更なる邂逅
マチンガから帰ってきてから暫く経ったその日。
魔族の王都イペトスート郊外のグワラニーの役宅。
午後におこなわれる会議の準備も終わり、バルコニーから外を眺めるグワラニー。
そして、その横にはいつも通りバイア。
この間、グワラニー周辺ではいくつか大きな出来事が起きた。
まず、ひとつ目。
グワラニーとバイアに軍の階級が与えられた。
それによりグワラニーには騎士団長、バイアには騎士となった。
この世界、特に魔族軍の軍階級はややわかりにくいので、別世界のものと比較しながら軽く説明しておけば、一級から五級までに分かれた「戦士」が所謂兵卒の階級となる。
その上の階級でいわゆる下士官にあたるものが戦士長。
彼らは戦士十人からなる小隊を率いる。
小隊十個を束ねるのが中隊長で、騎士または騎士長という階級を持つ者が担う。
さらに中隊十個、約千人の大隊と呼ばれる部隊を率いるのが騎士団長となる。
その上に、将軍と准将軍という階級がある。
つまり、グワラニーは上から三番目の階級、バイアも五番目の階級を与えられたわけなのだが、実をいえば、これは異例中異例だった。
なぜなら、魔族軍は実力がモノを言う軍組織の中でもその色合いが特別に濃い。
士官学校などというものがないため、全員が五級戦士から始め、武功によってひとつずつ階級を上げていく。
それが、五級戦士でもなかった人間種がその地位を得た。
グワラニーたちに抜かれ、または並ばれた者の多くが、口には出さなかったものの、大いなる不満に持ったのは紛れもない事実である。
ただし、その決定を下した王と決定に不満を持つ将兵。
そのどちらが正しいかといえば、間違いなく前者といえる。
連合軍の領内侵攻の勢いを止めた旧領土への襲撃戦を立案しただけではなく、自ら最初の攻撃を指揮してほぼ被害なしに挙げた戦果。
さらに先日窮地に陥っていたペパス将軍を救出した功。
テーブルに並べられたこれらを上回るものを示すことができない者たちは黙るしかなかった。
むろん、グワラニーの部下たちも相応の地位に上がり、実際の戦闘を指揮したウビラタンとバロチナの二人は戦士長から騎士に、以前から騎士の地位にあったグワラニーの護衛隊長コリチーバは騎士長に昇進していた。
ところで、ふたりが手にした階級にある「騎士」であるが、実をいえば、これは有名無実の見本のようなものだった。
魔族軍の魔術師団がつくりだした火球群と雷系魔法の音に馬が暴れ出し大混乱に陥ったアリターナ軍が大敗を喫したスニャーニの戦い。
それ以降騎馬戦はおこなわれなくなり、馬は輸送と儀礼以外には使用されなくなっていた。
つまり、騎士は戦場から消えていた。
それにもかかわらず、階級には騎士の名が残っているのだ。
自身が得た階級をふたりが嘲笑するのもあながち間違いとはいえないだろう。
そして、ふたつ目の大きな出来事。
それは魔族の国最高位の魔術師アンガス・コルペリーアが正式にグワラニーの部隊に加わったことだった。
もちろん、彼だけではなく、彼の弟子たちも。
これによってグワラニーの部隊は一気に一級戦力へと生まれ変わることになった。
ただし、それはあくまで通常戦力という点で、ということになる。
つまり、特別な才を持つ魔術師ふたりを擁する勇者と対峙すれば、簡単に消し炭になるという点では、以前と同じという意味である。
だが、その日おこなわれた会議後、それによって勇者と互角に戦えるというとんでもないピースが予想外の場所から手に入る。
そして、その始まりとなる会議。
そこでふたりは想定どころか欠片ほども想像していなかった予想外の事態に直面する。
少女。
当然のようにそこに出席したほぼ全員の視線が集まる。
アンガス・コルペリーアの隣に座るということは当然関係者であろう彼女は疑う余地もない人間種。
そして、見た目は人間でいえば十代前半でどう見てもそれより上ではない。
つまり、小学校高学年レベル。
顔は標準よりもかなり上で、見た目年齢を考慮すれば、かわいいという表現が適当である。
むろん典型的な幼児体形。
……まあ、私の守備範囲とは違う。大幅に。
グワラニーは断りもなく少女を好き勝手に値踏みをしただけで終わらせたが、もちろんその場にいる全員がグワラニーと同じく寛容というわけではない。
「コルペリーア師」
冷気を含んだ言葉を口にしたのはバイアだった。
「ここは幹部のみが集まる場。どのようなつもりで連れてきたのかは知りませんが、部外者の出席はご遠慮願いたい」
本人を怒鳴りつけるのではなく、その保護者に声をかけたのはバイアなりの配慮であった。
だが、表面上はもちろん、言外の厚意もまったく意に返さぬコルペリーアは涼しい顔で答える。
「もちろんここが幹部のみが集まる場ということは知っている。だから、これを連れてきた」
「どういうことでしょうか?」
コルペリーアの言葉にバイアはさらに冷気を纏わせた言葉を吐きだすが、コルペリーアの言葉はさらにそれの上をいく。
「これは私の知るこの国で二番目に優秀な魔術師。つまり、私の代理人、つまり副魔術師長にふさわしい者。ここに出る十分に資格はあると思うのだが」
自らの問いに答えたコルペリーアの言葉にバイアの顔が歪む。
「もちろん師がこの国最高の魔術師なのは知っています。ですが、それに続くのは宮廷魔術師のふたりアソテラ師とヨアイ師のどちらか?そのほかにも大勢おります。たとえば、先日ペパス将軍を救い出した……」
「あれらは全員、これの足元に及ばぬ。これはそれほどの逸材だ」
「ですが……」
「バイア。それくらいにしておけ」
この会議の主であるグワラニーは側近を制してから、コルペリーアに視線を送る。
「そうは言ってもバイアの言葉にも一理ある。とりあえず紹介してもらいましょうか。コルペリーア師。いや。魔術師長」
グワラニーの言葉にコルペリーアは重々しく頷く。
「これの名はデルフィン。私の孫にあたる」
「孫?お孫さん?」
「そう。そして、見てのとおり、これの母親は人間種。では、挨拶を」
「デルフィンと申します。グワラニー様」
王にさえ頭を下げないといわれるコルペリーアの孫とは思えぬほど少女は全員に対して深々と挨拶をしたのだが、特にグワラニーを見る目はなにやら特別な思いが籠ったように見えた。
……同じ人間種で歳も近いということで親しみを感じているようだな。
グワラニーはそれをそう解釈したものの、それが大きな間違いであったことがその直後あきらかになる。
「実を言うと、これはグワラニー殿にひとめぼれをしている。私がグワラニー殿の陣に参加したのはグワラニー殿の傍らにいたいというこれの希望を叶えるためでもある。ここまで言えば、明敏なグワラニー殿は私が何を望んでいるかはおわかりだろう。つまり、これは私が魔術師長を引き受ける条件だ。もっとも、すでに魔術師長を引き受けているのだ。当然、こちらの要求も引き受けてもらわねばならない」
コルペリーアはそう言った直後、乾いた笑い声を部屋中に響かせた。
だが、他の者には笑いはない。
一瞬、それは冗談かと希望を込めて思ったグワラニーだったが、少女の顔が赤みを帯びながらなぜか嬉しそうにしているのを見て、それが事実であることを悟る。
……つまり、孫を嫁にしろということか。
……もちろん断るのは簡単だ。だが……。
……ここで簡単に袖にするようなことになれば、せっかく手に入れた大規模な魔術師団が消えてなくなるのは確実だ。
……では、承諾すればいいかといえば……。
心の中でそう言ってから、グワラニーは少女をもう一度眺める。
……どう見ても子供だろう。
……そんなことをしては世間にロリコン認定されてしまうではないか。
グワラニーは心の中でこの世界には存在しないはずの単語を使って心情を吐露した。
そう。
側近のバイアが示した例の疑問はコルペリーア自身の言葉であっさりとケリがついたのだが、それが陰謀や策謀とは無縁なものであったためにかえってグワラニーを戸惑わせていた。
心の動揺を隠せぬまま、グワラニーは口を開く。
「コルペリーア師。デルフィン嬢は随分お若いようですね」
結婚はまだ早いのではないか。
グワラニーは言外にそう言ったのだ。
だが、この程度の言葉で事態は転換するはずはない。
「まあ、たしかに若い。だが、すぐに子が産める歳になるので心配はいらぬ。それに、グワラニー殿もこれとたいして変わらぬ歳であろう」
動揺するあまりすっかり忘れていたのだが、グワラニーの年齢はまもなく五十六歳。
魔族の世界にある換算方法を逆に使用したグワラニーの換算方法では、人間換算では十八歳。
コルペリーアの言葉どおり、若造である。
そういうことで初手が盛大に空振りに終わったグワラニーにはこの場を乗り切る有効な手立ての持ち合わせはない。
そのグワラニーが打てる最善の策とは早々の幕引き、いや先延ばし。
それを画策し、口を開く。
「まあ、私事であるその件はとりあえず脇に置き、そろそろ会議を始めようか」
露骨かつ見事なまでの一手。
より適切な表現を使えば、「しどろもどろ」の「逃げの一手」状態であるグワラニーの言葉で会議は始まった。




