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エリート官僚はどこかの誰かに飛ばされた異世界で頂点を目指す  作者: 田丸 彬禰


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クアムート救援へ

 グワラニーは自身と腹心のバイアが破格ともいえる特別昇進をしたとき、このような言葉をを残している。


「これで近いうちに前線に送り出されることが確実になったと言ってよいだろう」


「北部の城塞都市クアムートがノルディアに包囲されてしばらく経つが、数度の援助作戦はすべて失敗に終わっている。我が国の生命線である南部の鉱山群の防衛戦も苦戦が続いており、戦況が好転する様子は見られない」


「おそらく我々は近々そのどちらかに投入されることになるだろう。王も不平があるのを承知で私に騎士団長の地位を与えたのはそのつもりがあるからだろうし、ガスリンやコンシリアがそれほど反対しなかったのもそれを察したからだろうな」


 それに対しバイアはグワラニーに負けない黒い言葉でこう応じた。


「調子に乗っている小僧どもは前線でひどい目に遭って、戦争の厳しさを知って来いと?」


「王はともかくガスリンたちはそう思っているだろう。それに、さすがに軍の地位に関しては無位無官である文官ごときが指揮官などしている部隊を援軍に出したとなれば援軍を待ち望んでいた味方の士気は大いに下がるのは確実だ。そういうことも王は配慮したのだろう。そういう点からいけば、可能性が高いのはクアムート行きだろうな」


「もっとも、王のつまらぬ思惑など私は知ったことではないし、ましてガスリンたちの望み通りになってやる義理などまったくない」

「つまり、どちらに出向くことになっても勝利するということですか?」

「当然だろう。……いや」


「我々が手に入れるのはただの勝利ではなく、完璧な勝利だ」


 そう言ったところで、グワラニーは苦笑する。


「と言いたいところなのだが、残念ながらこの規模では単独行動ということではないだろう。当然その他大勢のひとつとして誰かの指揮下に入る。つまり、我々は誰かの命令に従う立場。だから、我々は損害を極力出ないように努め、かつ、命令をこなすことに集中することにしよう。ありがたいことに我が軍には我が国最高の魔術師アンガス・コルペリーアが加わっている。たとえ全軍崩壊という事態になっても我々だけは敗死しなくて済むのではないか」


 もちろん、この時はまだ自分の懐にアンガス・コルペリーア以上の逸材が眠っていることを知らなかった。

 そのため、グワラニーの言葉も極めて常識的で穏便なものだった。


 そして、グワラニーが魔族軍最高の魔術師だという少女を抱え込んでしばらく経ったある日それがやってくる。


「グワラニーは配下の兵とともにクアムートの救援に向かえ」


 御前会議での王の命令はグワラニーの予想通りのものだった。

 だが、その内容については予想とはやや異なるものだった。


「……我々の部隊のみでそれを実行するということですか?」


 最激戦地に配属されるとは思っていたものの、それでも大軍の一部隊として参加するものと思っていたグワラニーにとっては意外なものだった。

 もちろん、それは上席にある者から命じられることがないため望ましいものではあったのだが、このような大きな戦いに小部隊が単独で出向くことなどあり得ぬことでもある。

 その真意を聞き出そうとしたグワラニーの問いに、王はこう答える。


「いや。パラトゥードと一緒だ。作戦の概要はガスリンが話す」


 ……つまり、これはガスリンからの提案か。

 ……だが、我が部隊は魔術師こそ質量ともにとんでもないことになっているが剣士に関しては増員されたといっても兵は千人。アリターナに屈辱的な大敗を喫した後は懲罰を兼ねてたいした補充もおこなわれていないままのパラトゥードの部隊も三千人程度。

 ……それに対して相手は五万近く。

 ……これでどうやって敵陣を抜き、食料を届けるというのか。

 ……筋肉馬鹿のガスリンがない頭でひねり出したらしいその奇策とはいったいどのようなものなのだろうか。これはなかなか興味深いな。


 笑顔の内側で皮肉をたっぷりと込めてそう呟いたグワラニーが眺める大男の口が開く。


「本隊は指揮官のパラトゥードで食料を運ぶ荷車とともに明日出発する。グワラニーは彼らが城の入り口に辿り着けるように支援せよ」


 ガスリンの言葉は説明というにはあまりにも短かったのだが、グワラニーにはそれで十分だった。


 そう。

 その意図はハッキリとしていた。


 ……つまり、我々の役は囮。いや、エサだ。

 ……そして、我々に求められているのは、荷駄隊の通行地点に陣を構える最大の難敵人狼軍の相手。


 人狼。

 それは某世界の物語に登場する狼男というわけではなく、突然変異的に人間とは思えぬ身体能力を持つ者を示す俗称であり、彼らは魔族軍の兵士たちと同等の剣技を誇る。

 そして、クアムート城を包囲しているノルディア軍はこの世界で唯一人狼だけで万単位の軍を組織化している。


「わずか千人の兵で一万人の人狼を相手にせよということですか?」


 これでもかというくらいに疑わしさを表すグワラニーの問いに魔族軍の最高司令官が重々しくこう答えた。


「形のうえではそうなる。だが、おまえが得意な小細工を弄して防御に徹すればある程度の時間は稼げるだろう。本隊が入り口に達すればおまえたちの役割は終わりだ。任務終了次第、転移魔法で王都に戻って構わん」


 ……戻って構わんだと。


 グワラニーは心の中で怒号を上げた。

 だが、それとともに、疑問が浮かぶ。


 普通に考えれば、それだけの数の差があれば一瞬で全滅する。

 つまり、それでは囮としてもまったく機能しないのだ。


「命令は謹んでお受けいたしますが、戦場に向かうにあたり、大事なことをお伺いしたいのですが、よろしいですか?」

「……言え」


 グワラニーの言葉に不機嫌さを顔中に浮かび上がらせた総司令官が渋々と音が聞こえそうな表情でその言葉を口にする。


 グワラニーは見た目だけの感謝の気持ちを表してからゆっくりと口を開く。


「我が部隊の使命は十分に理解し、最善の努力はいたしますが、なにぶん私の配下は少数。目的を達せられないことは十分に考えられます。奮戦空しく我々の部隊が全滅したとき、パラトゥード殿の隊が入り口に到着していなかったかった場合にはどうなるのでしょうか?」


 常識的に彼我の戦力を考えればこれは十分に起こりえることである。

 グワラニーは目の前の男が口にしそうなことを心の中で想定する。

 もちろん嫌がらせの意味を込めたそれに対する更なる質問の準備も忘れずに。

 だが、相手が口にしたのは前に進むことしか考えないその男の口から出るはずのないものだった。


「動きの遅い荷駄隊を抱えてやみくもに城に向かっても損害を増やすだけだ。そのような事態になったときは撤退するしかあるまい。そして、才気あふれるおまえができないことを他の者ができるはずがない。つまり、今回の作戦が失敗した場合、城内にいる者たちには申しわけないが、今後救援はおこなわない」


「つまり、我々が全滅した時点でクアムートに対する救援作戦は終了だということでしょうか?」

「残念ながらそうなるな」


 グワラニーはすべてを理解した。


 つまり、クアムートを見捨てるということはすでに決定されている。

 だが、無策でそれをおこなったのでは残った兵の士気にも影響するし、今後のこともある。

 そこで、誰かを人柱にして援助計画を終了することにしたのだ。


 ……そして、そのつまらぬ儀式の生贄に選ばれたのが我々というわけか。

 ……クアムート放棄という王の意向に沿ううえに、ついでに目障りな者の排除できると小躍りするガスリンの姿が目に浮かぶ。


 ……やってくれたな。ガスリン。

 

 露骨なくらいに苦り切った表情を浮かべたグラワニーが口を開く。


「……過分な評価ありがとうございます」


 だが、心のうちではその言葉とは全く違う感想を口にしていた。


 ……残念だったな。ガスリン。


 ……おまえの失敗は我々の本当に力を知らぬため首輪をつけずに私を解き放ったことだ。


 ……どれだけつまらぬ枷が付くのかと心配していたが、これで勝利は確定した。


 ……あとはどのようにして勝つか。それだけだ。


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