この世界の先客
グワラニーが望み、魔術師長アンガス・コルペリーアに頼んだこと。
むろん、それは……。
魔法のすべて。
そこから、グワラニーとバイアは魔法に関する知識を手に入れていく。
戦いにとって最も重要な攻撃魔法と防御魔法から始まる各種魔法。
そして、そのひとつひとつについての特色。
さらにその有効な使用法。
そこに魔法や魔術師の歴史も加わる。
グワラニーはその過程で知る。
大海賊バレデラス・ワイバーン、勇者一行のひとりである「銀色の髪の魔女」に続く、自分と同じ場所からこの世界にやって来たと思われる者の存在を。
アルベルト・ライムンド。
かなり古い時代に生きた者らしく、アンガス・コルペリーアですら会ったことがないこの純魔族の男は剣士であったにもかかわらず魔法に異常なほど執着していたという記録が残っていた。
魔法に対する理解力は尋常ではない。
その探求力も魔術師以上。
さらにこの世界には存在しない多くの魔法の可能性をほのめかしていたとされる。
そして、彼が提示した存在しない魔法のひとつが異世界転移。
むろん、ライムンドにそれを示された者たちにとっては魔法どころか、異世界という概念すら理解の範疇を超えていた。
だが、それが実在することを知っている者にとって、その言葉は笑って見過ごすことはできなかった。
さらに言うならば、ライムンドが並べ立てたというこの世界に存在しない魔法とは、千里眼、錬金術、変身、分身、記憶操作、召喚、動物との会話、自身及び他者への一時的な力の付与及び減少、時間停止、空中浮遊、水中及び地中移動、地殻変動、大規模な天候操作、そして、死者蘇生。
そう。
それは別の世界の物語に登場する魔法。
そして、決定的だったのは、アンガス・コルペリーアが嘲りの成分を多分に含んだこの言葉だった。
「その男アルベルト・ライムンドは、自身の魔法の師ベルハミン・タンガラーに会った直後、こう尋ねたそうだ。魔法を発動する際には呼び出すための呪文は必要ないのかと」
アンガス・コルペリーアはそこで言葉を止め、黒い笑みを浮かべると、再び口を開く。
そして、その口から漏れ出してきたもの。
それはこのようなものだった。
「……すべての火を司る神よ。我は竜王から与えられし邪眼を持つ汝の契約者。その我が望みは暗黒を切り裂く神聖なる炎の顕現」
再び言葉を止めた老魔術師は笑う。
「魔法を展開する前にこんなものをブツブツ呟いていたら、敵に攻撃され終わりだ。敵前で魔法を展開しなければならない者がなぜそれを必要とすると考えたのか、その愚かな呟きを考案した本人に聞いてみたいものだ」
「そういえば、『詠唱』というらしいその無意味な呟き以外にも、魔法の種類だけではなく、強さにも個別に名前が付けられ、魔法を展開するときにはその名を呼ばねばならないことはないのかとその男は尋ねていたそうだ」
「いちいち使用する魔法の名を声に出して呼ばねばならないとどうして考えたのかは私には理解不能だ。そもそも、魔法の種類はともかく、その強さごとに名前をつけねばならないのだ。魔法はその使用目的により強さは変わる。強さごとに名前をつけていたらそれだけでとんでもない数になる。魔術師はそんなものを覚えるほど暇ではないのだ」
「まったくです」
老魔術師の言葉に肯定し、そして頷きながらもグワラニーにはライムンドがなぜそう尋ねたかは十分に理解できる。
なにしろ、それこそがグワラニーの世界における魔法を展開させるための決まり事だったのだから。
さらに……。
「この男が残した言葉には魔法本体以外にも不可思議なものがある」
「ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト」
「グワラニー殿。これが何を示すか、ご存じか?」
「いいえ。なんでしょうか。それは」
むろん、これは嘘である。
だが、それを言うわけにはいかない以上、こう言うしかない。
その言葉に頷くと、老魔術師は言葉を続ける。
「かの御仁が言うには、魔法の金属だそうなのだが、『決して枯れない知恵の泉を持つ』と称される博識のグワラニー殿も知らないか」
「申し訳ありません」
だが……。
……確定だ。アルベルト・ライムンド。間違いなく、この男は同胞。
……ただし、おかしな点もある。
……アルベルト・ライムンドが活躍していたのは私がこの世界に来る二百年ほど前。
……つまり、西暦千八百年年代初頭。つまり、彼がやってきたとき日本は明治時代どころか、「寛政の改革」が終わった直後。当然ラノベなどない。
……だが、彼の知識はラノベからのもので間違いない。
……このギャップをどう考えるべきなのか。
グワラニーのこの疑問は、この世界と元の世界を繋ぐ異世界転移の理のひとつに大きく関係する。
むろん、この時、それを解決するだけの材料を持ち合わせていなかったグワラニーは、疑問と言う形でこの問題を締めくくったのだが、実はこの問題をすでに決着させていた者がグワラニーと同時代にいた。
アリターナ王国の公爵家の次期当主で国内はもちろん国外にもその名が轟く最強の交渉団「赤い悪魔」の創設者兼リーダーであるアントニオ・チェルトーザ。
彼は、古い時代につくられ、魔族軍を撃退したことで有名なディンテルヴィ要塞を見て、それは別世界の大きな戦争時にドイツという国でつくられた防空要塞を模したことに気づく。
そして、その後探し出したその設計図に残る見覚えのある字を見た瞬間、その要塞を設計し、建造を指揮した建築家が自身の友人で元の世界での最後の瞬間をあのバーでともに過ごした四人のひとりであると確信した。
そのとき彼は知ったのである。
「同じ時間、同じ場所から転移しても、同じ時間、同じ場所に辿りつくわけではない」という異世界転移にかかわる理のひとつを。
さて、話をグワラニーへと戻そう。
グワラニーの同胞であるアルベルト・ライムンドを散々腐した老魔術師はその話の締め括りとしてこう言葉をつけ加える。
「心の中で念じれば使用する魔法もその強さも思いのまま。そして……」
その言葉とともに老魔術師の右手には歴史を感じさせる黒光りした細い杖が現れる。
「これは魔法を発動させる依り代だ。ついでに言えば、今見せた杖の顕現はアルベルト・ライムンドがその存在を暗示した物体の透明化が実用化されたものと言って良いだろう。ただし、今のところ、できるのはこの程度ではあり、できるのもかなりの上級者のみなのだが」
「さて、これを使わなければならない魔法とはその者にとって最上級に位置する。まあ、見栄えや技術の正確さなど様々な理由から最下級の魔術師でなくても常に杖を使う者や、魔術師であることを喧伝するために杖をわざわざ使う者もいるのでこちらについても必ずしもそうとは限らない。ただし、杖を使わず展開する魔法はその者にとって最上級のものではないことだけはたしかだ」
「これは覚えておくべきことだと言えるだろう」
「そして、ここからはこれまで話したことを踏まえてということになる」
「軍に所属している魔術師たちにとって最高の状況はどのようなものか?いうまでもない」
「自分は完璧に守られながら相手を完全な形で攻撃できること」
「だが、このようなことは絶対にあり得ない」
「これは剣でも魔法でも同じだ。では、魔術師はどうやって防御魔法を纏ったまま攻撃魔法を扱っているのか?」
「まず前提だ。現在、多くの魔術師が使う攻撃魔法とは、魔力を相手に飛ばし、そこで発動させるもの。そして、防御魔法とは、目に見えない魔力を自身の身にやってこないように障壁を設けるもの。そのうえで私の話を理解してもらう」
「戦闘が始まれば、魔術師は自身に防御魔法を纏わせる。そのうえで攻撃魔法を使えば、まず、放った魔力は自身の防御魔法を通る。ここで魔力は減衰する。そして、相手も同じような防御魔法を纏っている。当然そこでも魔力が削られる」
「数字に強い元文官であるふたりにわかりやすく説明すれば、十の力の防御魔法を張った魔術師が十の力の防御魔法を施された相手に攻撃するとする。その場合、まず自身の防御魔法で十の魔力が削られ、相手の防御魔法によってさらに十の魔力が削られる。つまり、最低でも二十一の力を持った攻撃魔法を使わなければならない。それでもこの場合なら相手に届くのは一の魔法効果のみとなる」
「むろん、防御魔法はあくまで魔力を遮るものであり、自身の防御魔法内で火球や氷槍を作り出し飛ばすことは可能だ。では、そちらの方がいいのかといえば、そうではない。火球も氷槍も魔法でつくられたものとはいえ、いわば物体。防ぐ方法はいくらでもある。しかも、それは魔術師でなくても可能。それがそれらの魔法が攻撃魔法として使用されなくなった理由だ」
「理解したか?」




