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エリート官僚はどこかの誰かに飛ばされた異世界で頂点を目指すことにした  作者: 田丸 彬禰


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ロシャ襲撃戦

 旧魔族領で現在はフランベーニュ王国が占領している町ロシェは重要施設があるわけでも交通の要衝でもない。

 ただし、アリターナ王国の占領地域に隣接している。


 フランベーニュ王国とアリターナ王国は本国も隣接している。

 そして、現在は休止状態ではあるものの、常に国境を巡りいがみ合う仲。


 旧魔族領の分割が確定していない以上、占領していることを必要以上に誇示せねばならない。

 後方の小さな町にもかかわらず、フランベーニュ軍は駐屯兵を置いていたのはそのような事情からだったのだが、これは非常に珍しいことであった。

 なにしろ、フランベーニュ軍、いや、その他の国の軍も前線に兵力を集中し、後方には重要拠点以外はほとんど兵を置いていなかったのだから。

 もっとも、駐屯していると言っても、ロシェに配置されたその数は五十人ほどであったのだが。


 その日。

 いつもどおり静かに夜から朝に変わりかけたところで、突如二百人を超える完全武装の魔族兵が姿を現す。

 魔族の戦士一名を倒すのに最低でも人間の兵三名は必要とされるこの世界で、人間側が魔族の二割にも満たないこの戦いはあまりにも分が悪い。

 しかも、フランベーニュ側に兵力差を埋める優秀な魔術師がいない一方、魔族側には多数の魔術師が同行していた。


 当然のように迎撃に出たフランベーニュ軍兵士はあっという間に駆逐され、残っているのは、非武装の入植者二千人。

 いつもなら、ここからこの世界の習わしともいえる勝者が敗者に対しておこなう凄惨な儀式が始まる。


 それによって人間に捕らえられた魔族は「この世に存在してはいけない忌まわしき存在」として女子供を含めてすべて殺される。

 特に女はその前に百人単位の慰み者になるのが通例である。

 もちろん魔族に囚われた人間も、奴隷となる者以外はすべて同じ運命が待っていた。


 だが……。


「住民はすべて広場に集めました。さて、これからいかがいたしますか。グワラニー様」


 王都から派遣された監督官が使用していた執務室から群衆を見下ろすように眺めるグワラニーにバイアがそう問いかけると、表情を変えることなくグワラニーが答える。


「もちろん予定通り」

「承知しました。ウビラタンとバロチナへ伝達。予定通り始めるようにと」


 伝令兵が出ていくのを確認するとグワラニーは自身とともに今回の計画を立てた男に目をやる。


「武器を持たない住民たちに手を出すなという命令は守られているのだろうな」

「いいえ。さすがにそのような命令は初めてだったらしくゼロというわけにはいきませんでした。ただし、それを起こした者はすぐに警備を指揮するコリチーバが処断したとのこと。被害者の前で」


 その言葉にグワラニーは顔を歪める。


「それでいい。だが、手駒が少ない我々にとってどれだけ愚か者であっても貴重。それを自身で裁くというのは好ましいことではない。今後同じようなことが起きないように規律の順守をもう一度徹底させろ。それから、ウビラタンたちの仕事が終わり次第この町を離れるわけだが、そちらの準備はできているか?」

「もちろんです。おこなわなければならないことが残っている我々にとって、このような小さな町など仕事が終われば用済みなのですから」


 それからまもなく魔族たちはその言葉どおりせっかく占領したこの町を放棄して姿を消す。


 その町で一番高い塔の先端に彼らとは無縁な国の旗を掲げて。


 そして、その不可思議な出来事が起こる少し前。

 グワラニーの命を受けた、実戦部隊の指揮官アビリオ・ウビラタンとエルメジリオ・バロチナは住民たちに奇妙な内容の命令を伝えていた。


 フランベーニュ語で。


「……我々はアリターナ王国に降伏した魔族である。そして、我々は現在の主人であるアリターナ王の命によりこの町を占拠しにやって来た。今までなら捕らえられたおまえたちは皆殺し。だが、現在の我々は人間側の者。特別に見逃してやるから我々の気が変わらぬうちに退去せよ。なお、温情により食料と野盗から身を守る程度の武器の携行は許可する」


 その後、入植者たちは二グループに分けられ、最初に出発を命じられたグループはアリターナ王国の砦に、それから半日後に出発したもうひとつは倍ほどの距離にあるフランベーニュと王国の砦に向かうように指示される。


 それぞれのグループのリーダーに手渡された手紙とともに。


 もちろん拒否権などあろうはずもない住民たちは魔族たちに駆り立てられるままに出発する。

 「見えないところから監視しており逃亡した者が出たら即座に全員を殺す」という魔族の指揮官の言葉に操られるようにその指示に背くことなくアリターナ王国の砦には翌日、フランベーニュ王国の砦に向かった住民も翌々日には何事もなく全員が目的の場所に到着した。


 だが、話はそこで終わりではなかった。


 いや。

 実はそこからが今回の本番だったと言ったほうがよいだろう。


 それから数日後。

 なんとロシェを巡ってフランベーニュ軍とアリターナ軍が衝突したのである。

 そして、その原因となったのが例の手紙。


 そして、それぞれの手紙にはこう書かれていた。


「我がアリターナ王国はロシェの地を頂くことに決めた。異議がある場合は我が先兵として派遣した降伏し現在は我が国の配下にある下賤な魔族兵などではなく正規兵が堂々とお相手いたすので、この手紙を受け取ってから二日以内にフランベーニュ国旗を先頭に掲げ堂々と軍を向かわせたし。攻撃がない場合には貴国はこの占領を認めたものとする。なお、入植者の半数は占領の証しとしてそちらに送ったが、残りの半数はアリターナ本国に送り奴隷として使わせてもらう」


「我らは国王陛下より秘密の勅命を受けた者。フランベーニュ王国が我が国の占領地域の不当占拠を画策しているという情報を掴んだため行動を起こし、その拠点となるロシェの占領には成功したものの、フランベーニュ王国の反撃を受ける可能性が高いため大至急救援を請う。なお、公式には魔族である我々がアリターナ王の配下になってはいるという事実はないため我々はまもなく姿を消すが、町の占領の証しとして塔にアリターナ国旗を掲げるので国旗が見えればまだ再占拠されていないと思われたし。追伸。入植者の半数はこれから殺すが、残りはそちらに捕虜として送ったのでご随意に活用されたし。また、有能な指揮官殿には余計な助言だとは思うが、我らが王の配下になっていることは王からの公式宣言が出されるまで他言無用となる極秘事項であり、万が一漏れるようなことがあれば王から厳しい罰があることをお忘れなく」


 十日後。


「あの程度の陳腐な小細工で仲間割れを起こすとは彼らの連合とやらもたいしたものではなさそうですね」

「まあ、裏切っても利が得られるどころか生存すら許されない我々とは違い、奴らは所詮目の前の利害が一致しただけの寄せ集め。将来的な相互不信の種を植えつけることはできるかもしれないとは思ったが、まさかこれほどの成果が得られるとは思わなかった。だが、とにかく我が国に侵攻した国が隣国同士で小競り合いを始めてくれたのは実にありがたい。これで侵攻の速度はだいぶ遅くなるだろう」


 ほぼ無傷の兵とともに王都郊外の館に帰還し、現在は不眠不休で働いた疲れを癒している、あの二通の執筆者であるふたりはその策の成功をあらためて噛みしめていた。


 グワラニーと共に部下たちに連合国の言葉を教え込んだ今回の黒幕のひとりバイアは笑いを堪えながら言葉を続ける。


「ところでウビラタンとバロチナのふたりから再出撃はいつになるのかと問い合わせが来ております。いや。どちらかと言えば催促ですね。あれは。それで、彼らにはなんと答えておきましょうか?」


 その言葉にグワラニーは苦笑する。


「……四日間休みなしで働いたというのにまたすぐに働きたいとは勤勉だな。彼らは」


「まあ、勇者登場以来敗戦続きだった我が軍にとっては痛快極まりない今回の大戦果の立役者になったわけだから、当然部下たちの士気は高い。その熱が覚めないうちにさらなる戦果を挙げたいと思うのは兵を預かる指揮官として当然ではあるのだが。だが……」


 その口に物が挟まったようなその物言い。

 それから、そこで語られなかったこと。


 それこそがグワラニーの答えとなる。


「では、次の作戦のために準備を兼ねてしばらく休養を取るようにいっておきましょうか」


「まさかこれから同業者が大量に涌いて出るから、あとは彼らに任せるとはやる気満々の今の彼らには言えませんから」


 バイアの言葉に頷いたグワラニーだったが、むろん思いはバイアと同じ。


「勤勉なウビラタンたちには悪いが、我々だけが戦果を挙げ続けたら将軍たちに妬まれてしまうからな。戦果を譲ってやることも軍組織には必要なのだ。それに……」


「所詮今回の策は詐欺の一種。種さえわかれば対策はいくらでもある。つまり、今後はこのような戦果は期待できない。だから、損害のわりに戦果が得られないものに少数の兵しかいない我々は関わるべきではない」


「先駆者として、そして完璧な勝利者として名が残る我々は傷つかず、さらに我々が参加しない戦いで将軍どもが失敗すれば我々の価値はさらに上がる。しかも、休める。いいことずくめだ」


 これが、グワラニーが軍を率いておこなった実質的な最初の戦いとなる「ロシェ襲撃戦」。

 その顛末となる。


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