ひとつ目の邂逅
将来最大の障害になると思われる勇者一行。
その戦いを生で見る。
その相手として最高のサンプルを目の前にして起こった問題。
むろんそこまでは転移魔法を使用するわけなのだが、それをおこなえる者がいないのだ。
敵領地の奥に進むことを優先した結果とはいえ、比較的前線から近いマチンガに転移できないというのは、まさに「灯台下暗し」である。
むろん、この世界にはそのようなことわざはないのだが。
「ということは、見物場所を変更するということですか?」
「いや」
「まだ完全に手がなくなったわけではない」
「というと」
「簡単なこと。マチンガまで行けそうな魔術師を依頼する」
「なるほど」
「それで、我々を導いてくれるという魔術師のあてはあるのですか?」
「ああ」
「さすがですね。どこの誰……」
「アンガス・コルペリーア」
「な、なるほど」
自身の言葉を遮ってグワラニーが口にした者の名を聞いたバイアは何とも言えない表情を浮かべ、その表情に相応しい曖昧な言葉で応じた。
アンガス・コルペリーア。
魔族の国最高の魔術師とされる男であり、多数の弟子を擁している魔術師団の長である。
ただし、コルペリーアは非常に変わり者として有名であり、その噂通り、軍への協力を拒み続けている。
それは状況が悪化している現在も変わらぬ。
具体的にそれがどういうものかといえば……。
軍へ魔術師の派遣。
魔族の国は形式上軍に入るかどうかは自由意志。
だが、魔術師の上下関係は軍隊のそれ以上。
つまり、師が否といえば、その魔術師団に属する者は自身の意向に関係なく否という答えとなる。
ただし、コルペリーアが国と完全な縁切れ状態になっているわけではなく、自身が持つ魔法適正判定器「真実を示す羽」をして、魔術師候補を見つけることには協力している。
ちなみに魔法適正判定器は魔族の国だけに存在し、これを所有していない人間の国ではその者が魔術師としての能力に目覚めたときに初めて魔術師であることが判明する。
ついでに言っておけば、この世界は典型的な男尊女卑の思想が核にある。
ただし、その副産物のようなものになるのだが、女性が戦場に出ることはない。
当然、魔術師適正があっても女性は軍に正規軍に属することはなく、女性が敵に対峙し戦うのは傭兵や冒険者だった場合だけとなる。
さらにつけ加えておけば、この世界における傭兵と冒険者の定義は、同じ流れ者ではあるのだが、多くの場所にある組合に登録し、組合から仕事を得ている者が傭兵、そうでない者が冒険者となる。
当然、生きていくために怪しげな仕事も受けなくてはならない冒険者は傭兵より格下の扱いであり、その仕事内容から「冒険者とは野盗の別名」という評価もあながち間違いではないといえるだろう。
さて、そろそろ本題へ戻ろう。
「……グワラニー様もコルペリーア師の噂は知っていますよね」
一瞬後、グワラニーが余りにも簡単にその者の上げたため、バイアは思わず当然すぎる問いの言葉を口にする。
そして、もちろんグワラニーも当然のようにこう返す。
「もちろんだ」
そして、視線をバイアに向ける。
「そういうことでアンガス・コルペリーアを承諾させる策はないか?バイア」
もしかして、という淡い期待は一瞬で崩れたバイアは苦笑しながら口を開き直す。
「マチンガまで連れていってくれることを、ですか?」
「いや。その先。つまり、我が軍に加わってもらう算段だ」
「さすがにそれは難しいと言わざるを得ないでしょう」
もちろんバイアだってそうなれば素晴らしいとは思う。
自身が自国最高の魔術師だけではなく、人間の国であれば、その国最高の魔術師と評されるような弟子を多数抱えていると噂のアンガス・コルペリーアを自軍に取り込めるのなら戦力は格段の進歩を遂げることになるのだから。
ただし、それは現実的ではないのも事実。
バイアはグワラニーだけではなく自分自身も慰めるように言葉を続ける。
「今回はマチンガまで転移魔法で連れてもらうところまでを目標にしましょう。さすがに突然「自分の部隊に加われ」と言ったところで、承諾するはずがありません。それどころか、目の前の問題も解決しないまま終わることになりますから」
「我が陣営に加わってもらう件については、今回の件が終わった後にゆっくりとやるということで……」
「最初の問題を解決することに全力を注ぎましょう」
だが……。
屋敷を訪ねてきたグワラニーとバイアをアンガス・コルペリーアは歓待する。
これはふたりにとって予想外過ぎる出来事だった。
コルペリーアとその弟子たちを自軍に引き入れるため、多くの将軍が面会を申し込んだ。
だが、その大部分は門前払い。
残りも、とりあえず要件を聞いたものの、けんもほろろに追い返されていた。
その話は多くの場所で聞かされていたので、部隊を率いているとはいえ、軍の肩書さえ与えられていないふたりからの面会申し込みを承諾されただけでも成功の部類に入る。
そのうえ、これだけの扱い。
何かろくでもない代償を要求されるのではないのか?
たとえば……。
魔法攻撃の的役のような。
心の中でふたりはそう呟く。
だが、屋敷に入ってしまった以上、要件は話さねばならない。
「実は……」
そして、別の世界では五百秒と同等の時間の長さとなる五セパ後。
「いいだろう」
それがアンガス・コルペリーアの答えだった。
難攻不落に思えた老魔術師攻略のため、数多くの提案を用意してきたグワラニーとバイアにとってそれは朗報であるとともに、気持ちが悪いもの。
「お願いしておいてお伺いするのもおかしいのですがその理由どのようなものなのでしょうか。老師」
「言うまでもない。私もグワラニー殿と同じく、噂に聞く勇者一行とやらを見たいのだ。生で」
「ただし、その方法についてはこちらのやり方に従ってもらうが、それでよろしいか」
「もちろんです」
「よろしい。せっかくだ。こちらからもひとつ聞いておこうか」
「グワラニー殿は文官から武官になった理由だ」
「言っておくが、道端に落ちているようなつまらぬ理由を口にするようならマチンガ行きは取りやめだ。そのつもりで答えてもらおうか」
そう言ったところでアンガス・コルペリーアはグワラニーに向けて厳しさだけで出来上がった視線を向ける。
「幼少の頃より神童と言われたグワラニー殿は理解しているはず。勇者の力は圧倒的。我が軍の将軍たちがどれだけ集まっても勝てないことを」
「つまり、あと一年も経たずに王都イペトスートは落とされ、我々はこの世界から消える」
「そのような状況で軍に身を投じてもどうにもならない。つまり、無駄な足掻きと考える」
「普通は」
「だが……」
「勝算があれば話は別だ。そして、状況を鑑みれば、グワラニー殿にはその策がある。そこにひとつ条件を加えれば、その策には有能な魔術師が必要。つまり、今回の件で私を訪ねてきたのは、勇者の戦い方を見る事以上も、私を自分たちの仲間にしたいという隠れた目的がかくされている」
「それから、もうひとつ。グワラニー殿の秘策。それは王や軍幹部に言えないような類のものである。そうでなければ、会議で提案され、とっくに軍幹部から私のところに話がやってきているはず」
……さすが最上位の魔術師。洞察力も半端ではないな。
……だが、ここで話をすべきかどうかは微妙だな。
「秘策を看破されたと心配になるのはわかる。だが……」
「私は王や軍幹部とは深い繋がりがない。つまり、話をしても問題ない」
「どうだ?話す気になったか?」
「グワラニー様。ここまで言っているのです。話をされてはいかがですか?」
「前に進むためにはどこかで話をしなければならないのですから」
「……そうだな。たしかにそうだ」
「では、聞いてもらいましょうか。私の計画を」




