グワラニー 同胞を発見す
「グワラニー殿。申し訳ないがあれが精一杯だ」
連れて来ていた高弟三人に命じて将軍と四人の兵士を死の淵から救い出した老魔術師の言葉にグワラニーは笑顔で応える。
「もちろんですとも。ですが、切羽詰まってお願いしたものの、転移魔法にはあのような方法もあるとは知りませんでした。もしかして、あれは秘儀ですか?」
小さく頷き、グワラニーの言葉を快くものと受け取ったアンガス・コルペリーアがもう一度口を開く。
「まあ、今後のこともあるから覚えておくとよいが、上級魔術師であれば必ずしもその地に足をつけていなくても転移は可能なのだ。具体的に言えば、視界内にある場所なら転移可能だ。ただし……」
「その精度は非常に悪い。距離があればなおさらだ。普通ならどれだけ金を積まれて頼まれても使用しない。だが、あの三人はその才に特別長けているうえ、長い鍛錬をおこなってとんでもない精度を手に入れている。おそらく勇者一行にいる化け物だってあの精度は不可能だろう」
「それともうひとつ。先ほどの私の言葉をグワラニー殿は不満に思ったようだが……」
「格上の魔術師の前で防御魔法を展開させるということは、その魔力によって自らの場所を教えているようなものだ。それでも、それで安全が買えるのならよいが、残念なことにそうはならないことが殆どであるのは一撃で黒焦げにされた将軍が連れてきた魔術師たちが証明している」
「つまり、多くの情報から勇者一行には自分より格上の術者がいることが想定できた。そのため、転移場所を町から見えない位置に設定したうえ、見物中は防御魔法を張らなかった。生存の可能性を高めるために」
「わかったかな」
グワラニーが頷いたところで老魔術師はさらに言葉を続ける。
「ついでに言っておけば、攻撃魔法がおこなえる重要な条件に『攻撃できるのは術者の視界にある相手』というものがある。つまり、我々と違い、すでに相手から視認できる場所に身を置いている以上、彼らにとって防御魔法は張るか張らないかではなく張るべきものだった。それに、あの者たちはかなり強力な魔法を展開していた。これでなんとか防げる。いや。十分に防げると思っていたのかもしれない」
コルペリーアの言葉は一度そこで止まる。
「ところで、グワラニー殿はひとりの魔術師が転移させられる人数をご存じか?」
「凡そは。軍所属の魔術師の標準なら十人が限界だと聞いていますが」
「そうだな。そして、当然ではあるのだが、上級の術者になればその数は増える。そこで問う。あの者たちは一体どれくらいの者を一度に転移させることができると思うか?」
「……千人くらいでしょうか?」
「千人?たった千人だと」
少しだけ時間を使って導いたグワラニーの答えである千人は並みの魔術師が十人ほどであることを考えれば十分に多いといえる。
だが、コルペリーアはその数字を嘲るように笑った。
「……桁が違うな」
「では、万。一万人もの兵を一度に転移させられるのですか?」
グワラニーの言葉にコルペリーアが首を横に振る。
「いや。それでも足りぬ。おそらく最低でも数万くらいにはなるだろう」
「……数万?数万ですと?」
「そうだ。しかも、それはあれがあの魔術師の力の底であるという条件付きだ」
グワラニーはそれ以上言葉が出なかった。
表情を急変させたグワラニーとバイア。
それは見て取れるほどのものだった。
「やはり元文官。数値化すると理解が早いな」
「そこで再度問う」
「そのような化け物がイペトスートを攻撃したら、どうなると思う?」
「……その気になれば、攻撃魔法一撃で王都は壊滅。いや、そのような生ぬるい言葉では表現できません。そこに住む者ともども存在そのものが一瞬で消えてなくなるということでしょうか」
そう。
グワラニーはその言葉を自らが知るあるものと重ね合わせて話をした。
もちろんそれはこの世界には存在しないあのおぞましき兵器。
グラワニーはそれを大袈裟な表現だと完全否定されることを望みながら。
だが……。
「まるでどこかでそれを見たかのような、それが起こったときの惨状を実によく表現されている」
……最悪だ。
……まさか、形を変えたとはいえ、あんなものがこの世界にも存在するとは。
……こちらの世界にやってきて約六十年。敗北を重ねる無能な軍人どもに自分の未来を委ねるわけにはいかないと、私は文官の職を捨て武官へ転身した。だが、官僚だったという前職の知識と経験を活かせるうえに安全かつ効率的に多くの情報を手に入れることができ、元の世界に戻る手がかりを一番入手しやすいと選んだ文官という地位を捨てたのは、あくまで策を講じればどうにでもなる脳筋の剣士だけを相手にするということが前提だ。そんなチートな力がある魔術師が敵にいるなどまったくの予定外だ。
……そうなると、いよいよあの手は有効となる。
……だが、問題もある。
……私は軍人。命じられれば、どこにでも行かねばならない。つまり……。
……勇者の前に立てと命じられる可能性もあるのだ。
グワラニーが大いなる葛藤をしている横で、バイアはコルペリーアに新たな問いを投げかける。
「ところで我々もここから速やかに離れなくてもよろしいのですか?」
グワラニーは気が動転していたため、そこまで配慮できなかったのだが、たしかにそれは重要だ。
まだいるかもしれない敵を掃討するため、魔術師が一撃を加える可能性は十分にあるからだ。
だが……。
「まあ、我々が発見されているのなら勇者たちは躊躇いなく攻撃するだろう。だが、発見できていなければそれは無理だ。なにしろここは人間の占領地。場合によっては人間がいるかもしれない。念のためなどという曖昧な理由で勇者が攻撃するはずがない」
「だから、我々は悠々とこの丘を降りる」
「なるほど」
経験の差による余裕。
切れ者ふたりは心の中で同じ言葉を呟き、薄く笑う。
……まだまだだな。私たちも。
そして、結果的にこのことがグワラニーは予想外の幸運をもたらすことになる。
「ところで……」
アンガス・コルペリーアの指がかなり離れた一点を示す。
「グワラニー殿は勇者たちが正門前でこれ見よがしにおこなっているあの儀式が何か知っているかな?」
それは剣を置いた男三人が腰に手を当てた女性の前で地面に顔を擦りつけている姿だった。
「もちろん初めてあれを見る私は人間界であのようなことがおこなわれていることすら知らなかったのだが、グワラニー殿はあれが何をしているところか知っているかな?」
「……もちろん」
驚きのあまり、すぐにとは表現できない長い空白の時間を費やしてから、グワラニーはその言葉を口にした。
……あり得ることなのか?
……だが、なくはない。
……なにしろこの世界にやってきた者は少なくても私以外にもうひとりいる。他にはいないと考える方がおかしいのだ。
いつもは冷静そのもののグワラニーだが、このときばかりは心の声が漏れ出すことを必死に抑えていた。
大きく息を吸い込み、表面上だけではなく心の呼吸を整えてから、口を開く。
「師よ。あれはドゲザという海を渡った先にあるという遠い異国に伝わるものです」
「ドゲザ?」
「はい。立場が劣る者が目上の者に対しておこなうもので、本来は挨拶のひとつであったのですが、最近では最上級の謝罪の意味が込められておこなわれることが多いようです。ついでにいえば、ドゲザをさせられるのは大いなる恥とされています」
もちろん、グワラニーの言う海の先にある異国とは日本。
ただし、本当にそれが日本由来のものなのかは確証はない。
だが……。
「さすが幼い頃から知識の泉を持つ者と言われ、その知識と才覚で文官団という王宮の伏魔殿を支配していたグワラニー殿」
感嘆の気持ちをそう言葉で表現したアンガス・コルペリーアは続けて少々の疑問を投げかける。
「……だが、そうなると勇者とふたりの仲間はあの女魔術師よりも格下ということになるのだが……」
「そうですね。さすがにどのような事情があるのかまではわかりませんが」
コルペリーアに無難そのものといえる言葉を返しながら、グワラニーは心の中でまったく違うことを考えていた。
そして、その思考は辿りつく。
あるべき場所に。
……あれはやっているのではなく、やらされている。
……つまり、土下座を知っているのは女魔術師の方。
……ということは、彼女は……いや。彼女こそ……。
……探し求めていた三人目の来訪者。




