奇策の正体
クアムート。
ノルディア軍の包囲に耐えていた魔族軍であったが、当初の予定より早く包囲戦が始まり食料の備蓄が完了していなかったうえ逃げ遅れた者たちが続々と城に逃げ込み、将兵たちだけで籠城することを想定していた食料は大幅に不足していた。
このままではあと十日。
最高でもその倍が限度。
その後は全員の餓死が待っている。
そして、包囲戦を行っているノルディア軍の狙いもそれ。
むろん、降伏という選択肢があれば、それが最上の手となるのだが、「魔族という種を滅ぼす」ことを目標に掲げている以上、それはない。
そうなれば、食糧がなくなるまで籠城し飢え死にするか、動けるうちに打って出るかの二択。
その判断を魔族軍司令官アゴスティーノ・プライーヤは迫られていた。
そして、その夜。
もうやって来ないと思われた増援部隊が姿を現す。
しかも、その様子は城内からも確認できるほど近い。
当然のように湧き上がる歓声。
ただし、それは敵にも確認されたと同義語。
転移直後のまだ体制が整わないうちに叩く。
これが定石。
だが、ノルディア軍動かず。
「……やはり来なかったか」
グワラニーは少しだけ残念そうにそう呟くと、隣に立つバイアが慰めるようにこう応じる。
「おそらく敵は我が隊の数を把握したことでしょう。五千。この数であれば慌てて叩く必要がないと判断したのでしょう。明日陽が昇ってからで十分だと」
「もっとも……」
「攻撃しなかったことは我々ではなく、彼らにこそ幸運をもたらしたのですが」
そう言って、黒い笑みとともにバイアは視線をある一点へと動かす。
「デルフィン嬢による完璧な結界に攻撃は届かず。逆に殲滅の憂き目に遭ったのですから」
「そして、今日が明日になった程度の短いものではありますが、彼らの寿命が長らえたのですから」
グワラニーはその言葉に頷く。
バイアと同じ色の笑みを浮かべて。
「そうだな。では、そう考えることにしようか」
「それにせっかく金を払って彼らを連れてきたことが無駄にならなくて済む我々にとってもそちらの方がいい」
「これで計画どおり大仕掛けが発動できそうだ」
「はい」
そう言ったふたりはデルフィンが張った強力な結界で安全が確保されている場所でせっせと土を掘り起こしている大集団に視線をやった。
彼らは王都周辺で建設用石材を採掘している鉱山労働者。
グワラニーは大金を払い、二千人以上の鉱山労働者を臨時に自軍に組み込んでいた。
もちろん、彼らに剣を持たせるわけではない。
彼らに依頼するのは本業に近い仕事。
つまり、陣地周辺の掘削である。
「どれくらいで終わりそうだ?」
「彼らの長であるディオゴ・ビニェイロス、ベル・ジュルエナ、アペル・フロレスタによれば、掘削と杭打ちは三セパもあれば終わるとのこと。その後、例の細工をすれば工事は完了です」
「つまり、朝には完全な形になっているわけか。やはり、専門家は違うな」
「はい」
「これを兵士たちがやっていてはとてもそうはいかず、しかも、それだけで体力を使い果たしてしましますから」
ちなみに、バイアの言葉にあったセパはこの世界の時間の単位であり、一セパは五十ドゥア、一ドゥアは百スメ、そして、一スメは別世界の一秒と同じ。
つまり、三セパとは別世界の二百五十分と同じとなる。
ついでにいっておけば、この世界の一日は二十セパ。
そして、一日の始まりは夜明けで、日没までの昼が十セパ、日没から夜明けまでが十セパに分けられる。
当然季節によって誤差が生じ、帳尻を合わせる最後の一セパはとんでもないことになる非常にアバウトなものであるのだが、それでも、「思っていたほど生活に影響は出ない。それどころか、こちらの緩い時間に慣れると、秒単位で動く元の時間での生活は相当きつそうだ」というのがふたつの生活時間を経験したグワラニーの言葉となる。
そして、翌日。
鉱山労働者の努力の全貌があきらかになる。
深く刻まれた堀。
その内側に立ち並ぶ頑強な柵。
魔族軍はその中にいるわけなのだが、これでは籠城体制。
「ノルディア軍は困惑していることだろう」
「なにしろ、我々の目的はクアムート城への物資輸送のはず。それにもかかわらず、強力な防御陣地を構築し手立て籠もる様子を見せているのだから」
「そのとおりです。そして、考えるのです。これはどういうことかと……」
「そして、ある結論に達するのです」
「あそこにいるのは輸送部隊。そして、これから襲撃部隊がやってくる。自分たちが輸送部隊を攻撃し始めたところでその背後を襲う気だと」
「そして、自分たちが襲撃部隊の迎撃を始めたところで柵の外に出て包囲網に強行突入し、城に入るつもりだと」
「むろん、その意図がわかれば、対応は簡単」
「襲撃部隊が来る前に輸送部隊を消し去る」
バイアの言葉。
それはまさにグワラニーの読みと同じ。
「まあ、この状況を見れば、そう考えるだろうな。そして、まもなくやってくる」
「我々を葬ろうと。だが、残念だったな。消えるのはおまえたちノルディア軍だ。そして、それが第一幕」
「せっかくだ。こちらが用意した壮大な舞台演目のすべてを堪能してもらいましょうか。ノルディア軍諸君」
グワラニーはニヤリと笑う。
「報告。敵が三方から迫ってきます。数、二万」
「思ったより多くないな。それで、肝心の人狼軍はどうだ?」
「六千から七千」
「さすがに全軍では来なかったか」
「まあ、いい」
「残りを葬るのは後の楽しみだと思えば」
独り言のようにそう呟いたグワラニーは、まずバイアに視線を向ける。
それから魔術師団を指揮するアンガス・コルペリーア、最後にその孫娘を見やる。
「では、手筈どおりに」
「大丈夫。計画通りにやればこちらの大勝利と決まっていますから」




