特別編Ⅱ Waltz ~三人と一人の休日~
夏休み前の日曜日。
空は雲ひとつない快晴だった。
「暑い……」
駅前のベンチに座りながら、俺は小さく呟く。
まだ六月だというのに、すっかり夏の陽気だった。
「何でそんな死にそうな顔してるの?」
目の前で奈津実が呆れたように言う。
「休日の朝は寝る時間だから」
「駄目人間」
「ひどいな」
「褒めてないし」
奈津実が笑う。
今日は四人で隣町へ遊びに行く約束をしていた。
理由は特にない。
テストも終わった。
部活もない。
だからどこかへ行こう。
それだけだった。
「お待たせしました」
振り返る。
秋帆が駆けてきた。
その後ろから陽香もやって来る。
「すみません、少し遅れました」
「まだ集合時間前だろ」
俺が言うと、
「それを言うのはヒロだけ」
と奈津実が即座に返した。
「何でだよ」
「世の中には十分前行動ってものがあるの」
「先生か」
「だから違うって」
四人で笑う。
そんな休日の始まりだった。
◇◇◇◇
電車に揺られること二十分。
着いたのは少し大きなショッピングモールだった。
「結局ここなんだな」
「便利だからね」
奈津実が答える。
確かに。
映画館もある。
ゲームセンターもある。
本屋もある。
何でも揃っている。
休日を過ごすにはちょうどいい場所だった。
「まず何する?」
秋帆が聞く。
「ゲームセンター!」
奈津実が真っ先に答える。
「即答だな」
「当然です」
「誰に対する敬語なんだよ」
「細かいことは気にしない」
そう言って奈津実は先頭を歩き始める。
俺たちは顔を見合わせて苦笑した。
◇◇◇◇
ゲームセンターの中は騒がしかった。
電子音。
人の声。
クレーンゲームの音楽。
いかにも休日という感じだった。
「お、これ懐かしい」
奈津実が足を止める。
アーケードの音楽ゲームだった。
「昔やってたな」
「でしょ?」
「今でもあるんだ」
秋帆が少し驚いた顔をする。
「やる?」
「いや、いい」
「何で」
「疲れる」
「まだ何もしてないじゃん」
奈津実が呆れる。
すると。
「兄さん、あれ」
陽香が指差した。
クレーンゲームだった。
中には小さな猫のぬいぐるみが入っている。
「欲しいのか?」
「……少しだけ」
「少しなんだ」
陽香が少し照れたように視線を逸らす。
◇◇◇◇
結局。
俺が挑戦することになった。
「頑張れー」
「プレッシャー掛けるな」
「兄さんならできます」
「根拠がないな」
クレーンがゆっくり動く。
狙いを定める。
落とす。
……失敗。
「惜しい!」
奈津実が言う。
「今の惜しいか?」
「気持ちの問題」
「便利な言葉だな」
二回目。
三回目。
そして。
四回目で何とかぬいぐるみが落ちた。
「おお!」
拍手が起きる。
少し大げさだと思う。
「ほら」
陽香へ渡す。
「ありがとうございます」
嬉しそうだった。
それだけで、何だか取った甲斐があった気がした。
◇◇◇◇
昼になった。
フードコートはかなり混んでいる。
何とか四人席を見つけて座った。
「いただきます」
「いただきます」
それぞれ違うものを食べている。
奈津実はオムライス。
秋帆はうどん。
陽香はハンバーガー。
そして俺はラーメンだった。
「何でラーメン?」
奈津実が聞く。
「好きだから」
「フードコートに来てまで?」
「駄目か?」
「別に」
そう言いながら笑う。
「ヒロって本当変わらないよね」
「そうか?」
「うん」
「兄さんは昔からこんな感じです」
陽香まで頷いた。
「二対一か」
「全員一致です」
秋帆まで加わる。
「委員長まで」
思わず苦笑した。
◇◇◇◇
食後。
本屋へ寄る。
秋帆が文庫本を見ている。
陽香は参考書のコーナー。
奈津実は漫画。
そして俺は音楽雑誌を手に取った。
「ピアノ好きなんだね」
秋帆が隣へ来る。
「まあ」
「昔から?」
「物心ついた頃からかな」
「すごい」
「そんなことない」
ページをめくる。
新しい楽譜の特集が載っていた。
「文化祭で弾いたりしないの?」
秋帆が聞く。
「しない」
即答だった。
「どうして?」
「人前苦手」
「もったいない」
「よく言われる」
秋帆が少し笑う。
「でも、いつか聴いてみたいな」
その言葉に。
なぜだろう。
少しだけ照れ臭くなった。
◇◇◇◇
夕方。
少し歩き疲れていた。
駅前のベンチへ座る。
西日が差し込んでいる。
夏が近い。
そんな色の夕焼けだった。
「今日は楽しかったな」
奈津実が言う。
「そうだな」
「また来ようよ」
「うん」
秋帆も頷く。
「夏休みとか」
陽香も嬉しそうだった。
夏休み。
まだ少し先の話。
海。
花火。
夏祭り。
色々なことができそうだった。
「兄さんは何したいですか?」
「寝る」
「却下」
「即答だな」
「当たり前です」
また笑い声が上がる。
◇◇◇◇
その時。
ふと、思った。
こういう時間も悪くない。
何か特別なことをするわけじゃない。
ただ。
みんなで出掛けて。
話して。
笑っているだけ。
それだけなのに。
何だか温かかった。
◇◇◇◇
「ヒロ」
奈津実が呼ぶ。
「ん?」
「何笑ってるの?」
「別に」
「怪しい」
「怪しくない」
「絶対何か考えてる」
「考えてない」
「嘘だ」
そんなやり取りに。
秋帆と陽香が小さく笑う。
◇◇◇◇
風が吹く。
夏の匂いがした。
もうすぐ季節が変わる。
春が終わって。
新しい時間が始まる。
その時の俺たちは。
そんな未来を少しだけ楽しみにしていた。
◇◇◇◇
人は。
当たり前の中にいると気付かない。
誰かと笑えること。
同じ場所にいられること。
同じ夕焼けを見ていること。
それがどれだけ幸せなのか。
◇◇◇◇
だけど。
この日の俺たちは。
何も知らなかったからこそ。
ただ笑っていられた。
◇◇◇◇
駅のホームへ電車が入ってくる。
「帰るか」
俺が言う。
「うん」
三人が頷く。
◇◇◇◇
夕焼けの中。
四人で歩く。
他愛もない話をしながら。
笑いながら。
◇◇◇◇
それは。
何でもない休日だった。
◇◇◇◇
だけど。
きっと。
永久より長い一瞬だった。
◇◇◇◇
夏の始まりを告げる風が。
静かに吹いていた。
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――特別編Ⅱ
Waltz ~三人と一人の休日~ 終。




