近づく邂逅のとき
彼我に横たわる多くの条件を考えれば勇者の参戦は偶然の産物。
グワラニーはそう断定し、バイアもそれに同意した。
むろん、これは極めて妥当性のあるものだったのだが、事態はグワラニーたちの予想から大きく外れる方向へ歩みだす。
なんと、それからも魔族軍は転移先で勇者一行と接触する事態が頻繁に発生したのだ。
それまで千人単位の魔族軍を蹴散らしてきた勇者一行と数百人の魔族軍の戦い。
結果は一方的なものになる。
全滅。
または、全滅に近い被害。
もちろん、勇者のいる場所を特定した魔族軍がわざわざその場所に転移しているのなら、結果は別にして遭遇すること自体は納得できる。
だが、実際には魔族軍の目的はあくまで後方攪乱。
つまり、勇者どころか、敵兵そのものがいないことを前提にしている。
それにもかかわらず、なぜか転移先に勇者がいる。
こうなれば勇者側が意図的に待ち伏せしているのはあきらかである。
だが、相手が誰であっても、そして、どのような事情があろうが、襲撃が失敗したことには変わらない。
本来であれば、失態をこっそりと闇に隠し、なかったことにしたい。
これが失敗した部隊を送り出した将軍たちの共通した思いであった。
だが、彼らにはそれができない理由があった。
「同じ過ちを繰り返さないために失敗があった場合でもすべてをあきらかにせよ。もし報告を怠ったり偽りの報告をおこなったりしたことがわかったら誰であろうと厳罰に処す」
むろんそれが王の言葉となれば、将軍たちもその命に従うしかない。
だが、これには問題があった。
その情報を開陳するのは王が主催する会議の場であり、当然多くの将軍たちも列席するわけで、その場に居合わせた者たちも耳にする。
むろん、そこにはグワラニーもいた。
王命によっておこなわれる責任者による正確かつ詳細な敗戦報告。
そして、それをおこなうのは他の将軍たちも集う会議の場。
そう。
これこそグワラニーが自らの追従者たちの失敗した話を驚くほど詳しく知っていたカラクリとなる。
そして、ある日の夜。
「バイア。勇者の一連の行動をどう思う?」
昼間の会議の様子を聞かせ終わるとグワラニーは酒の入った木製の器に口をつけながらそう問う。
「まさかこちらの誘いに乗ったということはあるまい」
「まあ、さすがにそれはないでしょう」
「では、バイアは彼らの意図はなんだと思う」
「そう見せかけているだけ」
「というと?」
「すでに自分たちの実力は知っている。そのうえで襲撃者狩りに勤しんでいれば、魔族は必ず討伐軍を派遣してくる。それを討つ。今まで以上に効率的に」
「しかも、こちらの攻撃は一度襲撃した場所は狙わない。そうなれば、ある程度絞ることはできるでしょう。待ち伏せも容易でしょう」
「まあ、そうだな」
「しかも、勇者が待っている可能性があるにもかかわらず、襲撃体制は最初のまま。出会ってしまえば、勝負は一瞬で終わるのは当たり前の話だ」
「ですが……」
「そこまで念入りに小細工をひねり出すということは、勇者も剣を振り回しているだけの力自慢というわけではないということになりますね」
「ああ」
「だが、それをおこなっているのは勇者ではないだろう。情報によれば、ガキと小娘で構成されている勇者一行の中に飛びぬけて年長の男がいるという。一応魔術師だというところまではわかっているが、この年長の魔術師がその策を考えているのだろう」
「何か根拠があるのですか?」
「いや。特にない。だが、その程度のことができなければ勇者一行に入られないだろう。そして……」
「勇者一行などと呼んでいるが、勇者ではなくその男こそリーダーだということだってありえる」
「なるほど」
「……ところで」
話が一段落したところで、わざとらしい咳払いで仕切り直しをしたバイアが尋ねたのは、現状に対する魔族軍の対応についてだった。
「さすがに今後もこのままというわけではないでしょう」
「どうするということに決まったのですか?」
「基本的には今まで通りだそうだ。だが……」
「その中に勇者討伐をおこなう将軍直属部隊を混ぜ込むそうだ。むろん、その部隊は将軍が直接指揮をするそうだ」
「それをおこなう部隊は王の指名なのですか?」
「いや。自薦だな」
そう言ったところで、グワラニーは黒い笑みを浮かべる。
「手を上げたほうがよかったか?」
「まさか。グワラニー様だってそう思っていたから手を上げなかったのでしょう」
「まあな」
「軍に属している以上、命令であれば行くしかない。だが、そうでなければ、勝てないとわかっている相手とわざわざ戦いを挑むなどありえないだろう」
「行きたいという奴が山ほどいるのだ。そのようなつまらぬ仕事はそいつらに譲るべき」
……そして、高みの見物を決め込む。
実はこの言葉は別の世界のものであり、この世界には存在しない。
そのため、こうして心の中で呟くことになる。
日本語で。
そして、一瞬後、ほぼ同様なことを口にする。
「それより今回の勇者討伐策を遠くから見物しておくべきだろう」
「将来のために」
そう。
心の中では「高みの見物」とは言ったものの、グワラニーが実際に考えていたのはより辛辣だった。
生贄役の味方と戦う様子を見て勇者一行の戦力分析をおこなう。
そのためにはある程度の強さ、さらに優れた指揮官が指揮する部隊でなくては困る。
むろん、バイアもすぐにそれに気づく。
「候補者の選定はできているのですか?」
「ああ」
「アンブロージョ・ペパス率いる兵三百五十。魔術師四十の部隊。一連の襲撃部隊でも規模は大きい方だ」
「ペパスは有能な指揮官としてよく知られている将軍。戦いを見物する相手としては完璧ですね」
そう。
アンブロージョ・ペパスは経験豊かな猛将として有名であったのだが、巧みな戦い方ができる将としても知られていた。
そして、爵位持ちの貴族が率いることが多い人間たちの軍に比べて階級の上下を問わず厳しい軍律が課せられる魔族軍の中でもその厳しさは有名であった。
そこにひとこと加えれば、総司令官であるガスリン派、副司令官であるコンシリア派のどちらかに属する者が殆どである魔族軍の将軍の中では珍しい中立派とされる。
「ただし、ペパスの戦いを見物するにはひとつ問題がある」
「と言いますと?」
「奴が襲撃するマチンガに転移できる者が私の配下にいないことだ」




