どおりに動くとは限らないでしょう」
「もちろん」
プライーヤの言葉にグワラニーはそう応じると、そのまま言葉を続ける。
「ですが、送り出すネズミをよく選別すればそうであってもこの策が成功する確率は格段に上がります」
「選別?それはどのような……」
「言うまでもない。捕虜のなかには親子や兄弟といった繋がりが特別に濃い関係の者も多数います。そのうちのひとりを今回のネズミ役として使います」
その言葉に多くの者が呻き声で応じる中、その中のひとりが口を開く。
「つまり、自分の働きによって親兄弟の命が救われると……」
「その通りです。ペパス将軍。そして、逆を言えば、失敗すれば残された者全員が死ぬ。そうなれば彼の胸に刺さった棘は一生に抜けないでしょうね」
「……そんなものを突きつけられたら自分がおこなうことが利敵行為になるのではないかという迷いなどどこかに吹き飛んでしまい、その者は必死に触れ回るだろうな」
「そういうことです」
「そして、その話が広まり、『王は王族だけに金を払って助け、多くの兵士を見殺しにしようとしている』と国中が大騒ぎになれば、王はその話をなかったことにするために平民たちの分の身代金もテーブルに載せなければならなくなる。もちろんそうであっても金払いを拒否することもできるのですが、そうなれば、王や軍に対する平民や下級貴族の不満は募る。そこにこれ見よがしに王族の三人だけを返還してやればノルディアに修復不可能な亀裂を入れる。我々にとってはどちらに転んでも悪い話ではないというわけです」
そこまで話したグワラニーはふたりの将軍の顔を眺める。
「これは肉親に対する情を露骨に利用するものであり、誇り高き戦士である将軍方には好まれぬことは十分に理解していますし、ノルディア王が身代金を出し渋っているという話が我々の捏造ということであればどのような批判も甘んじて受けなければなりません」
「ですが、ノルディア王が下級貴族や平民の捕虜たちを見捨てようとしているのは紛れもない事実。しかも、このまま彼らの主張を受け入れれば、我々は身代金を出し惜しむノルディアの為政者どもの尻拭いをさせられることになります。そして、そのあとに待っているのは、そこまでの過程が飛ばされた我々が多数の捕虜を殺したという結論だけを語る喧伝。我々にとってはいいことなどありません」
一度言葉を切り、その場にいる者たちを眺めまわしたグワラニーは言葉を続ける。
「この場にいる常識人の方々には思うところが多々あるのは重々承知していますが、今回の策を進めます。すなわち……」
「まもなくやってくるノルディアの交渉官と話し合いを始める一方で、ネズミを解き放ち、噂を広げる算段をします」
そして、二日後ノルディアの交渉官がやってくる。
コンラード・ホルムという名の見栄えのしない中年の男。
ただし、その冴えない外見に反して能力は高い。
アリターナの大交渉人が「非常にやり辛い相手」と評したことからもそれは明らか。
だが、そのホルムにとっても今回の交渉はとてつもなく厳しいものだった。
そもそも、「忌まわしき者たち」としてこの世から抹殺することを目的としている魔族と接触する時点で、各国と結んだ協定に違反している。
そこに賠償金を支払うのだ。
極秘裏に、かつ、早急に交渉を妥結しなければならない。
これだけも十分過ぎるハンデを背負って交渉をおこなうホルムは更なる問題を抱えていた。
たとえば通常の交渉であれば、条件に折り合いがつかなければ席を立つ。
相手から交渉を呼びかけた以上、相手には交渉を纏めたいという意志がある。
その意思を利用して譲歩を引き出す。
本来このような選択肢もあるのだが、今回に限り、それは許されない。
王命があるのだ。
王弟エーシェン・エルベルム公爵と、ふたりの王子エーナルとフィーゲンを絶対に連れ戻せという。
そこに、交渉が不成立になった場合、捕虜は即座に処分されると魔族側から縛りがある。
何があろうが絶対に席を立てない。
つまり、できることとは、身代金の値引き交渉のみ。
だが、魔族側は銅貨一枚も下げる気はない。
では、その条件を飲めばいいのかといえば、そうではない。
なにしろ、その条件とはノルディアという国家が一瞬で崩壊する代物。
こちらも絶対に飲めない。
頭を抱えるホルム。
だが、彼は知らない。
実を言えば、目の前にいる相手も同じ思いをしているということを。
そして、時間だけが進み現状を国王に報告をしたいとしてようやく席を立つことが許されたホルムが王都ロフォーテンに戻る直前、グワラニーが仕込んでいたあの一手が発動する。
いや。
ネズミの蠢動が確認できたところで、ホルムのロフォーテン行きを許可したという方が正しいだろう。
当然、その効果は絶大だった。
爵位持ち貴族だけではなく、下級貴族、平民たちを含めて全員の解放を交渉の目標とせよ。
また、支払いの滞りについては責を負わせないことを約束するので、相手の要求どおりに賠償金を支払うことを約束しろ。
とにかく交渉を成功させることだけを考えろ。
外務大臣アンセルム・ベルコーク伯爵が示した百八十度変更された方針。
むろんそれは突然流れ出した噂から始まる国内の動揺を憂慮した宰相アンドレアス・ラクスエルブの提言を受けた王アレキサンドル・ノルデンの王命。
これによって交渉は一気に進む。
そして……。
あの驚くべき内容で協定は妥結する。
そして、ノルディア王国の死刑執行書に等しいその文書にサインするホルム。
条件が最悪だったとはいえ、ほんのわずかな譲歩も引き出せなかったこの交渉はホルム自身にとって不本意の極みであったものの、とりあえず、捕虜の返還は決まったことは喜ばしいこと。
そして、自身の栄達もある。
捕虜返還協定の署名文書の交換後に催されたとてもささやかとは言えない宴。
勧められるままに酒を飲み、ほろ酔い気分になったホルムだったが、その最中予想もしていなかった事件が発生する。




