冷徹な取引
会議はつつがなく、とは言い難いものあったものの、とりあえず終了する。
そして、その日の夕方。
会議がおこなわれていたその部屋には四つの影があった。
そのふたつは、グワラニーと側近のバイア。
そして、残りふたつは魔術師長アンガス・コルペリーアとその孫デルフィンとなる。
これは私事であり、今後の公務に影響が出ないようにしなければならない。
それに、これ以上先延ばししてもいいことはひとつもない。
だから、今日中にケリをつける。
グワラニーのこの判断は正しい。
だが、それでもやはり気が重い。
「では、グワラニー殿。先ほどの続きを始めようか」
コルペリーアの言葉にグラワニーの腹はキリキリと痛む。
……これでは手をつけた女の親に責任を取れと詰め寄られているようではないか。
……この世界のすべての神に誓って私は断じてそのようなことはしていない。
……というか、そもそも私はこの娘と今日初めて会ったのだ。
……娘のほうはどこかで私を見かけたようだが、少なくても私は知らない。
……それなのに、なぜこんな思いをしなければならないのだ。
……全くもって理不尽だ。
「グワラニー様。この件に関しては部外者である私は席を外したほうがよろしいようですね」
グワラニーの気持ちを察して、いや、その雰囲気に自分自身が耐えられなくなったバイアは見苦しい言い訳を口にして逃亡を図る。
そして、グワラニーはグワラニーで……。
……こんな時に気を遣うな。
……というか、逃げるな。
……私はそんなこと絶対に認めんぞ。
……こういうときにこそ力を貸せ。
先ほど「これが私事である」と、胸を張って宣言した同一人物とは思えぬ情けないことを喚き散らす。
心の中で。
そして、その恥ずかしいセリフを実際に口にしようとしたときだった。
ありがたいことに当事者の代わりにその言葉を口にした者がいた。
「いや。構わん。というより、最側近である貴殿にも聞いてもらいたい。バイア殿」
このひとことでバイアの小さな悪事は未然に防がれ、ふたりは仲良く教師に説教される生徒よろしく項垂れることになる。
……これはもう逃げられん。腹を括り、ロリコンの汚名を甘受するしかない。
……こうなったからにはグワラニー様には我々の未来のために犠牲になっていただくしかないようです。
……私のふたりの娘であるアマリアとコンスタンサ。そのどちらかと結婚してもらうつもりでしたが、この際仕方がないですね。
立場に違いがあるため必然的に起こる表現の違いはあるものの、ふたりはうつむきながら同じ結末を想像していた。
だが、コルペリーアが口にし始めたのは、それとは微妙に、いや、大幅に違うものだった。
「まず言っておけば、デルフィンのグワラニー殿に対する思いは偽りではない。だが……」
「言ってしまえば、それは男女の色恋沙汰。形式的なものはともかく実質的なことは当事者同士で時間をかけ解決すればよい」
「……もっともです」
……というより、そう思っているのなら、前段階もなんとかしてもらいたいものですね。
コルペリーアの言葉を自らに都合のよいように解釈し大きく、微妙な呟きを口にしながら何度も頷くグワラニーの隣で、同じく足止めを食らった男がコルペリーアに尋ねる。
「では、なぜあの場であのようなことを?」
「もちろん人払いの口実だ」
「人払い?なぜ……」
あまりにも意外な展開に動揺したバイアは、らしくもなく当然すぎることを尋ねる。
だが、コルペリーアは笑いもせず律儀に正解を口にする。
「これから話すことを知られたくないからだ」
そう言ってから、いつも以上に険しい顔に変わったコルペリーアは語り始めた。
「まず、問おう。ふたりは先日目の当たりにした魔術師の真の力を知って何か不思議に感じたところはないか?」
コルペリーアに言われるまでもなく、もちろんふたりにあの時からずっと抱いていたある違和感があった。
「我が国の王都を一撃で消し去るくらいのその強大な魔法を使って戦わないのはなぜか?」
「……そのとおりだ。さすがだな」
コルペリーアはグワラニーが口にした答えに満足するように頷く。
「では、その理由をどのように推察するかな」
「考えられるのは……」
「最終決戦まで隠し持っておきたいということでしょうか」
「対策を立てられぬように」
バイアの言葉に老魔術師は小さく頷く。
「……おそらくそうだろうな」
「我々だって実際にその戦いぶりを見なければ、勇者一行の真の強さを知らなかった。そして……」
「そう考えて奴らの戦い方を見ると、あることが透けて見えてくる」
「多くの場合、奴らは逃げる者たちを見逃している。だが、ある共通点を持った例外がある。自分たちの強さを計ることが出来そうな上級魔術師がいたときだ。この前のペパス将軍の部隊がまさにそれだ」
「自分たちの力を悟られないようにする。これはどのような戦い方でも重要なことだろう」
「ええ。弱い者は相手に自分たちが弱いことを悟られないようにする。そして、強者は自分たちが弱いように見せかけ、相手を目の前に誘きだす。これこそが戦いの基本のひとつ」
「つまり、勇者一行は基本を忠実に実行していた。だが、この前の戦いでは予想外の者がいた」
「勇者たちは今頃三人を取り逃がしたことを悔しがっているだろう」
「だが、それはそう深刻なものではない。なにしろ、そうであっても実際にはそう大きな問題にはならない。奴らはそう考えているだろうな」
「その理由は自分たちに匹敵する力を持っている者は魔族にはいないから。そして、その根拠は……」
「そのような力がある者がいえば、魔族はとっくに戦場に送り込んでいる。それがないということはそのような者などいないということを示している」
「たしかに」
「残る対策は……」
「逃亡。それから、後方攪乱。その程度」
「だが、その程度なら勇者でなくても対応できる。つまり、勇者としておこなうべきは魔族の国の王都を落とし、国の中心にいる指導者たちを始末すること」
「さて、ここまでは勇者たちが考えていることを話したわけなのだが、これだけであればこの四人だけにする必要はない。つまり、ここからが本題だ」
「もし、我々の側にも、勇者たちと同等、またはそれ以上の力を持った魔術師がいたらどうなる?」
「はあ?」
アンガス・コルペリーアの意外過ぎる言葉にふたりは異口同音で間の抜けた言葉を返す。
「も、もしかして、魔術師長は勇者一行にいる魔術師と対抗できる力を……」
「違う」
「……その力があるのはこれだ」
これ。
もちろんそれはその場にいるもうひとりの魔術師である。
「デルフィン嬢?ですが、先ほど……」
「だから、聞かせたくない話だと言っただろう。ハッキリ言ってしまえば、これまでこの国、いや、この世界に存在したすべての魔術師の最高峰であり、あのバケモノに対抗できる唯一の存在だと言っても過言ではない。いや。おそらくあの者たちよりも上だ」
コルペリーアの言葉は続く。
「当然ではあるが、デルフィンの才能を知れば戦況打開のために王は必ず戦場へ引きずり出す。そして、その力を勇者の前で披露することを強要する。兵器として。それは望ましい状況ではない」
「言うまでもないことだが、ここまで話したからにはグワラニー殿には孫を守る義務を持っていただく。それがこれを妻にせよと要求した意味だ」
「それで、返答は?」
「承知しました。その申し出を受けさせていただきます」
即答である。
もちろんグワラニーの女性の好みが突如変わったわけではない。
損得勘定の結果。
簡単にいえばそうなる。
……渇望していたあれを手に入れたときの、どこかの国の為政者の気持ちがわかるな。
グワラニーは無意識にこの世界とは無縁のある指導者の顔を思い出していた。
……これですべてを一瞬で消滅させる究極の魔法を一方的に撃たれ、なすすべなくこの世から消える心配が減った。
……だが、手に入れたものを有効に機能させるためには、まずあの魔法使いにこちらの手札を晒す必要がある。
……もちろん、私自身が王や将軍たちの道具に成り下がることを避けたい。
……できれば、かの魔術師本人だけがそうであると理解できるようなものがよい。
……それはいったいどのような魔法がいいのだろうか。
そして、その時に気づく。
たしかに自分は魔術師としての才はない。
だから、詳しく知る必要はなかった。
だが、これだけの力を手に入れたのであれば、その力を戦い方の根幹に据える。
デルフィン嬢には申しわけないが、それが軍を指揮する者誰もが考えること。
しかし……。
そのためには魔法自体を知らねばならないのだが、今の自分にはその知識が圧倒的に足りない。
「魔術師長。お願いがあります」




