エリート官僚は奇跡も偶然も信じない
本来であれば、このまま戦いへとなだれ込み、その奇策の全貌を明らかにしていくところなのだが、その前に語っておかねばならないことがある。
実はクアムート救援を命じられるずっと前からグワラニーはある組織を用意していた。
後に「軍官」と呼ばれることになるグワラニー直属の文官団である。
戦場でおこなわれることが戦いのすべてだと信じているこの世界の軍人の中では異例中の異例といえるのだが、グワラニーは後方支援体制の重要性を認識していた。
後方支援。
主なものは補給である。
そこに加えるのであれば、情報収集とその分析。
さらに戦いが終わったあとの統治。
もっとも、補給の重要性を理解することが異例というのは「この世界では」という条件付きのことであり、こことは別の世界では、一般兵士はともかく軍の上級レベルにおいては、短期的なものはともかく長期的なスパンで考えるのなら補給は勝敗を左右する重要な要素であることを十分に認識されていた
もちろん、どのようなことにでも例外があるとおり、その世界でもそうでなかった者たちも存在する。
たとえば、グワラニーの元の祖国のかつての戦いを指導した者たち。
気合いと根性ですべてが解決すると吹聴していた彼らが補給の重要さというものをどの程度理解していたのか。
そして、その結果どういうことが起きたのか。
それを忘れていなかったグワラニーは一連の襲撃作戦後、手にした多額の報奨金を元手に自らの部隊専属の後方支援組織をつくりあげていた。
グワラニーが真の意味での「戦争屋」と軽蔑する愚かな輩の二の舞を演じることがないように。
だが、現在は機能不全に陥っているとはいえ形式上補給システムはすでに存在していることから、当初小さな組織の中で新たにそれをつくることには身内からも懐疑的な意見が出た。
当然部外者となればその比ではない。
「さすが元文官。軍人になっても昔の組織が懐かしいとみえる」
そのような皮肉を込めた言葉を口にしながらその仕事を遠くから嘲りを込めて眺める将軍も多かった。
たしかにふたつの組織はほぼ同じものである。
それに、その専門家であるグワラニーやバイアが直接指揮を執れば屋上屋を架す見本のような組織など不要なのだから批判の趣旨はそう的外れなものではないと言えるだろう。
だが、結果的に事前にこの組織を用意していたことにより、グワラニーは今回の戦いで必要とした物資と人員をわずかな準備期間で完璧に確保することできた。
そして、今回でもそうであったように、今後の戦いでも少数で多数を相手にする戦いを強いられることが予想されるグワラニーはバイアとともに前線指揮官として作戦を立案し兵を動かす必要があり、補給を専らとするわけにはいかなくなる。
さらに……。
グワラニーとバイアには国そのものを手に入れるという隠された目標があった。
そうなったときには無能で怠惰、国家の柱を食い荒らすシロアリでしかない現在の文官の大部分は追放される。
だが、その穴を埋める人材をその時点で集め、すぐさま組織化できるのかといえば、困難、いや不可能。
そうであれば今のうちから自らに忠誠を誓い手足として動く自分と同じレベルの者たちを集め組織化しておくべき。
つまり、一見すると無駄に見えるそれは、短期的、そして将来的なもの、双方の理由によって実は十分過ぎる意味があったのだ。
現在の正式な軍官の数は四十人。
グワラニーはそれまでの文官たちのよりもはるかに高い給金を払うと触れを出し、募集に応じた者から彼の眼鏡に叶った者を選んだ。
当然優秀な者しか残らない。
そして、各部署のトップに据えた九人は比較的高い地位にあり相応の報酬を得ていたにも関わらずあっさりとその職を辞し、こちらに転籍してきた元文官だった。
法務担当グスタヴォ・アウメイダ、財務担当エソゥアルド・ジャウジンドとアウミール・トハード、交渉担当アドリアーノ・カベセイラとブニファシオ・イタビランカ、企画担当であるクリストァン・ゴルダ、ジョルゼ・スペンセ、それに書記官アイウトン・バレアル。
それから最後に情報分析をおこないながらグループのまとめ役も引き受ける調整官アンデルソン・ビルキタス。
それがその九人である。
そして、出発の三日前の夜。
「どうだ?バイア。予定は」
「ほぼ完璧に」
「ほぼ、とはどういうことだ?」
「準備はすべて整っていいます。ですが、訓練は……」
そこまで言ったところでバイアは笑みを浮かべる。
「訓練による練度向上は上限がありませんので」
「なるほど。それで、ほぼ、になるわけか」
そう答えたグワラニーは思う。
やはり、この男は自分と同類だと。
「そういうことであれば、問い直す。明日出向いても我々は勝利できるか?」
「はい」
「すべてがこちらの計画どおりに進み、すべてが終わったとき、戦場に残っているのは生きた我々と死んだ敵だけでしょう」
「結構な話だな」
「明日出発しますか?」
「いや。予定通り……」
グワラニーは言いかけた言葉を止めたのは、バイアの表情に変化が生じたからだ。
「言いたいことがあるのなら聞こう」
「では」
「多くの者は思っています」
「すでに十分に仕上がっている。すぐに戦場に出向き敵を叩き、クアムート城の同胞を救うべきだと」
「なるほど」
グワラニーは薄く笑う。
そして、大きく息を吐きだす。
「私は奇跡も偶然も信じない」
「もちろん奇跡と呼べるようなこと、あり得ないような偶然。その存在は否定しない。そして、そのようなことで助けられたこともある。だが、そんなものをアテにして策を講じるなどあり得ない」
……この世界にも存在する英雄譚では、毎回主人公が危険に陥ると必ずギリギリのタイミングで助けがやってくる。
……しかも、その間に敵はつまらぬ与太話を聞かせて時間を浪費するのだ。
……つまり、そのどちらかひとつ、それが起きなかったら主人公は敗死していた。
……起こるかどうかもわからぬそんなことを前提に戦いを挑むなどあり得ない。
……ノリと勢いだけ準備もせず戦いに出向くなど愚か者のおこない。まして、多数の部下を預かっている者はそれだけで万死に値する。
……九回の裏ツーアウトランナーなし。ノーボール、ツーストライクからの、逆転満塁ホームラン的戦いが毎回起こり、その愚か者が勝利するなど茶番にも程があるというものだ。
心の中での言葉を飲み込み、グワラニーは口を開く。
「私は、勝敗の大部分は戦場に現れる前に決まると思っている。できるだけの情報を集め、多くの対策を講じる。そして、戦いが始まればつまらぬ偶然など踏み潰して勝ち切ることが肝要。相手につけ込む隙など一切与えずに」
「多数を揃えた者。そして、準備をおこなった者が勝つ。それが戦いだと私は確信している」
「だから、時間が許す限り、準備をする。より完璧に近づけるために」
「私の意見に反対か?バイア」
「いいえ。まったく」
「そうだろうな。では、ペパスたちに今の言葉を聞かせてやってくれ」




