勇者との遭遇
そして、その日がやってくる。
もちろん、その場所に勇者がいるという保証はなかったのだが、偶然か、それとも、必然だったのかはわからぬものの、魔族軍が転移したマチンガという名の町には勇者一行が待ち合わせていた。
そして、姿を現した魔族の兵士たちを見て、勇者たちはニヤリと笑う。
まるで、獲物を見つけた狩人のように。
ただし、今回は笑ったのは勇者側だけではなかった。
目障りな勇者を討ち、反転攻勢のきっかけをつくりたいと考えていたペパスも、勇者たちの姿を見つけた瞬間、ニヤリと笑う。
そして、もう一組。
その戦場を俯瞰できる小高い丘の上に立っている者たちもふたつの集団が対峙しているのを眺めながらニヤリと笑っていた。
ただし、彼らがいる丘と戦場は相当な距離がある。
そのため、本来は将軍の証として与えられる望遠鏡を借りだしていたグワラニーとバイアはどうにかその様子は見られるといったところ。
むろん、それはふたりにとって不本意かつ不満足なもの。
当然、それはアンガス・コルペリーアも同じはずだったのだが、実際はそうではなかった。
「……楽しそうですね。老師」
思わずバイアがそう尋ねるくらいに、アンガス・コルペリーアは会心の笑みで戦いが始まる前の両軍を眺めていたのである。
「どこがそんなに……」
「そうだったな」
問いに対しての答えとしてはやや不明瞭な言葉で応じたアンガス・コルペリーアは視線を動かす。
「上級魔術師は相手の魔術師が纏う魔力を確認できる」
「もちろんその程度の者になれば、纏う魔力を調整することも、場合によっては消すこともできる」
「だが、目の前に敵がいれば、それを隠すことなく示す」
「そして、それが今ということになる」
「なるほど。それで、どうですか?」
「予想通り。いや、それは偽りだ。予想を遥かに上回る。そして、言っておこう。あれは化け物の部類に入る」
「そんなにすごいのですか?銀色の髪の魔女は?」
グワラニーはそう問うたのは当然であろう。
これまで報告にあった巨大魔法を使用し、魔族軍に凄まじい損害を与えていたのはその女魔術師であり、「銀色の髪の魔女」という呼び名も恐怖した魔族軍たちが名づけたものだったのだから。
だが……。
「まあ、小娘の魔力も驚くべきものなのだが、私が言っているのはもうひとりの方。つまり、グワラニー殿が言う、小細工名人だ。あやつは……」
「おそらく人間界で最高位の魔術師。それもこれまでの歴史の中で」
「そして、それには少々劣るが、小娘の魔力も相当なもの。隣に立つ男を除けばこの人間界一の魔術師。つまり、勇者一行は人間界で一番と二番の魔術師がいるということだ」
むろん、グワラニーもバイアも魔術師ではない。
だから、自らの目で確かめることはできない。
だが、アンガス・コルペリーアは魔族最高位の魔術師。
このようなことに関し間違いを犯すとは思えぬ。
まして、嘘を言うなどあり得ぬこと。
つまり、それは真実。
「笑えませんね。グワラニー様」
「まったくだ」
「いや。そうでもないだろう」
「敵の力を知るという点はこの場に来たのは大きなことだろう」
むろん、それはグワラニーとバイアの会話に割り込んだそれはもうひとりの言葉となる。
「そして、その上で言わせてもらえれば、グワラニー殿たちは完璧に正しかったということになる」
老魔術師の言葉の量が説明というにはあまりにも少ないのはその場にいるのが三人だけではないことによる。
まず、護衛としてグワラニーが率いる部隊では最高位の軍階級となる「騎士」アイマール・コリチーバと兵士三人。
さらに、コルペリーアの高弟であるフロレンシオ・センティネラ、アウグスト・ベメンテウ、アパリシード・ノウトという三人。
さらに、その後ろにも八人の魔術師が控える。
あの話は、披露はもちろん、それを悟られるわけにもいかない以上、その言葉が精いっぱいということになる。
「ついでに言っておけば、あのふたりの魔力。本当にあれが最大なのかどうかわからぬ」
「ちなみに老師と比べた場合はどうなりますか」
「いうまでもない。あの者たちのほうが遥かに上だ」
「……ところで老師。それを踏まえて大事なことをお聞きしたい」
「老師は勇者一行の魔術師たちの魔力を検知しました。それだけの才のある魔術師ならその逆も成立すると思えるのですが」
「当然そうなる。そして、気づかれれば攻撃されるだろうな。最初に。何しろ、私も弟子たちも奴らの目の前にいる魔術師たちより数段の上なのだから」
「だから、その対策をしている。魔力を消して。さらに、山の麓から徒歩で来たのも魔力を察知されないためだ」
「当然無防備なのだから見つかれば一瞬。だから、目立たぬ恰好でこそこそ盗み見をしているのだ」
「つまり、現在防御魔法を展開していないと?」
「当然だ。わざわざこちらの居場所を終える必要がどこにある」
その瞬間、グワラニーは顔を顰めるものの、「相手は魔法の専門家。一見すると危険に思えるそれも最良の対処」だと自分にそう言い聞かせる。
そして、その内なる葛藤を悟られぬように再び望遠鏡を覗き込み、バイアに聞こえるようにこう呟く。
「……いよいよだな」
その言葉どおり、いよいよ戦いが始まる。
勇者は三人の剣士が距離を取って横一線に並ぶ。
そして、真っ白い甲冑のため、その位置が際立ってわかる女魔術師は中央の剣士の後方。
もうひとりの魔術師は更に後方、町の入口の前に立っている。
それに対し、魔族軍は剣士ひとりに百人で戦えるように兵を配置。
魔術師は最後方に集中配備している。
これはこの世界の兵配置の基本で、別の世界における、歩兵と砲兵の配置とほぼ同じと言っていいだろう。
「悪くない陣形だ。剣士百人で袋叩きにする気だな」
「ええ。さすがペパス将軍」
「だが、おそらく勝負は一瞬でケリがつく」
「彼我の魔術師の能力の差は如何ともしがたい。我が軍の魔術師が展開する防御魔法など彼らにとってはないに等しいからな」
そして、戦いは老魔術師の言葉どおりとなる。
「……まさか」
「ペパス将軍はやれることはすべてやっていました。それにもかかわらずこれとは……」
「ああ」
「力の差があり過ぎる」
勇者の強さは十分に認識していたつもりだった。
だが、目の前で起こったことはそれすら凌駕するもの。
「私でさえこうだ。イペトスートの連中の認識などお話にならない」
「このままではだめだ」
断片的な言葉を口にしながらグワラニーの思考が辿り着いたもの。
それは……。
この戦いを知る者を確保する。
「老師」
「将軍を救う手だてはありますか?」
「将軍とはペパスのことか?」
「もちろんです」
「その様子では間もなく勇者の剣がペパスに届く。その理由は王都に戻ってから聞くことにして……」
「センティネラ、ベメンテウ、ノウト。できれば、将軍。そうでなければ適当な者を救い、そのまま王都へ戻れ」
「承知しましたが転移先に味方がいなかったら?」
「そのままその場を離れろ。誰も来ないと思っている敵の油断を突くのだ。すぐに離れないと消される。その点忘れるな」
「行け」
その言葉の直後、三人の高弟の姿は消えた。




