特別編Ⅲ Rondo ~巡る季節の約束~
秋の空は高かった。
夏の暑さも少しずつ和らいで。
吹く風には、どこか懐かしい匂いが混じり始めている。
放課後。
校舎の窓から見える空を、俺はぼんやりと眺めていた。
「相楽くん」
声がして振り返る。
秋帆だった。
「まだ帰ってなかったんだ」
「そっちこそ」
「委員会の仕事」
「真面目だな」
「普通だよ」
そう言って小さく笑う。
夕陽が差し込む教室。
オレンジ色の光が机を照らしていた。
この時間が好きだった。
何も起きない時間。
誰かがいて。
静かで。
少しだけ眠くなるような空気。
「何見てるの?」
秋帆が俺の隣へ来る。
「空」
「それは見れば分かるよ」
「じゃあ夕焼け」
「それも分かる」
思わず苦笑する。
「……こういう時間、好きなんだ」
「放課後?」
「うん」
秋帆は少しだけ驚いた顔をした。
それから。
窓の外へ視線を向ける。
「私も好きかも」
そう言って微笑んだ。
◇◇◇◇
校門を出る。
すると。
「おーい!」
聞き慣れた声がした。
奈津実が手を振っている。
その隣には陽香もいた。
「兄さん!」
「何で二人ともいるんだ」
「迎え」
「何でだよ」
「何となく」
奈津実が笑う。
「理由になってない」
「細かいこと気にしない」
本当に自由な人だ。
◇◇◇◇
四人で歩く。
いつもの帰り道。
商店街を抜けて。
川沿いの道へ出る。
夕焼けが綺麗だった。
「そういえばさ」
奈津実が言う。
「来週の祭り、みんな行く?」
「ああ、もうそんな時期か」
地元の秋祭り。
春の祭りほど大きくはないけれど。
昔から続いている小さなお祭りだった。
「私は行きたいです」
陽香が真っ先に答える。
「私も」
秋帆が続く。
三人の視線が俺へ向いた。
「何だよ」
「兄さんは?」
「ヒロは?」
「相楽くんは?」
「何で圧が強いんだ」
三人とも笑った。
「……行くよ」
そう答えると。
なぜか拍手が起きた。
「何なんだ」
「決定!」
奈津実が満足そうに頷く。
◇◇◇◇
数日後。
休日。
秋祭りの日。
神社の参道は賑わっていた。
提灯。
屋台。
子供たちの笑い声。
秋の夜は少し肌寒い。
それでも。
祭りの空気はどこか温かかった。
「人多いな」
「毎年こんな感じだよ」
奈津実が答える。
「兄さん、あれ」
陽香が指差す。
綿あめだった。
「食べたいのか?」
「……少しだけ」
「また少しなんだ」
「少しです」
結局買うことになった。
嬉しそうに綿あめを持つ陽香を見て。
奈津実が笑う。
「可愛い」
「やめてください」
「照れてる」
「照れてません」
秋帆も小さく笑っていた。
◇◇◇◇
神社の境内へ着く。
夜空には星が見えていた。
「綺麗ですね」
秋帆が呟く。
確かに。
秋の空は澄んでいる。
夏とも。
冬とも違う。
少しだけ寂しくて。
でも優しい空だった。
◇◇◇◇
「なあ」
奈津実が突然言った。
「何?」
「来年も来ようよ」
その言葉に。
みんな少しだけ黙る。
来年。
何となく。
その言葉が心地良く響いた。
「そうだな」
俺が答える。
「うん」
秋帆が頷く。
「来たいです」
陽香も笑った。
「決まり!」
奈津実が嬉しそうに言う。
◇◇◇◇
参道を歩く。
祭り囃子が聞こえる。
風が吹く。
提灯が揺れる。
「ねえ」
秋帆が言った。
「卒業した後も、こうして集まれたらいいね」
「気が早いな」
「そうかな」
「まだ一年生だぞ」
「でも、そういうのって何だか素敵じゃない?」
少し考える。
「……まあ」
「何その返事」
奈津実が笑う。
「相楽くんらしいね」
秋帆も笑った。
◇◇◇◇
「兄さん」
陽香が俺を見上げる。
「何だ?」
「来年も再来年も、一緒ですよね?」
その質問に。
思わず足を止める。
来年。
再来年。
その先。
考えたことなんてなかった。
でも。
なぜだろう。
今だけは。
「……そうじゃないか?」
自然とそう答えていた。
「絶対ですか?」
「絶対はないだろ」
「もう」
陽香が少し頬を膨らませる。
その顔がおかしくて。
みんな笑った。
◇◇◇◇
祭りの最後。
小さな花火が上がった。
夜空に咲く光。
ほんの数秒で消えていく。
だけど。
とても綺麗だった。
「何かさ」
奈津実が空を見上げながら言う。
「こういうのって、ずっと覚えてそう」
「花火?」
「今日のこと」
少しだけ静かになる。
「……そうかもな」
俺が答える。
「うん」
秋帆も頷いた。
「わたしもです」
陽香が小さく笑う。
◇◇◇◇
夜道を歩く。
祭りの余韻がまだ残っていた。
虫の声。
少し冷たい風。
隣にはみんながいる。
それだけで。
何だか安心できた。
◇◇◇◇
人は。
当たり前の毎日が、ずっと続くと思っている。
今日も。
明日も。
来年も。
その先も。
◇◇◇◇
俺もそうだった。
◇◇◇◇
だから。
この時は何も疑わなかった。
◇◇◇◇
来年も。
またこうして。
みんなで笑っているんだろうと。
◇◇◇◇
「じゃあ約束ね」
奈津実が突然言った。
「何が」
「来年の祭り」
「まだ言ってるのか」
「大事だから」
そう言って。
右手の小指を差し出す。
「子供か」
「いいから」
「……何で俺だけ」
「みんなやるんだよ」
見ると。
秋帆も。
陽香も。
小指を出していた。
「本気か」
「本気です」
「本気だよ」
「当然」
三対一だった。
俺は苦笑する。
そして。
ゆっくりと小指を差し出した。
◇◇◇◇
四人の指が重なる。
◇◇◇◇
『来年も、またみんなで。』
◇◇◇◇
その約束を。
誰も疑わなかった。
◇◇◇◇
夜空には星が瞬いている。
秋の風が静かに吹いた。
巡る季節。
巡る時間。
巡る想い。
◇◇◇◇
そして。
この何気ない約束が。
いつか。
かけがえのない記憶になることを。
まだ誰も知らない。
◇◇◇◇
ただ。
その瞬間だけは。
確かに。
永久より長い一瞬の中で。
静かに輝いていた。
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――特別編Ⅲ
Rondo ~巡る季節の約束~ 終。




