惨劇の第二幕
グワラニー率いる魔族軍は戦史に残るような圧倒的勝利を収めた。
これは事実である。
だが、この時点でも戦況はノルディア軍の有利であったのも事実。
たしかに襲撃戦は、魔族軍の大勝利、ノルディア軍の大敗で終わった。
ただし、おこなわれたのは単純な局地戦の結果であり、このクアムート攻防戦の趨勢が変わるわけではない。
つまり、ここからが戦いの本番。
の、はずだった。
だが、その戦いでノルディア軍は予想もしなかった痛手を負った。
魔族軍が捕らえた多くの捕虜の中に襲撃部隊の指揮を執った王弟エーシェン・エルベルム、さらにふたりの王子エーナルとフィーゲンがいたのだ。
なぜ?
ノルディア軍魔族領遠征部隊の総司令官アドニア・ベーシュ将軍はこの戦いが終わった後にやってくる未来への投資として同行していた戦歴がない三人の王族に手柄を立てさせようとしたのだ。
所謂、政治的配慮。
または別世界における大人の事情、その同類という奴である。
むろん、そこにはその戦いが楽勝という前提があったのだが、結果的に三人の王族を捕らえられたノルディア軍はその戦い方に大幅な制限が加えられてしまう。
いや。
目的が魔族軍殲滅から王弟と王子の奪還へと変更される。
むろん三人とも生きた状態で。
ありがたいことに敵は捕虜を殺さず、王弟や王子の生存は視認できた。
つまり、奪還の可能性はあるということ。
そこにとんでもない情報がもたらされる。
なんと、夕方、敵に捕らえられていた兵士が一瞬の隙を突いて敵陣から逃げ出してきたのだ。
そして、逃亡に成功した彼らはそこで偶然聞いた魔族軍幹部と人狼軍司令官アンマウエル・フェストを情報としてもたらしたのだ。
ノルディア語でおこなわれたという、その会話の主旨はこのようなものだった。
自分たちは非常に能力が高い。
ただし、数が少ないため、攻勢には出られない。
つまり、野戦に引きずり込まれてはならない。
そのため陣地に籠り、敵がやってくるのを待っている。
さらにいえば、自分たちは夜戦の専門家であるため。今晩おこなわれるはずのノルディア軍の夜間攻撃を楽しみにしている。
そして、二日後にやってくる二万の本隊でノルディア軍を粉砕する予定。
だが、それはすべてが罠。
王弟殿下とふたりの王子をこれ見よがしに歩かせているところから、魔族軍がこちらの攻勢を誘っていることは間違いない。
そこにもたらされたその情報を加味すると、夜間襲撃はおこなうべきではない。
さらに、敵の攻勢は二日後。
その間は、昼間はともかく、夜間は休養を取っても問題はない。
そして、夜間襲撃は肝心の王族を害する危険がある。
「……そして、ノルディア軍の司令官はこう決断する」
「今日のお返しをするため、攻撃は夜間ではなく早朝におこなう」
「夜間に襲撃があると思っている魔族軍は緊張状態で寝ずの番を続ける。当然その最終盤に睡魔がやってくる。そこを叩く」
「そうして、彼らは早々に就寝する。明日の出撃に備えて」
「……だが、それらはすべて私が書いた筋書き」
「つまり、ノルディア軍は私の手のひらを舞台として踊る演者」
そう言って、グワラニーは笑う。
そして、目の前にいる指揮官たちを眺める。
「さて、我々はその敵に対してどう動くかといえば……」
その日の深夜。
指揮官たるベーシュによって決定された夜明け直後におこなう総攻撃に備えて少数の警備兵を除いて皆眠りにつく。
そこに魔族軍の第一撃がやってくる。
ノルディア軍本営の陣地全体が猛火に晒される。
むろん魔法攻撃に備えて張り巡らされていた魔法による防御は施されていた。
だが、その攻撃はその突き破り飛び込んできたのだ。
これぞ、ターゲットの目の前で突然発生するこの世界の主流の攻撃魔法の真髄。
ただし、このような状況が起こるのは、彼我の魔術師の能力に圧倒的な差がある場合のみ。
ノルディア軍が抱える魔術師たちの能力が平均以下ということはない。
つまり、攻撃側にそれだけの者がいたということになる。
そして、その最強の一撃で本営にいたすべての魔術師と総司令官ベーシュをはじめとした八千人の兵の半数以上の者が命を失う。
さらに続いてやってきた第二撃で生き残っていた者の半数も炎に包まれて絶命し、残りもどうにか生きているもののひどい火傷を負った。
所用でその場を離れていたため偶然難を免れたノルディア軍本営の残った最後の将軍アンネシュ・ラッハが損害の確認と負傷者の手当を命じようとしたときだった。
ラッハは見た。
迫りくる完全武装をした魔族の戦士の姿を。
それは疑いようもなく絶対にありえないと思われた魔族兵の襲撃。
「……くそっ。夜襲。これが奴らの策か」
「……ということは、あの情報は我々を陣に留め置く偽情報か……」
もちろんその攻撃を受けたのはノルディア軍の本営だけではなかった。
西の街道の布陣していたノルディア軍三千人は苛烈極まる一撃でほぼ壊滅し、直後に姿を現した二百人の魔族軍がおこなったのはもはや戦闘などとは呼べない簡単な掃討戦だけだった。
「……なんだ。もう終わりか。つまらん戦いだ。いや、これでは戦いでもないな」
本営を襲撃するペパスからその一隊の指揮を任された准将軍の地位にあるフェルナンド・セーハがそう呟くほどに。
そして、ノルディア軍の悲劇は彼らの最強の手札である人狼軍の陣地でも起こっていた。
この夜最大の一撃となった巨大な火球によって多数の死傷者を出して大混乱中の人狼部隊にそれぞれ四百人の兵を率いたウビラタンとバロチナが左右から襲い掛かる。
普段なら対等な戦いをおこなう魔族と人狼。
だが、このときにはそのための条件が完全に崩れていた。
ほんの少し前までやってきた魔族の十倍以上の数がいた人狼はその戦闘が始まったとき、すでに敵とほぼ同数となり、そのすべてが戦闘に耐えられるとは思えぬくらいの火傷を負っていたのだ。
さらに、指揮系統の混乱がそこに加わる。
人狼軍は昼間の戦闘で部隊の指揮官フェストが捕虜となり、その副将たる十人のうち六人の将軍も行方不明のまま。
しかも、残った四人の副将のうちベーシュによって筆頭指揮官に指名されていたエーリク・クロクスタと、同じく次席指揮官とされたダニエル・コダルがともに先ほどの攻撃で死亡してしまい、再び指揮系統の頂点が消える。
そうなると、もうその混乱は止まらない。
一方的な殺戮。
それがそこでおこなわれたことを表現するのにもっともふさわしい言葉であろう。
夜が明けて魔族軍が悠々と引き上げたとき、三つの陣地に残っていたのはおびただしい数の死体。
しかも、それは一方の側だけのもの。
ノルディア軍は一晩で壊滅した。




