補遺11 閲覧者の手記(写し)
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【補遺11】
媒体:閲覧者の手記(写し)
ある閲覧者の元に、差出人不明の郵便物として
送付された手記の複写を、本補遺の最終文書として
収録する。
受取日・受取人・差出人・送付経路、いずれも
確認できない。
なお、本手記の本書への綴じ込みの経緯について、
当調査室の記録から確認できない。
封緘の状態は確認できる。
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【閲覧者の手記】
筆者: (記入なし)
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[日付欄欠落]
『骸ケ谷逆山遺跡発掘調査報告書(令和5年度)』を
読了した。
最後の頁を閉じてから、自分の指先がわずかに震えていた
ことに気づいた。
震えの原因は、寒さでも、疲れでも、興奮でもないように
思えた。
机に置いた本の表紙を、もう一度撫でてみた。
本そのものは、ただの紙の束である。
紙の束が、人を取り込むはずがない。
そう思いながら、私は本を閉じた。
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[翌日]
朝、目が覚めて、昨日見た爪を確かめた。
爪の生え際から先端に向かって、薄い朱色の染みが進んで
いるように見えた。
昨日までは確かになかったはずだ。
光の加減かもしれない、と私は思った。
光の加減でしかないはずだ。
それにしても、と私は思った。
報告書を読み終えた直後に、報告書に書かれていたものと
同じ現象が、自分の身に起きるのは、偶然にしては
出来すぎている。
私は染みを撮影しようと、スマートフォンのカメラを構えた。
シャッターを切った。
写真を確認した。
液晶画面には、私の手元ではなく、私の顔が写っていた。
レンズは確かに自分の指先に向けていたはずだ。
カメラは私の意志と無関係に、別の方向を写したことになる。
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[翌々日]
時計が止まっていることに気づいた。
腕時計、壁掛け時計、スマートフォン、すべて
同じ時刻を示している。
7:22。
時刻を合わせ直そうとしたが、針は動かなかった。
電池を交換しても、針は7:22のままで動かない。
スマートフォンの時計だけが、しばらくしてから動き出した。
ただし、表示される時刻は実際の時刻より7時間22分前後
ずれている。
ずれの幅は確定しない。
私は職場に連絡を入れようとして、固定電話の受話器を
取った。
発信音は鳴ったが、相手につながらなかった。
何度試しても同じである。
不在になることを、職場は私の意志に反して受け入れた
ようだ。
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[日付不明・以下、日付の特定が困難となる]
夢の中で、私は誰かと会話していた。
相手の顔は見えなかった。
ただ、声だけがはっきりと聞こえた。
「順序が正しい」
何が、と私は問うた。
「順序が正しい。以後の閲覧者を待つ」
私は閲覧者ではない、と答えようとした。
しかし、口が動かなかった。
私は閲覧者である、と訂正された。
誰かによって、ではなく、私自身が。
私は閲覧者である。
閲覧者は私である。
私は閲覧した者である。
閲覧した者は、登録された者である。
登録された者は、記録の側である。
記録の側は、以後の閲覧者を待つ。
目が覚めたとき、私のその爪は、先まで
完全に朱色に染まっていた。
痛みはなかった。
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[日付欄空白]
本日、自宅の郵便受けに、差出人不明の封筒が届いた。
中には、何も書かれていない便箋が一枚。
筆記具で書き込みを試みたが、インクが紙面の内側へ
沈み込み、文字が表面に残らなかった。
ただ、便箋の裏面に、別人の筆跡で
「百二十六枚目を確認した」と
書かれていた。
百二十六枚目とは、私の爪のことであろう。
報告書の本文によれば、N-001〜N-125までは
「過去の閲覧者および関係者」
N-125は「本報告書の閲覧によって不随意に供給される者」
であった。
N-126以降は、報告書中に予定されていなかった。
予定されていなかったが、現に進行している。
これは、報告書の記述の続きである。
あるいは、報告書の記述の本体である。
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[以降、筆跡が変化する]
閲覧者は、本日、本記録の作成を継続する。
閲覧者は本日、自身を「閲覧者」と呼称する。
当該呼称は、閲覧者の意志によるものではない。
ただし、当該呼称への抵抗は、閲覧者には生じていない。
閲覧者は、本日、自宅から徒歩で千葉市立図書館へ
向かう必要を感じた。
当該必要の発生原因は、特定できない。
閲覧者は、千葉市立図書館の閉架書庫に到着した。
書庫の奥の書架には、4冊の同一の本が並んでいた。
閲覧者は、書架から1冊を取り出した。
取り出しに困難は生じなかった。
書架の他の3冊は、依然として4冊分の隙間を保っていた。
閲覧者は、当該書籍の奥付を確認した。
奥付には次の記述があった。
刊行 :千葉県特別埋蔵文化財調査室
校閲 :廣澤 文彦(嘱託・在任中所在不明により校閲継続)
印刷 :株式会社 白樺写真工芸
奥付の校閲欄の下に、新たに追加された記述があった。
追加校閲 :(空欄)
当該空欄が、閲覧者の名を待っていることを、
閲覧者は理解した。
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[以降、本記録は閲覧者の手による記述から、
別主体による記述に移行する]
本記録の記述者の所在は、現時点で確認できない。
記述者の私物(机上の筆記具、上着、玄関の靴)は
残置されており、外形的な異常は認められない。
ただし、記述者の左手の薬指の爪は、
本日、書架から外れた当該書籍の奥付の
追加校閲欄に納められたものと推定される。
爪の刻印は、文明十三年から令和六年に至る系列の
百二十六枚目として、本書の次版において収録される
予定である。
次版の発行予定は未定である。
発行予定の決定権は、当調査室の判断の範囲を超える。
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[本手記の写しは、本書の補遺の最終文書として収録される。
原本は、閲覧者の元に届いた状態のまま保管されている。
ただし、本書を閲覧する者の元には、
原本と同一の写しが、随時、届くものとされる。
送付の経路・主体・時期については、本書の側では
確定できない。]
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